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金と銀〜異世界に降り立った無頼伝〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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戦士大告白

「な……何言ってんだよカツミさん……下らねえ冗談はよしなよ……あんたにゃ似合わねえ――」

「冗談じゃねえんだよ、ガイ。オレは決めたんだ。ここに……この村に残るってな……」

 ガイの言葉を遮り、淡々とした口調で語るカツミ。その表情は静かなものだった。だが、その静けさが、見る者に決意を感じさせる……そう、固い意思を。

「カツミさん……あなた、本気なんですか? 本気でこんな地獄みたいな世界に残るつもりなんですか? それに……あのレイとかいう魔術師が言ってたこと……覚えてますよね? この世界は崩壊するかもしれないと、そう言ってたんですよ」

 今度はタカシだった……タカシは先ほどまでとはうって変わって、真剣な表情で尋ねる。すると、カツミはタカシの方を向き、口を開いた。

「ああ……でもな、崩壊すると決まったわけじゃないんだろうが。それに、例えこの世界が崩壊するのだとしても……それまでは、ここの村人たちを守ってやりたいんだよ。ガイの強さは桁外れだし、ギンジさんやタカシやチャムも充分に戦えるだろう。ニーナも魔法が使える。ヒロユキだって……この先戦えるようになるはずだ。オレが抜けたとしても、旅を続けるのに問題はない。しかし、この村には……ダカールの他に戦える人間がいない。この村には必要なんだよ……オレのような人間が……」

 カツミの表情は先ほどまでと変わらない。静かに、淡々とした口調で答える。ヒロユキは混乱した。考えを変えさせたかったが、言葉が出てこない。言いたいことは山ほどあるはず……なのに、言葉にならないのだ。ヒロユキは必死で言葉を発しようとした。だが、やはり言葉が出てこない……だが、その時――

「ふざけんじゃねえよ……てめえ、オレたちを見捨てる気か……てめえはオレたちより、ここの村人を選ぶのか……」

 言ったのはガイだった。目には凶暴な光が宿っている。ガイはゆっくりと立ち上がり、カツミに近づいて行く……しかし、ギンジがそれを阻んだ。

「止めろガイ……カツミにはカツミの生き方がある。オレたちに強制する権利はない」

「ざけんなよ! んなの納得いかねえよ!」

 今度はギンジに食ってかかるガイ。ギンジの目がすーっと細くなり――

「ガイ……いい加減にしろ……ガキみてえなこと言ってんじゃねえ」

「んだと……上等じゃねえか……」

 睨み合うガイとギンジ……だが、カツミとチャムが割って入る。

「ガイ! ダメだにゃ! 仲間と喧嘩しちゃダメだにゃ!」

 目を潤ませながら、ガイに抱きつくチャム。ガイは怒りで顔を歪めながらも、仕方なく引き下がる。ギンジはガイをちらりと見た後、カツミに視線を移した。

「本気なんだな、カツミ」

「ああ、本気だよ……オレの武器は、全部持って行ってくれて構わない。お前らが使え――」

「そんなの、どうだっていい!」

 ヒロユキの声。ヒロユキはようやく、言葉を絞り出すことができたのだ。

「カツミさん……なんで……理由を言ってください……確かに、ここの村人たちは気の毒だ……でも、あなたが犠牲になる必要はないはずだ……」

「違うよ、ヒロユキ」

 カツミは、優しい表情でヒロユキを見つめる。

「ヒロユキ、お前には元の世界に帰る理由がある。ニーナをこの世界から連れ出すという……ギンジさんには、ハザマヒデオを殺すという目的がある……だが、オレには何もないんだよ――」

「それはあなただけじゃない……私にも、何もないですよ」

 カツミの言葉を遮り、口を挟むタカシ。

「タカシ……お前は元の世界で社長をやってたんだろう。お前には商売ができるし、家庭も持てる……そしてガイ、お前にはチャムという守るべき者がいる」

 カツミはタカシとガイを交互に見て、ゆっくりと諭すような口調で語る。二人とも、いつの間にか神妙な顔つきで聞き入っていた。

「お前ら四人には、帰る理由がある……他の生き方ができる……守るべきものがある……だが、オレには何もないんだ」

 カツミは言葉を止め、笑ってみせた。

 寂しい笑顔だった。

「昔、オヤジが言ったんだよ……お前は殺人マシーンだと。だがな、オレはマシーンとして生きたくない。人間として生きたいんだよ……」

 カツミの言葉に、ヒロユキは何も言えなかった。かつて、タカシに言われた言葉を思い出す。

(オレは今まで、何人殺してきたかわからねえ……オレの手に染みついた血の匂いは、どうあがいても消えないんだ。死ぬまで続けるしかないんだろうな……殺人マシーンを。家庭を持ち、平和に暮らすなんて人生は……望んじゃいけないんだよな)


 カツミの言葉は続く。

「オレは……元の世界に帰ったところで何もできねえんだ……人殺し以外はな。だが、ここなら……この村ならば……オレでも役に立てる。みんなのために、オレの力を使えるんだ。この村なら……オレは人間として生きられる」

 カツミは言い終えると、深々と頭を下げた。

「すまない……ここから先は……オレ抜きで行ってくれ」


「仕方ねえだろ、みんな……カツミの選んだ道だ。オレたちにどうこう言う権利はない。もともと、オレたちは仲間でも何でもない。たまたま、同じバスに乗り合わせ……そしてこの世界に来ちまった者同士だ。だったら、笑って見送ってやろうや……いや、見送られるのはこっちだがな」

 ギンジの言葉には、いつもと同じように人を落ち着かせる何かがあった。他の者たちは黙りこみ、下を向いて考える。ヒロユキは複雑なものを感じていた。確かに、カツミが決めたのであるなら自分にとやかく言う資格はない。しかし、まさかこんな形で別れることになるとは……。

 そして……ヒロユキの目から涙が溢れる。カツミは本当に、頼りになる男だった……初めは恐ろしかったが、次第に自分を認めてくれるようになった。豪放磊落な戦士かと思えば、天然な変人であるタカシに突っ込んだり、最近では自分に戦い方まで教えてくれていたのだ。

 ヒロユキの人生において初めての、先輩であり師匠であり兄であり……。

 友だち、と呼べるかもしれない存在だった……。


 ヒロユキは涙を止められなかった。やがて嗚咽が洩れる。ニーナが微笑みながら寄り添い、優しく背中を叩く。カツミも複雑な表情を浮かべた。

「ヒロユキ……お互い笑いながら……じゃあな、って別れるわけには……いかないのか?」

「んなこと……できるわけねえだろ!」

 怒鳴りつけたのはガイだった。ガイはギラギラする目でカツミを睨み付け――

「てめえが……てめえがそんな奴だとは思わなかったよ! 偉そうなこと言ってるがな、てめえは元の世界に帰るのが怖いだけじゃねえか! 元の世界で……違う生き方をするのが怖いんじゃねえか! だから……この世界に……この村に残るんだろうが!」

 ガイはいつになく雄弁だった。その場にいる全員が、ガイの雰囲気に圧倒されていた……。

「てめえは……この村で弱い奴らに囲まれてチヤホヤされたいだけだろうが! なんだかんだ言いながら、てめえは元の世界の現実と戦う勇気がなく、この世界に逃げ込もうとしてるクズ野郎じゃねえか!」

「ガイくん、それは違いますよ」

 そう言ったのは、タカシだった。

「ガイくん……君は重症患者たちを見ていませんね。あの光景……私はこの先、一生忘れることができないでしょう。人生の残された時間……その全てを、あの患者たちに捧げる……君にそれができますか? 私には絶対にできません――」

「タカシ……ありがとう。だが、もういいよ。ガイの言ってることも間違ってない。オレは……逃げているのかもしれない」

 カツミの声は落ち着いたものだった。いや、声だけではない。表情も態度も、全てにおいて静けさを保っていた。ガイとは正反対の態度……その落ち着きようが、ガイをかえって苛立たせたようだった。

「……オレはこんな奴と同じ部屋にいたくねえ。オレは外で寝る」

 ガイは吐き捨てるように言うと、カツミを無視して大股で歩き、出て行ってしまった。

「な!? ガイちょっと待つにゃ!」

 チャムは慌てて、ガイの後を追おうとするが……カツミの前で立ち止まり、はにかむような表情で――

「な……な……カツミは顔も体も大きくて……凄くうるさかったにゃ……でも、カツミはガイの次くらいに強かったにゃ……チャムはカツミにも幸せになって欲しいにゃ……」

「ああわかったよ。ありがとな。それより、ガイのそばにいてやれ」

 苦笑しながら、答えるカツミ。

「わ、わかったにゃ……カツミ……いっぱい……ありがとうにゃ」

 そう言い残し、チャムはガイの後を追って行った。カツミの表情が、わずかではあるが歪む……だが、それは一瞬だった。

「カツミ……ガイのことはほっとけ。あいつは……まだガキなんだよ。こんな形で別れるのは何だがな……今はこの村の生活のことだけ考えろ」

 ギンジの言葉に、カツミは黙ったまま頷いた。




「ほ、本気なのか……あんた本気で、この村に……」

 翌朝、突然のカツミの言葉を聞き、唖然となるダカール……だが、カツミは頷いて見せた。

「ああ……オレはこの村に残る。あんたの下で働かせてくれ。オレはこの村で……みんなを助けたい。もちろん……あんたらさえ、良ければ……だが……」

「何言ってるんだ……いいに決まってるじゃないか……カツミさん……あんたみたいな強い人がいてくれれば……この村は安泰だよ! よし、みんなに知らせてくる!」

 ダカールは今までの落ち着いた印象が嘘のように、あわただしく出て行った。それを見て、苦笑するギンジ。

「ダカールさん、凄いはしゃぎようだな……まあ、それだけカツミの加入が嬉しいんだろうが」

 そう言いながら、皆の顔を見る。しかし、ガイだけは憮然とした表情を崩さない。朝方、チャムと二人して戻って来たものの……カツミとは一言も話そうとしなかった。カツミのことを見ようともしない。

「ガイ……いつまで不貞腐れているんだ?」

 ギンジが声をかけても、ガイは横を向いたまま、

「別に不貞腐れてねえし……勝手にすりゃあいいじゃねえか。さっさと行こうぜ、こんな村……」

 と返した。ギンジとタカシは顔を見合わせ、やれやれといった表情をする。しかし、本音を言えば……ヒロユキも未だに納得はしていない。こんな別れ方は嫌だ。

 だが、カツミ本人が決めたことであるなら……自分がどうこう言うべきことではない。

 それはわかっている。

 でも……。






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[良い点] ぬうう…… カツミ…… 男だぜ…… 私は悲しいですけど……
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