少年大疑心
ホープ村で村人たちを埋葬した一行は、滅びの山を目指して歩き始めた。しかし……。
「おいおい、何なんだよ……オレはお前たちなんか知らねえぞ……」
ガイのうんざりしたような声。馬に乗った男たちが後ろから追いかけて来たかと思うと、いきなり一行の周囲を取り囲んだのだ。男たちは全員、皮の服を着ていた。そして手斧や木の六尺棒などといった粗末な物で武装している。山賊の類いなのだろうか。ニーナを追ってきた白魔術師たちの手下には思えない。
「お前ら何なんだ……命が惜しいなら、さっさと消えろ」
カツミは立ち上がり、馬車から降りた。そして、片手でバトルアックスをぶんぶん振り回す。男たちの顔に、動揺が広がった。しかし、
「お、お前らを捕まえないと……あ、明日の飯にありつけねえんだ!」
男たちの一人が、怯えながらも怒鳴りつけてきた。と同時に、男たちは馬から降りて身構える。カツミの表情が険しくなるが……今度はギンジとタカシが進み出た。
「なあ、あんたら。一つ聞かせて欲しいんだが……もしかして、オレたちの首に賞金でも懸かっているのかい?」
ギンジが穏やかな声で尋ねた。ギンジの声には独特の雰囲気がある。聞いている者を落ち着かせるような……男たちの戦意が少しずつ削がれていっているのが、見ているヒロユキにもわかった。
「あ、ああ……」
リーダー格らしき男が答える。ギンジは頷いた。
「そうか……オレたちには幾らの賞金が懸かっているんだ?」
「ひ、一人につき……金貨十枚だよ……」
リーダー格の男は、妙な雰囲気に戸惑いながらも答える。すると、今度はタカシが口を開いた。
「なるほど……ところで皆さん、私から一つ提案があります。ここには、全部で二十人の方がいますね。一人につき、銀貨二枚払いましょう。それで、我々を見逃すというのはどうです? もし戦いになった場合……申し訳ないですが、あなた方では私たちには勝てませんよ」
タカシはそう言いながら、一人一人の反応を見た。全員動揺しているのが、手にとるようにわかる。彼らは根っからの荒くれ者ではないのだろう、とヒロユキは思った。恐らくは、何らかの事情で金が必要になり、そして一行に懸けられた賞金に目を付けたのではないだろうか……。
タカシは喋り続ける。相手に考える時間や反論する暇を与えず、次から次へと言葉を繰り出していく。
「いいですか、このガイくんはオーガーと素手で殴り合い、叩きのめした強者です。このカツミさんは成長しきった熊を斬り殺した剛の者です。あなた方が百人いようが勝ち目はありません。あなた方にも、奥さんや子供がいるでしょう……何もせずに銀貨二枚が手に入る機会を捨て、金貨十枚に目が眩んで命を捨てる気ですか?」
タカシは言葉を止めた。そして手にした小袋から銀貨を取り出し、男たちに見せつける。今となっては、男たちの顔から戦意は消えている。タカシはさらに、小袋を振ってみせる。ジャラジャラという音。その音を聞いた男たちは、てんでに顔を見合わせた。
「さあ、どうします? 金貨十枚につられて勝ち目の無い殺し合いをするか、一人銀貨二枚で手を打つか……どっちにします?」
結局、男たちは銀貨二枚もらう方を選んだ。まあ、それも当然だろう。目の前の銀貨、そしてバトルアックスを片手で振り回すカツミ……それはアメとムチのような効果をもたらしたのだ。
「オレたち……いつの間にやら賞金首かよ……参ったね。海賊のマンガじゃないんだからよ……」
ガイは呟きながら、食事の支度をする。だが、ヒロユキとニーナの暗い表情に気付き――
「あ、いや! そんな事オレはぜんぜん気にしてねえから! ヒロユキ、ニーナ、お前らだけのせいじゃねえ!」
「ガイの言う通りだ……オレもコルネオの頭をぶち抜いたし、他にも何人か殺してる。ガイもカツミもタカシも、この世界で何人殺したかわからねえ……前にも言ったがな、殺された奴の一人一人に生きてきた時間がある。親兄弟だっていただろうし、好きな奴だっていただろう……その中の誰かが賞金を懸けたのかもしれん」
そう言うとギンジは、ヒロユキの肩を叩いた。
「もうこうなった以上、誰のせいだとか、責任の擦り合いをしていても意味がない。オレたちはさっさとこの世界を出て行く……それだけだ」
「ギンジさんの言う通りだぜ、ヒロユキ。それにだ……虫を踏み潰すことを気にしてたら、道を歩くこともできやしねえ」
今度はカツミが、そう言いながら微笑んでみせる。しかしヒロユキの心は晴れない。確かにギンジの言うことは正しい。しかし、責任の比重という点について考えると、やはり自分とニーナが一番だ。自分たちのせいで、みんなに迷惑を……。
その時、いきなり腕を引っ張られる。カツミに腕を引かれ、ヒロユキは草むらの方に歩かされていた。
「な、何なんですカツミさん!」
思わず叫ぶヒロユキ。しかし、カツミは草原にヒロユキを強引に引きずって行く。
そして――
「ヒロユキ……訓練だ。さあ、かかって来い」
「はい? 何でそうなるをですか?」
ヒロユキは面食らった顔で抗議する。しかし、カツミはニヤリと笑った。
「お前、また下らねえこと考えてただろうが……うだうだ考えてる暇があったら体動かせ! ほらかかって来い!」
「え、いや――」
「うだうだ言ってんじゃねえ! かかって来い!」
その光景を横目に、食事の支度をする一行。
「カツミの奴、完全に吹っ切れたようだな。それにしても、賞金首とは……タカシ、あとどのくらいかかるんだ?」
ギンジが尋ねると、タカシは水晶板を取り出して眺める。だが、首を横に振った。
「正直、距離と時間まではわからないですね。方角しか表示されないようです。それにしても、あんな連中が次から次へと来るとなると、この馬車も何とかしないといけないかもしれませんね。幌を付けるなりしないと……」
「そうだな。どっちにしろ戦いは避けられないだろうが……ところでタカシ、この機会にお前の意見を聞いておきたいんだがな……門番ってのは、どんな奴だと思う?」
「門番?」
タカシは手を止め、訝しげな顔になる。
「魔術師のレイが言っていただろうが……門番を倒さないと、元の世界に帰れないってな。しかも、そいつは恐ろしく強いらしい……どうしたもんかな」
「そうでしたね……仕方ないから、カツミさんの持ってきたショットガンやら手榴弾やらをありったけ喰らわして吹っ飛ばす……それしかないでしょう」
「いや……ハザマには、銃が通じなかったんだ。まあいい……タカシ、今の話は誰にも言うなよ」
やがて、一行はその場で食事をとる。干し肉や干した果物などの、保存は利くが粗末なものだ。しかし、そんな粗末で味の薄い食事にも、一行は慣れてしまっていた。一行は食べ始めるが、
その時――
「な!? 何かこっちに来てるにゃ!」
突然、チャムが大声を出す。ヒロユキとガイは慌てて立ち上がった。しかし、
「まあ、落ち着け……オレたちを狙っているのなら、あんなにのんびりとしてないだろう」
ギンジの声。こっちに来ているもの、それは馬車だった。ギンジの言う通り、非常にのんびりとした速度でこちらに向かって来ている。
それでも、ヒロユキは不安だった。ここは、わずかな油断や行き違いから殺し合いが始まる世界なのだ。彼は思わず、ナイフを両手で握りしめる。するとニーナが横に来て、ヒロユキに寄り添った。
「ニーナ……」
ヒロユキはニーナの顔を見る。ニーナは笑みを浮かべていた。落ち着いて、と顔に書いてある。ヒロユキの武者震いが収まった。
馬車が近づいて来る。ヒロユキたちの乗っている馬車と違い、屋根つきで住居の代わりもできる立派なものだ。
そして御者台に乗っているのは、黒いマントを着た老人であった。老人は怯えたような目で一行を見ながら通り過ぎて行きかけたが――
馬車が止まった。老人は不思議そうな顔で、こちらを見ている。その視線の先にはチャムがいる。ヒロユキもつられて、チャムの方を向いた。チャムはガイの横で、なんなん言いながら干し肉を食べている。馬車と老人のことは、まったく見ていない。彼女は動かないものには、興味がないらしい。
「つかぬことを聞くが、あんた方は……旅の商人なのか? ずいぶん珍しい衣服や道具を積んでいるようだが……」
老人は不思議そうな顔で尋ねる。すると、ギンジが口を開いた。
「まあ、そんなところだ。あんたらの方は?」
「わしらは……ただの旅人だ。ところで……すまないが、熱に効く薬か薬草などあれば分けていただけないだろうか……もちろん、金は払う」
そう言いながら、老人は馬車から降りて来た。それと同時に、幼い少女が顔を出す。
「お爺ちゃん、パロムが苦しがってる……」
馬車の中では、幼い少年が毛布にくるまれて横になっていた。苦しそうな息遣い、そしてうわ言。顔からは大量の汗が吹き出している。
「なるほど……この世界じゃあ、風邪ひいただけでも命取りだよな。効くかどうかわからんが……」
そう言うと、ギンジはポケットから小さな袋を出した。そして袋を開け、中から黒い丸薬を一粒つまみ取り、少年の口に入れる。
その時、ヒロユキは思い出した。
あれは……。
ダークエルフからもらった薬じゃないか!
すっかり忘れてた……。
そう、魔術師レイの住んでいた搭で、ダークエルフから秘薬をもらっていたのだ。大抵の病気なら治せると言っていた。もっとも、その後にいろんなことが有り過ぎ、その存在をすっかり忘れていたが。
だが、その時に閃いたことがあった。
ちょっと待てよ。
ギンジさん、あんたは……。
ギンジは薬を飲ませ、そして寝かせた。少年は少し落ち着いたらしく、呼吸が静かなものになっている。まだ熱は下がらないようだが、先ほどに比べると少しは楽になったらしい。
「こいつはダークエルフからもらった秘薬だ。大抵の病気に効き目があると聞いたが――」
「ダークエルフの秘薬!? そんな貴重な物を孫のために!? ありがとう……本当にありがとう……それなら、孫の病気も治るじゃろう……」
老人は安心した様子で、ほっと一息ついた。
老人の名はマウザー。故郷の村に帰るため、幼い姉弟を連れて旅をしている途中だという。
「この二人はポロムとパロム。母親は儂の娘だったが、山賊に殺されてしまってのう……儂が引き取ったのじゃ」
マウザーは暗い表情で話す。横にいるポロムの表情も暗い。マウザーは手を伸ばして、ポロムの頭を撫でる。
「それは、お気の毒な話ですね……ところで、一つお聞きします。あなたは……滅びの山をご存知でしょうか?」
タカシが尋ねると、マウザーは訝しげな表情になった。
「あんた方は……あんな所に何の用があるんだ? ここからだと、道なりに北の方角に進めば、二週間ほどで着くが……あそこはまともな人間の近づく場所ではないぞ」
「何だと……マウザーさんよう、すまないが……滅びの山について詳しく教えてくれねえか?」
今度はカツミが身を乗り出してくる。マウザーは不思議そうな顔をしながらも、滅びの山について語り始めた。
「儂もこの目で見たわけではないのじゃが……滅びの山の麓には、ミノタウロスの一族が住んでいると言われている。奴らは……人間を下等動物のように思っておるからのう。しかも、山の上には、魔王の祭壇と呼ばれる場所があるらしいのじゃ」
「魔王の祭壇? 何ですかそれは?」
タカシが口を挟むと、マウザーはまたしても訝しげな表情になる。
「あんたら……この辺りに来るのは初めてなのか? 滅びの山には魔王の祭壇と呼ばれる遺跡がある。そこに生け贄を捧げれば、魔王の力を得られるという言い伝えがある……」
だがヒロユキは、マウザーの言葉を半分くらいしか聞いていなかった。
ギンジさん、あんたは何故、ダークエルフの薬をホープ村の人たちにあげなかったんだ?
あんな人たちは、助ける値打ちがないとでも言うのか?
そして、マウザーさんの孫を助けた理由は……。
メリットなのか? メリットがあるから薬を使い助けたのか?
じゃあ、ぼくやニーナも……。
利用価値がなくなったら捨てられるのか?
これまで、ヒロユキの中で神にも等しい存在だったギンジ……しかし今、ヒロユキの心の奥底に、ギンジに対する不信感が芽生えつつあった。




