表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
金と銀〜異世界に降り立った無頼伝〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/60

廃村大火災

「貴様ら……いったい何者なのだ……」

 中年男の声には、困惑の色があった。人間を遥かに超越した力を持つ人狼……だが、その人狼ですら怯んでしまう状況になっていたのだ。


 マウザーの叫び声の直後に、馬車から降りた者がいた。闇の中でもはっきりわかる、小さく華奢な体……パロムだ。先ほどまでの怯えた表情が嘘のように、顔を歪めてこちらに歩いて来る。

「おいパロム! 何やってんだ! 戻って来い!」

 慌てた様子で、ガイが降りて来た。チャムを担ぎ上げたまま走り、パロムの手を握った。そのまま手を引いて連れ戻そうとする。しかし、パロムはガイの手を振り払った。

 そして人狼に向かい手をかざす。すると――

 パロムの掌から、巨大な炎が吹き上がったのだ。まるで火炎放射器のように炎が吹き上がり、人狼めがけて伸びていく……人狼はあわてふためいた様子で、後ろに飛び退いた。すると、あちこちから人狼のものらしき、奇怪な吠え声が上がる。さらに、馬車からも叫び声がした。

「パロム! 馬車に戻るんじゃ!」

 声と同時にマウザーがポロムを連れ、馬車から降りる。そしてパロムのそばに走り寄る……するとパロムは振り向き、子供らしからぬ不敵な笑みを浮かべた。

「大丈夫だよ! こんな奴ら、ぼくがみんなやっつけてやる!」

 パロムは叫びながら、また掌をかざす。巨大な炎が吹き上がり、辺りを照らし出す。中年男は顔を歪め――

「貴様ら……無駄な抵抗は止めろ! ここからは逃げられん。我々はエルフと取り引きしたのだ……貴様らを渡すとな! 貴様らを殺しても構わんと言われているのだぞ!」

 中年男は吠える。だがパロムの炎が襲い、慌てて物陰に身を隠した。


「何だかわからんが……あのガキを上手く利用させてもらうとするか」

 ギンジは小声で呟く。そして次の瞬間――

「タカシ、馬車の用意だ。いつでも出せるようにしておけ。カツミ、お前はここでマウザーさんたちのガードを頼む。ガイとチャムは馬車に戻れ。馬車に近づいて来る奴を片付けろ。ヒロユキとニーナは……ここに残るんだ。もし近寄って来る奴らがいたら、構わねえから二人で殺せ」

 てきぱきと指示を出すギンジ。そしてパロムの方を向いた。

「パロム……あの狼どもが近づいてきたら、片っ端から焼き殺せ。いいな?」

「わかった!」

 力強く返事をするパロム……ヒロユキはこんな状況であるにも拘わらず、パロムに対し複雑なものを感じていた。まだ幼い子供でありながら、魔法らしきものを使える上、敵に対しては容赦ないパロム……大丈夫なのだろうか。


 ヒロユキはニーナと一緒に、油断なく辺りを見回した。人狼たちは、まだ動きを見せない。こちらの尋常でない強さを理解したのだろう。今は様子見のつもりなのか。

 しかし長引けば長引くほど、こちらに不利な状況になるのも確かだ。人狼たちは、一行をエルフに引き渡すつもりらしい。放っておくと、そのエルフたちまでもが姿を現すかもしれないのだ。

「タカシ、馬車は動きそうか?」

 ギンジが尋ねると、タカシは首を横に振る。

「いや……馬はてこでも動かないぞって雰囲気ですねえ。大した奴らですよ、狼男ってのは……」

「感心してる場合かよ……なあヒロユキ、奴らは強いのか?」

 ギンジの問いに、ヒロユキは一瞬考え――

「ライカンスロープは……いや、人狼は強いです。恐らく、殺傷能力はオーガー……あのラーグに優るとも劣らないくらいのレベルではないかと。少なくとも、前に戦ったゴブリンやヴァンパイアよりは確実に強いでしょう」

「何だと……そんなのが群れてるのかよ……」

 一気に険しい表情になるギンジ。ヒロユキも自分で言っておきながら、改めて今の状況の厳しさを思い知る。


 そうだよ……。

 あいつらに、ぼくたちの武器が通じるのか?

 奴らは不死身だ。銀の武器、あるいは魔法の武器でなければ傷つけられなかったはず……。

 いや待て。

 さっき、奴らはパロムの炎に怯んでいた。

 そうだ……奴らは不死身じゃない……。


 ヒロユキは考えた。不死身ではないとはいえ、圧倒的に不利な状況であることに代わりはない。白兵戦では、こちらに勝ち目はないだろう。ガイとカツミは超人的な強さの持ち主だが、それでも奴らの数の前には……。


 ちょっと待て。

 戦えるのは、あの二人だけじゃない。

 炎を出せるパロムもいるし、ニーナも魔法が使えるんだ。それらを上手く使えば……。


「ヒロユキ……何を考えている?」

 ギンジの声。ヒロユキは我に返った。

「あ、いや……」

「考えるのは結構だが、ここは戦場だぞ。臨機応変に動けるようにしておけ。それよりも……」

 ギンジは言葉を止め、周りを見渡した。朽ち果てた廃屋や家の残骸の陰に、人狼たちが潜んでいるのがわかる。光る目が、こちらを窺っていた。

「このままだと、ますます不利になるな……一か八か、こっちから仕掛けるしかねえ」

 そう言うと、ギンジはパロムの隣に行く。

「パロム……こっちから仕掛けるぞ。奴らを焼き殺して――」

「ま、待ってくれ……戦わなくてはならんのか? この子を戦わせなくてはならんのか?」

 おずおずとした様子で尋ねるマウザー。しかし――

「マウザーさん……このままだと、確実に全滅だ。パロムの力が必要なんだよ。オレたちだけじゃ、奴らには勝てない」

 ギンジの声は冷たく、有無を言わさぬ迫力を感じさせる。マウザーは黙りこむしかなかった。


「いいかパロム、とりあえずは……あそこの建物を焼き払え。できるか?」

「うん、できるよ!」

 ギンジが指差した先……そこには、大きな建築物の残骸があった。昔は見張り台としてでも使われていたのだろうか。やたらと細長い造りで、この村の中でも一番高い建物だ。

 パロムはその建物に向かい、掌をかざす。すると、炎が吹き出した。まるでシャワーのように、掌からまっすぐ吹き出ていく炎……そして炎は高台をあぶり、燃やしていく。

 その動きに反応し、数匹の人狼が姿を現した。奇怪な叫び声を上げながら、こちらに襲いかかってきたが――

 まず出迎えたのは、ギンジの拳銃だった。銃声、そして放たれる弾丸が人狼たちを怯ませ、動きを止める……。

 そこにカツミが飛び込んで行った。彼の日本刀が一匹の人狼を一刀両断……さらに別の人狼にも斬りかかる。しかし人狼たちもその動きに反応し、素早く飛び退いた。

 睨み合うカツミと人狼たち……だが、その時――

「カツミ! 横に飛べ!」

 ギンジの声。同時にカツミは転がるように横に飛び退く。直後、人狼たちを襲う炎。人狼たちは燃え上がる火柱と化し、苦痛の叫び声を上げる――

 その火柱を蹴り倒していくギンジ。倒れたところを容赦なく踏みつけていく。いくら人狼といえど、全身を焼かれた上に蹴り倒されてはたまらない。だが、ギンジはさらに容赦なく踏みつけ、確実に止めを刺していく。一方、カツミは火だるまになった人狼を次々と切り捨てていく……。

 すると、人狼の群れが一斉に動いた。あちこちの廃屋から、姿を見せる人狼たち……すると、ギンジは叫んだ。

「パロム! この村と人狼たちを燃やせ! 全部焼き尽くすんだ!」

 パロムはすぐさま反応する。両方の掌から、凄まじい勢いで炎を吹き出す。廃屋は次々と燃え上がり、炎があっという間に広がっていく……。

 その時、ヒロユキはパロムの顔を見た。パロムの目は妖しい光に満ちており、恍惚とした表情になっている。自らの持つ強大な力に酔いしれている……ヒロユキは言いようのない不安を感じた。こんな恐ろしい力を、まだ分別のつかない子供が持ってしまっている……嬉々として人狼たちを燃やしていくパロムの姿は、人狼たちよりも遥かに恐ろしく見えた。


「ギンジさん! 馬が動けるようになりました! 出発できますよ!」

 タカシの声。ギンジは素早く反応した。

「行くぞみんな! 馬車に乗り込め! さっさとずらかるんだ!」

 ヒロユキはニーナの手を引き、素早く自分たちの馬車に乗り込む。だが、一匹の人狼が馬車に飛び乗ってきた。そして襲いかかるが――

 ニーナが素早く杖をかざす。すると次の瞬間、人狼の目を魔法の矢が貫く。ニーナの魔法が人狼の視力を奪ったのだ。

 目を潰された人狼は、そのまま後退りを始めるが……すかさず、ヒロユキがナイフを構えて突っ込む。ギンジに言われた通り、叫びながら体ごとぶち当たっていき――

 刃は、人狼の体を深々と貫いた。

 しかし次の瞬間、ヒロユキの肩に牙が食い込む。人狼は腹を貫かれながらも、その恐ろしい生命力で反撃してきたのだ。ヒロユキは肩を噛み裂かれ――

 だが動きは止まる。人狼の顎が外れた。ガイが横から顎を掴んでいる。両手で顎を掴み、一気に引き裂いた。そして叫ぶ。

「おいヒロユキ! 大丈夫か!」

 だが、ヒロユキは答えられなかった。あまりの激痛に声も出せなかったのだ。そして人狼の牙が離れると同時に流れ出る、大量の血液……ヒロユキの意識は遠のいていく。

 その時、傷口にニーナの手が触れる。ヒロユキの傷口から体内に流れ込んでいく、暖かい何か……同時に傷口はふさがっていった。

「ニーナ、ありがとう。ガイさん……もう大丈夫。大丈夫……です」

 ヨロヨロしながらも、立ち上がろうとするヒロユキ……だが、ニーナが無理やり座らせた。

「ヒロユキ、お前はよくやった。座ってろ。あとはずらかるだけだ」

 いつの間にか、ギンジがすぐ横に立っている。拳銃を構え、辺りを見渡していた。人狼たちは今や、火事の方に気を取られている。人狼たちが火を消そうと右往左往している姿は滑稽でさえあった。

「今のうちだ。タカシ、マウザーさん、馬車を出すんだ。逃げるぞ」




「パロムとポロムの両親は……あの子らの目の前で、山賊に殺されたのじゃ。その時、パロムの手から炎が吹き出た……山賊どもを全員焼き殺した。それまでは普通の子供だったのに……儂はパロムには……あの力を使わせたくない……平穏に暮らして欲しい……」

 馬車を止め、一休みしている一行。パロムとポロムは眠っている。その横で、マウザーは静かに語った。

「あの化け物どもは、あんたらを狙っていたのか……ならば、共に行くのはここまでにしよう。あんたらには何の恨みもない。じゃが……儂はこれ以上、あの子に力を使わせたくない。あの力を使い続ければ……きっと不幸なことになる。あんたらには本当に感謝しているが……ここで別れるとしよう」


「ヒロユキ……大丈夫か」

 横になっているヒロユキのそばに来たギンジは、労りの言葉をかける。傍らにはニーナが寄り添い、心配そうな面持ちでヒロユキを見ている。

「あ、はい……動かすと痛いですが、大丈夫だと思います。それより……パロムはこの先、どうなるんでしょうね……」

 ヒロユキは聞かずにはいられなかった。戦っている時のパロムの表情には、悪意は感じられなかった。だが、無邪気な表情で次々と人狼や建物に火を付けていたパロム……その姿は、悪意を持った人狼より恐ろしく見えた。ヒロユキは底知れぬ不安を感じたのだ。

「まあ、ロクな大人にはならないだろうな。あいつは多分、あの力をもて余すだろうよ。挙げ句に……法を侵し、オレたちみたいなお尋ね者になる……もちろん断言はできない。だが、そうなる可能性の方が高い」

「え……でも、マウザーさんがいるんですよ……あの人が付いていれば――」

「なあヒロユキ、小学校にガキ大将ってのがいなかったか? 体が大きく、喧嘩が強くて周りの連中を従わせていたような奴が」

「え、まあ、いましたけど……」

「子供なんてのはな、はっきり言えば動物と人間の境界線にいるんだよ。然るべき過程を経て、子供は社会にとって無害な人間へと変わる。ある意味、洗脳だがな。その過程がないと……子供は社会性の無い獣のまま、体だけが大きくなる。そして、子供を教育するのに必要なもの……それは大人の存在だ」

 ギンジは言葉を止め、視線をガイに移す。ガイはチャムのそばに座り、何やら話していた。なぜ、ガイの方を見るのだろう? ヒロユキは不思議に思った。

 だが、すぐにその真意に気づく。ガイとパロムは似ているのだ。突然、異能の力に目覚めた二人……ガイはここで仲間と出会えた。だが、パロムは?


「ヒロユキ……子供がなぜ大人の言うことを聞くのかわかるか? 結局は大人の方が強いからさ。単に腕力だけの問題じゃない。生活力のない子供をきちんと食わしていけて、社会での生活の仕方を教え、悪いことをした時は力ずくで止める……全て、大人の方が強いからこそできることだ。ところが……パロムはマウザーよりも遥かに強い。その気になれば、マウザーよりも簡単に金を稼げるだろうよ。しかも、いざとなったらマウザーを数秒で殺せる……この先、悪さをしてマウザーに叱られ、頭に来たパロムが何かの拍子でマウザーを殺す……有り得る話さ」

「そ、そんなこと……ありませんよ……」

 ヒロユキは口では否定したが、内心では認めざるを得なかった。嬉々として村を焼き払っていたパロム……子供ならではの残虐さを剥き出しにしていた。そう、パロムは虫の足をちぎるような感覚で、人を殺せるだけの力を持っているのだ……。

「大いなる力には、大いなる責任が伴う……どっかの映画のセリフだが、そもそもあんなガキでは、責任という言葉の意味すらわからんだろうさ。そんなガキが、あんな力を持ったら……ロクなことにならねえよ。遅かれ早かれ……自分の運命を呪いながら、破滅していくことになるだろうな。あるいは、死体だらけになった国を治める、ただ一人の生者になるか……いずれにしても、幸せな人生は送れないだろうよ」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ