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集団大移動

 バスが走る。

 木が生い茂る林の中を、バスがゆっくりと走る。

 しかしハンドルを握っているのは、最も落ち着きのないタカシであった。

 タカシは一人、妙なテンションで喋り続けながら、バスを走らせている。

「不思議な話もありますねえ……ドライバーはどこに消えたんでしょうか。そうだ! ヒロユキくん、こっちに来なさい。君に運転させてあげよう」

 タカシは振り向き、ヒロユキを呼ぶ。

 その瞬間、周りが殺気立つ。

「おいあんた! ちゃんと前見ろよ!」

 カツミが血相を変え、怒鳴りつけたが――

「何を言ってるんですか。子供はバスに憧れるものです。バスを操ることにより、少年は巨大な父親への憧れを――」

「知らねえよ! 何ワケわかんねえこと言ってんだ! もういい! お前運転変われ!」

 カツミが憤怒の形相で怒鳴りつけ、バスを強引に止めさせた。


 そして今は、カツミが運転している。

 凶悪な顔を歪ませ、真剣な表情で、ゆっくりとバスを走らせている。

 木を避けながら、歩くよりも遅いスピードで動くバス。

「カツミさん、あんた顔のわりに慎重だな」

 ガイはナイフをいじくりながら、からかうような言葉を発したが――

「るせえ! 見た目で判断するな! 運転中に話しかけんじゃねえ!」

 恐ろしく怖い顔で前を見つめながら、怒鳴り返すカツミ。

 その後ろでは、タカシがダイアウルフの肉と毛皮に紐を結びつけている。

 結びながら、カツミに話しかける。

「カツミさん、このまま真っ直ぐ行けば水場に到着するはずです。しかし、本当にここは何なんでしょうねえ? ヒロユキくん、君はどう思います?」

「え?!」

 いきなりタカシに話の矛先を向けられ、戸惑うヒロユキ。

「この肉は本当なら、天日干ししたいんですが、仕方ないですね……ヒロユキくん、君は何か知っていそうな気がするんだが……気のせいかな」

 肉をバスの手すりにくくり付け、ぶら下げながら、タカシは喋り続ける。

 生臭い匂いが車内にたちこめているが、全員慣れてしまった。

「オレもそう思う……なあヒロユキ、お前は何を知ってる? 言ってみろ」

 それまでずっと黙っていたギンジが、久しぶりに口を開いた。

「い、いや……その、何て言うか――」

 ヒロユキが口ごもると、

「もったいぶるな! 早く言えよ!」

 運転しながら、カツミが怒鳴る。

 ヤクザ社会で鍛えられてきたカツミの罵声は凄まじい。ヒロユキは一瞬にして縮み上がり、下を向くが――

「まあ、そう急かすな。なあヒロユキ……何でもいいから、話してみろ」

 ギンジが助け船を出す。

 だが、ヒロユキは……


 日本刀を振り回す凶悪な顔のヤクザ。

 ナイフを使い、ゴブリンやダイアウルフを切り刻むキチガイ。

 その二人のケンカを止めてしまえる、得体の知れない中年男。

 そして、訳の分からないテンションで肉を干しているおかしな青年。

 そんな連中の前で、ここはゲームの世界だ、などと言ったら……どうなるだろうか。

 殺され……はしないだろうが、ブン殴られるかもしれない。


 そんなことを考えると、ヒロユキはますます萎縮する。

 しかし――

「ヒロユキ……いいから言ってみろ。今は、お前の考えを言って欲しいんだ」

 そのギンジの声は、不思議なくらい優しく、聞いている者を落ち着かせる効果があった。

 ヒロユキはその声に後押しされ、口を開く。

「ここは……ゲームの世界……に似てるんです」

「ゲームの世界?! ふざけるな!」

 前を向いたまま、怒鳴りつけるカツミ。

 しかし、ギンジの落ち着いた声が割って入る。

「カツミ、あんたは運転に集中してくれ。それと……ヒロユキ、お前に聞きたいんだが、こんな状況のゲームがあったってことか?」

「は、はい。そうです。こんな始まり方のゲームがありました」

 ヒロユキは緊張しながらも、どうにか言葉を絞り出す。

「そうか……そのゲームだと、この後どういう展開になるんだ?」

 穏やかな口調で、質問を続けるギンジ。

「え……ちょっと待ってください」


 この後の展開? 

 確か主人公とそのパーティーは、森の奥に進んでいくんだよな。

 すると、そこには湖があって……


「確か、主人公のパーティーが湖に――」

 ヒロユキの言葉の途中で、突然バスが止まった。

 そして――

「おい、でっかい湖があるぞ!」

 カツミは言うが早いか、運転席から立ち上がる。

 そして扉を開け、バスから出て行った。


 確かに、湖が見える。

 木と草に囲まれているため、遠くからでは見えなかったが、十メートルほど先には水面が広がっている。

「なあ、タカシさん……あんた、真っ直ぐ行けば水場があるって言ってたな。何でわかったんだ?」

 外に出ようとしていたガイが立ち止まり、不思議そうに尋ねる。

「いや、確信はなかったんですが……獣道に沿っていけば、水場にたどり着くんじゃないかと。まあ、賭けみたいなもんでしたが」

 そう言った後、タカシはヘラヘラ笑ってみせた。

「……訳わかんねえな、あんたは」

 呆れた顔をしながら、バスから降りるガイ。

 だがギンジは、じっとタカシを見る。

 そして、口を開いた。

「タカシさん、あんたは――」

「あ、ちょっと失礼……おい君たち! そのまま飲んだら腹壊すぞ! 一度沸かしてから!」

 そう言うと、タカシはバスの外に出て行った。

 そして、湖に口を付けようとする二人を止める。

 その様子を、バスの中からじっと眺めるギンジ。

「あいつ、やはり……まあいい。とりあえずは話の続きだ。ヒロユキ、この後はどうなる?」

「え、どうなるって……この後は……」


 確か、この後は……

 ホンチョー村ってのがあって、そこを拠点にレベルアップさせたんだよな。

 出現したモンスターは、ゴブリン、ダイアウルフ……あとは何がいた?

 そうだ……。

 確か、獣人の村もあったんだよ。


「獣人の……村があったはずです……」

 ヒロユキはつっかえながらも、思い出したことを口にした。

「獣人?!」

 ギンジの表情が変わる。

「獣人てのは何だ? 映画の狼男みたいな奴か? それとも――」


 その時だった。

「何だてめえ!」

 外からの怒鳴り声。

 そして――

「なー!」

「なーじゃねえ! おとなしくしろ!」

 片方の声はガイのものだが、もう片方は聞き覚えがない。女のようだ。

「ヒロユキ、何か起きたみたいだぞ」

 ギンジとヒロユキが窓を見ると――

 ガイは、若い娘……のような何かに馬乗りになっていた。

 その周りをカツミとタカシが囲み、物珍しげに見ている。

「行くぞ、ヒロユキ!」

「あ、はい」

 ギンジとヒロユキは、急いで外に出た。


「いやー……こんなものを見たのは初めてですよ。この世界では、何でもアリのようですね」

 タカシは娘の顔をしげしげと見つめながら、感心したように言う。

 その時、ギンジとヒロユキも近づいて来た。

「いったい、何が起きたんだ?」

 ギンジが尋ねると、

「この野郎、草むらからいきなり飛びかかってきやがったんだ! 力かなり強いぞ!」

 娘を押さえつけながら、答えるガイ。

「そうか。なあヒロユキ……もしかして、これが獣人か?」

「あ……そ、そうですギンジさん!」

 ガイが押さえ込んでいる娘の頭には、猫のような耳が生えていた。娘がもがく度に、ピクピク動く。

 短く刈られた赤毛。マンガに登場する原始人のような、毛皮のベストとパンツを身に付けている。目が大きく、活発そうな可愛らしい娘ではあるが、その可愛らしさを愛でている状況ではなかった。

 娘は凄まじい勢いでもがき、足をバタバタさせ、わめきちらしている。

「なー! 離せにゃ! 離さないとブッ殺すにゃ! 噛みつくにゃ!」

「にゃ、じゃねえ! おとなしくしろや!」

 ガイは体勢を変え、娘のみぞおちのあたりに横向きにのしかかり、両足で片腕を挟み、もう片方の腕を自分の脇に挟んで、完全に動きを封じた。

 娘はジタバタするものの、何も抵抗できず、上に乗っているガイを突き放すこともできない。

「ねえ君、おとなしくしなさい。ぼくらはただ、君に話を聞きたいだけなんだ。ね、この肉あげるから」

 そう言ったのは、タカシだった。いつの間に持って来たのか、バスの中に干しておいた肉の固まりを手にしている。

 そして肉を細かく千切り、ヒラヒラ振る。

 そのとたん、娘の動きがピタッと止まる。

 口を半開きにして、肉を凝視していた。

 その変化を見て、タカシは更にたたみこむ。

「おとなしくするかい? なら、君にあげるよ……でも、おとなしくしないなら……」

 タカシはさらに肉を小さく千切り、食べる仕草をして見せた。

 すると――

「なー! なー! おとなしくするにゃ! お肉食べたいにゃ!」

 娘は激しく頭を振り、声を張り上げる。

「ガイくん、離してあげてください」

 タカシが言うと、ガイはパッと体を離した。

 だが、油断なく身構えている。娘が妙な真似をしたら、すぐに飛びかかるつもりだ。

 しかし、それは杞憂だった。

 タカシが投げ与えた肉に飛びつき、しゃがんだまま貪るように食べる娘。

「なんなんなんなん!」

 奇妙な声を上げながら、娘はほんの一瞬で肉を食べ終えた。

 その様子を見て、ガイの表情が和らぐ。

「お前……何て名だ?」

 ガイは立ったまま娘を見下ろし、優しげな口調で尋ねる。

 その時タカシが、自分の持っていた肉をガイに手渡した。

 ガイは一瞬、きょとんとしたが、すぐにタカシの意図に気づく。

 ガイはもう一度尋ねた。

「お前、名前は?」

 聞きながら、肉を千切って見せるガイ。

 それを見て、娘は瞳を輝かせて立ち上がる。

 すると……

 毛皮のパンツに覆われていない部分……腰と尻の境目から、獣の尻尾が生えているのが見えた。

 猫の尻尾に似ている。

 そして、クネクネ動いている。

「おいおい、尻尾まで付いてるぞ……」

 唖然とした表情で呟くカツミ。

「ヒロユキ……どうやら、お前にはこの世界の知識があるようだ。しかし、ゲームだとはな……」

 言いながら、ギンジがヒロユキの肩を叩く。

「え、ええ……」




 娘はチャムと名乗った。

 名乗った直後、ガイの投げた肉を食べ始める。

「なんなんなんなん!」

 またしても、奇妙な声を上げながら食べるチャム。

 尻尾をブンブン振りながら、あっという間に肉を食べ終えた。

「チャム……お前、どこから来たんだ?」

 尋ねるガイの表情は穏やかだ。

 普段の残忍なニヤニヤ笑いとは違う、優しげな微笑みを浮かべている。

「ケットシー村だにゃ」

 チャムもニコニコしながら答える。

「ケットシー村? そこには、お前らみたいなのが大勢いるのか?」

 ガイはチャムの隣にしゃがみこみ、微笑みながら尋ねた。

「なー? ニャントロ人のことにゃ? ニャントロ人はいっぱいいるにゃ。一、二、三、たくさんにゃ」

 チャムは指を折って数える仕草を見せる。

「ニャントロ人? お前らはニャントロ人って言うのか……」

「そうだにゃ。お前、知らないのかにゃ? バカだにゃあ」

「お前に言われたかねえよ……」

 苦笑するガイ。


 その横で、ギンジら四人は火を起こし、肉を焼いたりお湯を沸かしたりしていた。

「なあヒロユキ……あのニャントロ人とかいうのは敵なのか?」

 ギンジはお湯を沸かしながら、ヒロユキに尋ねる。

「いいえ……敵ではなかったですね。人間とは仲良しだったはずです」

 ガイとチャムの会話を横目で見ながら、答えるヒロユキ。

「それにしても、ガイくんは凄いですね……あの猫娘を見事に手なずけちまいましたよ。案外、彼にはホストの素質があるのかもしれませんねえ……」

 木の枝に突き刺した肉を焼きながら、タカシが感心した顔で言った。


 確かに、先ほどまで取っ組み合い、罵り合っていたはずなのに――

 今の二人は、まるで再会した古くからの友人同士のような雰囲気で会話している。

「ホストの素質? ある訳ねえだろうが。あんな人相の悪いホストがいてたまるか。しかし、いい気なもんだぜ、ガイの奴……」

 カツミもタカシと一緒に肉を焼きながら、しみじみとした口調で言った。

 凶悪な顔が、若干ほころんでいる。


「ところでチャム……お前、何でいきなり飛びかかって来たんだ?」

「な……お前、わるものかと思ったにゃ」

「わるもの……まあ、間違いじゃねえな。良い人じゃねえし」

 またしても、苦笑するガイ。

「なー? お前は良い人だにゃ。お前は凄く強いし、お肉もくれたにゃ。良い人だにゃ」

 ニコニコしながら、そんなことを言うチャム。

 ガイの表情が、一瞬暗くなった。

 しかし、すぐに元通りになる。

「なあ、お前……肉もっと欲しいか?」

「な! 欲しいにゃ! チャムはお肉とお魚が大好きだにゃ!」

「じゃあ……食べてけよ」


 そして――

「なんなんなんなん!」

 相変わらず、奇妙な声を発しながら肉を食べるチャム。

「おいチャム……お前、ケットシー村から来たと言ったな」

 ギンジが優しげな声で尋ねる。

「なー? そうだにゃ」

「そうか……なあ、みんなでお前らの村に行ってもいいか?」

「なー? 村に来たいのかにゃ? いいにゃ、来いにゃ来いにゃ。ニャンゲン人は村によく来るにゃ」

「ニャンゲン人て、オレたちのことか……」

 ギンジは苦笑しながら、皆の顔を見回した。

「みんな、とりあえずは、そのケットシー村とやらに行こうと思うが……」






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