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金と銀〜異世界に降り立った無頼伝〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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悲痛大説得

「ガイ……お前はここで待ってろ。チャムやリンが出歩かないように見張ってるんだ。いいな?」

「ああ……わかった」

 ギンジの言葉に、真剣な表情で頷くガイ。

「それと、ヒロユキのことも頼んだぞ。いいな?」

「にゃはははは! チャムに任せろにゃ! どんとこーいにゃ!」

 突然、真っ赤な顔で乱入し、酒臭い息を吐きながらギンジに絡み始めるチャム……ガイの表情がひきつった。

「チャム! お前は黙ってろ!」

 ガイは慌ててチャムを引き離す……さすがのギンジも、思わず苦笑してしまった。

「仕方ない奴だな……とにかく頼んだぜ、ガイ」




 建物の中を、音も無く静かに歩いているギンジたち……フリントを先頭に、ギンジ、タカシ、そしてカツミの順で進んで行く。

「しかしフリントさん……ドラゴンを捕えているにしては、警戒がやけに薄い気がするんだが……どうなっているんだ?」

 歩きながら、小声で尋ねるギンジ。すると――

「好き好んで、ドラゴンを逃がそうとするバカは……儂らくらいのものだ」

 前を向いたまま、素っ気なく答えるフリント。ギンジは黙ったまま頷くと、フリントの後に続いた。


 石造りの地下道を進んで行く一行。見張りの衛兵は一人も配置されていなかった。どうやら、勇敢な衛兵といえども、ドラゴンのそばには居たくないらしい。そう、フリントの言う通りなのだ。ドラゴンにちょっかいを出そうという者……ギンジたち以外にはいないだろう。

 地下道を進んで行くうちに、奇妙な匂いが漂ってきた。動物の糞尿の匂いと……それに混じり、得体の知れない匂いも漂ってきている。獣の匂い……いや、それとも違う。

「そろそろだぞ……気を付けてくれ」

 フリントが押し殺した声で囁く。ギンジたちは頷き、地下道を進んだ。途中で階段を降り、下の階に移動する。通路はぐっと広くなり、さながら地下迷宮のような様相を呈してきた。上と比べると、あちこちにゴミや埃が溜まっている。手入れされている雰囲気が欠片もない。また、床にはゴキブリやネズミなどが蠢いている。壁に設置された松明の明かりで、どうにか照らされてはいるが、それでも足元は不安だ。

「おいおい、ドラゴンは仮にも御神体様じゃないのかい。動物園のライオンじゃねえんだからよ。こんな汚い場所に置いとくなんて、あんまりじゃねえか」

 周りを見渡し、呆れたような表情で呟くカツミ……すると、タカシも口を開いた。

「まあ、この現状を見ると……ドラゴニアン教がどういった人間で構成されているのか、そしてドラゴンを本当はどう思っているのか……よくわかりますね」


 一行は広くなった通路を進んで行く。様々なものの入り混じった匂いがますますキツくなってきた。それと同時に、何やら不気味な音も……巨大な生き物の立てる地響きのようだ。

 すると突然、フリントが立ち止まった。そしてギンジたちの方に向き直る。

「お前たち、そろそろだ……今のうちに言っておく。もしタッスルが……儂の話に耳を貸さなかったら、その時は確実に殺してくれ。儂一人では手に負えないだろうからな……」

「ドラゴンが相手じゃあ、オレたちでも殺せるかどうか……ま、オレたちは殺すためだけに雇われたんだろうがな」

「……」

 ギンジの言葉を聞き、顔をしかめるフリント。どうやら図星だったらしい。

「まあ、そうならないことを祈るけどな。オレも正直、ドラゴンみたいな化け物……いや失礼、強い奴とは殺り合いたくない。フリントさん、行こうぜ……長居は無用だ」


 前に進んで行く一行。だが、巨大な壁に行く手を塞がれた。荒削りな造りのレンガ製の壁。明らかに人の手による物だ。鉄製の扉が付いており、そこから出入りするらしい。

「なあフリントさん、前から思ってたんだが……この世界の人間は、こんな物をどうやって造るんだ?」

 ギンジが尋ねると、フリントは振り向き、不思議そうな表情で口を開く。

「魔法だが……それがどうしたのだ?」

「いや、大したことじゃないんだが……この世界じゃあ、何でも魔法でやっちまうんだな」

「しかし今後は、そのツケを払うことになる……人間が魔法石を取りすぎたせいで、儂らドラゴンはもはやドラゴンの力を失い、人間として生きなくてはならないのだ……」

 フリントの声は静かではあるが、怒りがこもっている。人間という存在そのものに対する怒り……ギンジは苦笑し、フリントの肩を叩く。

「任せてくれよ、フリントさん。ハザマはオレが殺す……この世界を滅茶苦茶にした責任は、きっちり取らせるよ。だから、先を急ごうぜ」


 フリントは扉を開け、壁の向こうに進む。ギンジたちも後から続くが――


「待て! 止まるのだ!」


 フリントの声は、ただならぬ雰囲気に満ちていた。ギンジたちは足を止め、身構える。

 そこにいたのは、動いている石像だった……ゆっくりと、こちらに向かい歩いてきている。鳥のようなクチバシのついた顔、ゴリラのような体。身長は三メートル近いだろうか。背中には翼らしきものが生えている……石像ゆえに表情はないものの、こちらに敵意を持っているのは明らかだ。

「フリントさん……こいつは何だ?」

「ガーゴイルだよ。なるほど、見張りの兵士など必要ないというわけか……」

 ギンジの問いに、低い声で答えるフリント。それと同時にカツミが前に出た。バトルアックスを振り上げるが――

「待て! 奴には魔法でなくてはダメージを与えられん!」

 叫びながら、カツミを止めようとするフリント。しかし、ギンジが片手で制する。

「待つのはあんただよ。バラバラにぶっ壊しゃあ、動きは止まるだろう。カツミなら出来る」


 ガーゴイルの顔めがけ、バトルアックスを叩き付けていくカツミ。斬る、というよりもブン殴るような一撃だ。ガーゴイルは構わず手を伸ばしていくが――

 カツミは、その手めがけてバトルアックスを降り下ろす。

 欠けたガーゴイルの手。だが、魔法で動いている石像は痛みを感じていない……なおも手を伸ばし、掴みかかろうとする。

 その手めがけて、バトルアックスを降り下ろすカツミ……すると、片方の腕が完全に砕けた。

 だが、それでもガーゴイルは怯まない。残った手を振り回し、強引にカツミに近づくが――

 カツミは無表情で、バトルアックスを振る。一見すると力任せではあるが、その実は精密な動きでガーゴイルの体を少しずつ壊していく……さらに、タカシまでもが加わった。タカシの動きがガーゴイルの目を引き付け、その隙にカツミのバトルアックスがガーゴイルの体を削り……そして壊していく。

 やがて……ガーゴイルはただの砕けた石像に変わった。同時に魔力が切れたのか、動きも止まる……。


「お前たちは、本当に人間なのか……」

 驚くよりも、むしろ呆れたような表情で呟くフリント。顔には苦笑すら浮かんでいる。

「一応、人間だよ……それにな、ドラゴンを殺すとなったら、この程度は朝飯前でないとな……そうだろ、フリントさん?」

 ギンジの言葉を聞き、フリントの表情が一気に険しくなった。

「そうだな……できれば、そうなって欲しくはないが……」


 ガーゴイルがいた部屋……その向こう側には頑丈そうな扉があり、巨大な生き物が蠢いているような物音がする。どうやら、すぐ先に目指すドラゴンがいるらしい。すると、カツミが持っていたギターケースを下ろし、床の上で開けた。そして二挺の拳銃と二個の手榴弾を取り出し、ギンジとタカシに手渡す。

「ギンジさん……あんたのは、もう弾丸が無いんだろ? こいつを使ってくれ。タカシ、お前もだ。いざとなったら、オレがこいつで食い止める。みんなは逃げてくれ」

 そう言うと、カツミはショットガンを構えた。そして一人、歩いていき――

 扉を開ける。


 そこには巨大な通路があった……どこまで続いているのかは見えない。右側の壁には松明が掛けられている。そして左側の壁は鉄格子になっており……。

 鉄格子の中には、巨大な生き物が繋がれていた。青い鱗に覆われた体は、ギンジたちが乗ってきたバスよりも大きかった。首は長く、麒麟よりも背が高い。さらに、その頭には二本の角が生えている。

 その不気味な瞳は、一行をじっと睨み付けていた。


「タッスル! 儂がわかるか!」

 フリントは鉄格子の扉越しに呼びかける。だが、返って来たのは敵意を剥き出しにした咆哮だった。同時に襲いかかろうとする仕草……だが、付けられた首輪と鎖が動きを阻む。

「タッスル! 儂がわからんのか!」

 なおも叫び続けるフリント……だが、返ってきたのは先ほどと同じ咆哮。フリントは鉄格子を両手で掴んだ。

「タッスル! 頼む! 儂の言うことがわかるなら、頭を床に付けてくれ! 首輪を切らせてくれ! 儂の言うことを聞いてくれ!」

 だが、フリントの叫びは届かない。ドラゴンは不機嫌そうに吠え、こちらに飛びかかろうとする。しかし、その度に鎖がぴんと張りつめ、ドラゴンの動きを阻む……まさに、鎖に繋がれた野生の獣そのものの動きだ。

「タッスル……」


「すまん……ギンジさん……やってくれ……もう……タッスルは獣になってしまった……儂の言葉は……通じない……殺して……くれ……頼む……」

 フリントの、あまりにも痛々しい声。ギンジは黙ったまま、カツミに目で合図した。カツミは頷き、鉄格子の扉をこじ開ける――


「待ってくださいよ、皆さん……諦めるのはまだ早い……私をお忘れじゃないですか?」


 そう言ったのはタカシだった。タカシはいつもと同じく、ヘラヘラ笑いながらカツミの肩を叩く。

「あいつを説得するには……もう少し接近しないとなりません。私が食われたら、後は頼みます」

「タカシ! てめえ何を言って――」

「カツミさん、それにギンジさんも……私に一度だけチャンスを下さい。試してみる価値はあります」

 言いながら、ヘラヘラ笑うタカシ。一見、普段と同じような雰囲気だ。だが、その目からは強い意思が感じられる。タカシと寝食を共にしてきたギンジだからこそ、普段との違いを読み取ることができたのだ。

 今のタカシなら、いけるかもしれない……。


「わかった。タカシ、お前の力を信じよう。カツミ……行かせてやれ」

「感謝しますよギンジさん……私が食われたら、その時は頼みますよ、カツミさん」

 タカシは鉄格子の中に入り込む。そのまま、すたすたと歩いて行った。ドラゴンは凄まじい勢いで吠え、飛びかかろうとする。

 その時、タカシはギリギリ届かない位置で立ち止まり、両手を上げた。そして叫ぶ。

「タッスルくん! 私の言うことを聞いてくれ! 君は愚かな獣ではないはずだろう! 私の言うことを聞くんだ!」

 だが、ドラゴンには通じなかった。むしろ、タカシの声がドラゴンの怒りに油を注いだらしい。鎖を引きちぎらんばかりの勢いで、こちらに突進しようとする……。

 しかし、タカシは怯まない。両手を激しく動かしながら、なおも叫び続ける。

「君は誇り高きドラゴンだろうが! このまま鎖で繋がれ、死ぬまで家畜として生きるつもりなのか! 目を覚ませ! 君は誇り高きドラゴンだ! 獣の本能に負けるな! ドラゴンの本能を呼び覚ませ! 思い出すんだ、タッスル!」

 タカシは叫びながら、少しずつ近づいて行く。ついにはドラゴンの攻撃が届くラインにまで、足を踏み入れたのだ。

「君はドラゴンなんだ! 人間よりもずっと気高く高貴な、神に等しい存在のはずだろうが! 己を繋ぐ鎖を断ち切るんだ! 私の言うことを聞け!」

 しかし、ドラゴンは口を広げた。

 そして――


 ・・・


 ヒロユキはようやく目を覚ました。辺りは暗闇に覆われている。いつの間にか、見慣れない部屋に来ていた。石造りの殺風景な大部屋……窓からはかすかに月明かりが入ってくる。ヒロユキは体を起こした。昨日までの頭痛が嘘のように、体調が良くなっている。やはり、ダークエルフの薬の効き目は凄い。三粒ほど飲んだろうか。恐ろしく苦く、飲み辛かったが……。


「大丈夫ですにゃ?」


 暗闇からいきなり聞こえてきた幼い声……ヒロユキは意表を突かれ、慌てて顔を上げる。

 いつの間にか、一人の少女が立っていた。薄明かりの中でも、少女の頭に猫のような耳が生えているのが見て取れる。少女は静かに近づいて来た。

「君は……誰だい?」

「リンと申しますにゃ。ガイ様に助けられ、お仕えしてますにゃ。ヒロユキ様、大丈夫ですにゃ?」

「うん、大丈夫だよ」

 答えながら、ヒロユキは思わず笑みを浮かべていた。ガイは何故か、ニャントロ人に縁があるらしい。そのうち、ニャントロ人のハーレムを作ってしまうのでは……などとバカなことを考える。

 そのガイは、床の上で眠っていた。隣にはチャムがいる。薄明かりのため二人の顔までは見えない。だが、幸せな表情をしていることだろう……寄り添い眠っている二人の姿を見ると、見ているこちらまで幸せな気分になってしまう。


「本当に……大丈夫ですにゃ?」

 心配そうに尋ねるリン。ヒロユキは微笑んだ。

「大丈夫だよ、リン……もし何かあったら、君に頼むから……今は寝るんだ」

「わかりましたにゃ」

 頷くリン。すると、今度はニーナが目を覚ました。立ち上がり、音もなく近づいて来る。そしてヒロユキの隣にしゃがみこむと、彼の手を握り締める。顔に満面の笑みを浮かべて……。

「ニーナ……」


 ・・・


「お前たちには、本当に世話になった。心から礼を言う。ありがとう……」

「ありがとうございます……あなた方がいなかったら……ぼくは……」

 ギンジたちに頭を下げるフリント。その横には、顔にまだ幼さの残る青年がいた。タッスルだ。


 タカシの命懸けの説得……彼の異能の力が、獣の本能に支配されていたはずのタッスルに通じたのだ。タッスルは頭を床に付けた。そして、タッスルの動きと魔力を封じていた魔法の首輪をカツミが外したのだ。タッスルは人間の姿になり、地下からの脱出に成功した。


「さてフリントさん、任務完了だ。報酬をいただきたいんだが……あんたの知っていることを、全部話してくれ」

 ギンジの言葉に対し、フリントは思案げな表情になった。何やら考えこむような素振りを見せた後、口を開いた。

「その前に……お前たち、あのチャムというニャントロ人の娘のことだが……気づいているのか?」

「気づいているか、って……一体何の事だよ? チャムがどうしたんだ?」

「やはり、お前たちは気づいていなかったか……まあ、儂もあんなものを見たのは初めてだがな……」

 フリントの口調からは、ためらいのようなものが感じられた。その態度に苛立ちを感じたらしく、カツミが前に出てきた。そして口を開く。

「おいフリントさん……もしチャムに何かあるなら、もったいぶらないで早く言ってくれよ……チャムはな、オレたちの大切な仲間だ――」


「あのニャントロ人の……チャムの胎内には……子が宿っている」


 フリントの言葉を聞き、衝撃のあまり硬直する一行……想定外の言葉を前に、ギンジですら唖然としていた……だが、フリントは語り続ける。

「間違いなく、あのガイという青年との間にできた子だよ。儂も長いこと生きて、大抵のものは見てきたつもりだが……こんなことは初めてだ。人間とニャントロ人との間に、子ができるとはな。絶対に不可能なはずなのだが……」





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