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金と銀〜異世界に降り立った無頼伝〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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43/60

周囲を笑顔に変える猫娘と不良青年

 聖騎士団との死闘がおわり、数時間が経過した。

 そして夕方になったが、一行は未だにホープ村にいる。深い穴を掘り、そこに村人たちの死体を埋めていたのだ。陽は沈みかけ、カラスやハゲタカなどが集まり、遠巻きにじっと一行を見ている。明日になったら死体を掘り出し、ついばもうとでも考えているのだろうか。

 ヒロユキは非常に嫌な気持ちになった。石を拾って投げつける。しかし、カラスたちは素早く空に飛び上がり、石を避けた。そしていったん遠くに離れると、再び一行の作業を観察しだした。


「みんな……いったん休もうぜ。そろそろ日が沈む。あとは明日だ」

 ギンジが声をかけ、一行は広場に集合する。皆、疲れ切った顔をしていた。特にカツミの顔は、見ていて痛々しい。虚ろな目で座りこんでいる。昨日より、やつれたような印象も受ける……ヒロユキはカツミの気持ちを考えると、やるせない思いに襲われる。未だに、わずかな間とはいえ村を離れてしまった自分を許せずにいるようだ……。

 もちろん、カツミ一人が残っていたところで虐殺は止められなかっただろう。聖騎士団の中には、赤いローブを着た魔術師もいたのだ。いくらカツミでも、騎士の集団と魔術師を相手にしては勝ち目はなかったはずだ。

 しかし何を言おうと……今のカツミの気が晴れないのも、また事実なのだ。

 そんなカツミを思いやってか、一行を取り巻く空気は重い。誰も一言も喋ろうとしない、はずだったのだが――

「ガイ……おしっこ……行きたいにゃ……」

 チャムが恐る恐る声を出す。ガイの表情が、ひきつったものになった。

「な、何だよ……一人で行けばいいだろ……」

「お化けが出そうで……怖いにゃ……ガイにも来て欲しいにゃ……」

 チャムの言葉を聞き、ヒロユキは思わず、横にいるニーナと顔を見合わせてしまった。この空気で、何を言い出すのだろう……。

「お化けって何だよ! お化けって!」

「ガイが言ったんだにゃ! 人が死んだらお化けになるって言ったにゃ! お化けは凄く強くて怖いとも言ってたにゃ! あれは嘘だったのかにゃ!」

 チャムの抗議の声が、村に響き渡る。そして……。

 ため息と同時に、カツミが口を開いた。

「ガイ……お前が妙なことを教えたせいで、チャムが怖がってるだろうが……一緒に付いて行ってやれ」

「あ、ああ……わかったよカツミさん……ほらチャム、行くぞ」

 ガイはひきつった顔で言うと、チャムの手を引いて歩いて行った。

「まったく、あいつらときたら……真面目に悩んでいるのがバカらしくなるぜ……落ち込むことさえできねえよ」

 苦笑するカツミ。すると、タカシも笑顔を見せた。次いでギンジとヒロユキとニーナにも、笑顔が広がっていく。

「本当ですよ……ガイくんとチャムには、不思議な力がありますね。二人が一緒にいると、周りを笑顔にできる。私たちがこんな地獄みたいな世界で笑っていられるのは……ガイくんとチャムのおかげですよ」

 タカシは彼にしては珍しく、しみじみとした表情で語った。その横で頷くギンジ。

「確かにその通りだ。考えてみれば、不思議な話だよな……あんな無愛想なガイの奴が、人を笑顔にするとは……」

 ギンジは呟くように言うと、カツミの方を向く。

「カツミ……お前がどんな罪を被ろうが、そして自分にどんな罰を与えようが、それはお前の自由だ。しかし、一つ忘れないで欲しいことがある。今のオレたちには、お前が必要だってことをな。まだ、旅は続くんだ。それに……元の世界に帰るには、門番を倒さなきゃならないらしい」

「ああ……オレはしょせん、殺人マシーンにしかなれないらしいな……」

 自嘲の笑みを浮かべ、答えるカツミ。ヒロユキは胸が潰れそうになり、こらえきれなくなった。

「カツミさん……ぼくたちのいた世界にも、困ってる人がたくさんいるはずです……このホープ村と同じように……あなたを……あなたの助けを必要としている人たちが……いるはずです……あなたは……自分の進むべき道を見つけたじゃないですか……ぼくも手伝います……一緒に探していきましょう……」

 ヒロユキがためらいがちに言うと、カツミはヒロユキを睨みつけた。強い視線の前に、ヒロユキは思わず目を逸らす。

「す、すみません……生意気言って――」

「ヒロユキ、ありがとう。だがな、前にも言ったはずだぜ……オレにはそっちの趣味はないと」

「はあ!? な、何でそうなるんですか!?」

 顔を真っ赤にして怒鳴るヒロユキ。しかし、こういう展開になると黙っていられない男がいた。

「な、何ですと! ヒロユキくんはニーナちゃんに飽きたらず、カツミさんにまで手を出そうとしたのですか! 何という強者、何という度胸……ヒロユキくん、私は君を完全に誤解していたよ。君は勇者だ……性の求道者だ!」

 そう言いながらヒロユキに近づき、肩をばんばん叩くタカシ。

「ち、違いますって! タカシさん誤解しないでください! ぼくは手なんか出してません……だいたい、カツミさんに手を出したら、ぼくはこの世にいないじゃないですか!」

 ヒロユキはあらんかぎりの声で叫び続ける。すると今度は――

(ヒロユキ ホントウ?)

 ニーナが不安そうな表情でノートを開く。

「ニーナ! 君まで何言い出すんだよ! ぼくはだな――」


(ジョウダン)


 ノートに書き込み、ニーナは微笑んだ。

「何だ冗談か……」

 ヒロユキはその場に座り込む。ニコニコしながら、隣に座るニーナ。すると向こうから、騒々しい声が聞こえてきた。

「な!? お化けの話は嘘なのかにゃ!」

 チャムのすっとんきょうな声。

「い、いや……嘘って言うか……たぶん、嘘ではないと思うんだが……オレは見たことないって言うか……いるかわからないって言うか……ただ、どんな格好をしてるとか、そういうのは聞いたけど……」

 しどろもどろな口調で答えるガイ。

「な!? なー……じゃあ、お化けはどんな格好をしてるにゃ?」

「オレは見たことないが……頭に三角の布をくっつけて白い服きて、うらめしやー、って言いながら出てくるらしい。こんな風に」

 ガイはこちらに歩きながら、両掌をだらんと下げたポーズをとる。すると、チャムは首をかしげた。

「な……そんなの、全然怖くないにゃ……出てきたらブン殴るだけだにゃ」

 歩きながら、チャムはブンブン腕を振る。

「いや、あの……殴ってどうこうできるもんじゃないんだが……何て説明すりゃあいいんだろ……」

 ガイは困った顔でこちらに歩いてくる。そして立ち止まった。いつの間にか、一行を包む空気がさっきまでとは変わっていることに気づく。ガイは躊躇いながらも口を開いた。

「あ、あの……カツミさん……オレは……あんたと一緒に旅ができて嬉しいよ……あ、いや、村のことは残念だよ! ひどい話だよ……でも、あんたと旅ができて……ああ! ダメだ! 上手く言えねえ!」

 ガイは髪の毛をかきむしる。すると、カツミは苦笑しながら、

「わかったよ」

 と答える。口下手なガイが、どうにかしてカツミを慰めようとしているのが感じられ、ヒロユキは胸に暖かいものが満ちていくのを感じた……。

 そして、ヒロユキはギンジの言葉を思い出す。


(人間はしょせん、そんな生き物だ)


 確かに、人間はそんな生き物なのかもしれない。ここの村人のような異質な存在を排除し、共同体を守る……それもまた、人間の正体なのだろう。

 だが、それだけではないはずだ。

 少なくとも、村人たちが死んで悲しいという気持ち……そして、落ち込んでいるカツミを慰めたいと思う気持ち……これは誰が何と言おうと、胸の中から自然に発生したものだ。

 誰かの目を意識して泣くような偽善的な行為とは根本から違う、自然な気持ち……それは、この世で一番貴いものだ。


 ヒロユキは改めて、全員の顔を見回す。ギンジ、ガイ、カツミ、タカシ、チャム、そしてニーナ……。

 全員、見た目も性格もデタラメだ。お世辞にも良識ある一般市民とは言えない……しかも、全員人殺しなのだ。少し前のヒロユキならば、確実に避けて通っていた人種だったはずだ。

 なのに今は、彼らの存在がいとおしい。他人にこんな気持ちを抱いたのは、生まれて初めてだ。これが……友情というものなのだろうか。それとも愛なのだろうか。


 だが……感傷的な思いに身を震わせるヒロユキとは裏腹に、ガイとチャムの会話は――

「お化けなんか弱いにゃ! お化けが出たら、チャムがやっつけてやるにゃ! いち、に、さん……たくさんブン殴るにゃ!」

 得意気な様子で、シャドーボクシングのような動きをするチャム。しかし、ガイの表情は曇っていた。

「チャム……一応、聞いとくけど……さん、の次は幾つだ?」

「な? さんの次は……たくさんだにゃ!」

 胸を張り、自信満々の表情で答えるチャム。我慢できず、クスクス笑い出すタカシとカツミ。しかし、ガイの反応は違った。真剣な表情で、指を三本立てて見せる。

「いいかチャム……これが三だ。そして一つ増えると……四になる」

「な? な……よん、かにゃ? よん、は……たくさんと違うのかにゃ?」

「違う。四は数字だけど、たくさんは……数字じゃない。いいか、四の次は五。その次が六だ。さあ、言ってみろ」

「よん、ご、ろく……」


 ガイは指を折って見せながら、チャムに十までの数字を教え始めた。チャムもまた、指を数えながら聞いている。二人とも根は真面目なのだろうか、教える側も教わる側も真剣そのものだ。

 そしてヒロユキは、そんな二人の姿をニコニコしながら眺めていたが、突然、ある突拍子もない考えが思い浮かんだ……ヒロユキは愕然となるが、慌ててその考えを打ち消す。あまりにも荒唐無稽だ。


 荒唐無稽、ではあるが……。

 そもそも、こんな世界にいること自体が荒唐無稽なんだよ。

 いつからガイさんとチャムは……愛し合うようになったのだろうか……。

 二人とも、初めて会った時から……惹かれ合っていた気がする。

 これは、ただの偶然なのだろうか。

 それとも、運命?

 ガイさんは……チャムと出会うために、この世界に来た?

 じゃあ、ぼくたちは何のために?





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― 新着の感想 ―
[良い点] 『オレは……あんたと一緒に旅ができて嬉しいよ』 これはぐっときますね! 涙を誘います! ガイがでれた!
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