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金と銀〜異世界に降り立った無頼伝〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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40/60

巨熊大戦闘

今回もまた、差別的な言葉が出てきますが、差別に対する意識のないリアルな異世界の描写を考えた結果です。特定の方や体の状態にたいする差別の意図は有りません。


 ヒロユキは唖然としていた。近くにいるガイも、似たような表情である。

「何ですかそれ……そんなの無茶苦茶じゃないですか……人権は……人権はどうなっているんですか?」

「無茶苦茶じゃないんだよ……いいかヒロユキ、当時の患者に、人権なんかなかったんだ――」

「にゃはははは! ほらほら、チャムの逆立ち歩きを見てみろにゃ!」

 重苦しい雰囲気を一瞬にして破壊する、チャムの声……一行が声のする方向を見ると、チャムが村の子供たちを集めて逆立ち歩きを披露している。どうやら、理解不能な話を聞かされるのに飽きてしまったらしい……ダークエルフの集落の時と同じである。

「こらチャム! お前何やってんだ!」

 ガイが血相を変えて表に飛び出す。だが、チャムはガイの姿を見るやいなや、掘っ立て小屋の壁に飛び付き、一瞬のうちに屋根に登りつく。それを見て、子供たちは歓声を上げる。その時ヒロユキは、子供たちにどこにも障害がないことに気づく。子供たちは、ここから見る限りでは健常者のようだ。

「しかし……ニャントロ人とは、あんたらも珍しい連れがいるな」

 ダカールは笑みを浮かべる。子供たちははしゃぎながら、チャムの周りに集まっていた。チャムは、今度は小屋の屋根の上で逆立ちを始めた。ガイは怒鳴りつけるが、全く聞いていない様子だ。ダカールは先ほどまでの表情とうって変わり、優しそうな笑みを浮かべる。

「フフフ……子供たちは楽しそうだな。あのニャントロ人は……本当に面白い」

「ダカール……あんたに一つ聞きたい。あの子供たちは、このホープ村で誕生したのか?」

 ギンジが尋ねると、ダカールの表情に険しさが戻った。

「そうだ……あの子たちはみな、この村で産まれ育った。ほとんどが、普通の子供たちだ。ところが、他の村の者からは、子供たちさえも忌み嫌われる……ホープ村の子供たちと遊ぶと業病が伝染る、とな。確かに、子供たちの中にも発症する者はいる。しかし、その数は微々たるものだ。少なくとも、触れただけで伝染るなど、あり得ない。なのに……奴らは……」

 ダカールはいったん言葉を止めた。彼の体は震えている。こみ上げてくる怒りをぶちまけるかのような様子で、口を開く。

「あの宗教の奴らは……この村に使者をよこした。業病の者や片輪同士で子を為すのは罪だ、などと言いがかりをつけてきたのだ。挙げ句の果てには、懺悔の後で聖騎士たちの剣による斬首刑を受け入れれば、来世では普通の人間に生まれ変われる、などと……」

 ダカールは言葉を止め、一行の顔を見渡す。

「いったい、どんな神だというのだ? 必死で生きようとしている命を無惨に奪い取る……それが神のすることなのか? 来世……そんなものに何の意味がある? 前世に犯した罪などと言うが、あの子供たちを斬首刑にする……それ以上の罪があるというのか? オレは間違っていると言われても構わん……そんな神など絶対に認めん。また、そんな神を崇め奉る者たちには断じて従わん。オレは断ってやったよ」

 ダカールは言葉を止め、ヒロユキに視線を移す。

「少年……君は何歳になるのだ?」

「じ、十六歳……ですが……」

「十六歳か……オレは君くらいの歳で、どれだけの命を奪ってきたことか。そして、戦場でどれだけの悪行を……オレは本当に愚かだった……」

 そう言うと、ダカールは立ち上がった。

「ちょっと来てくれ、あんたらに見せたいものがあるんだ」


 その地下に造られた洞穴に入った時、まず一行を襲ったものは悪臭だった。便や膿などの入り混じった匂い……だが、それよりも一行にとって衝撃だったのは、そこで寝ていた数人の者たちの姿だった。

 そこにいる者たちは全員、両手両足がなかった。さらに眼球がない者、鼻が取れてしまっている者などもいる……。

「ここにいるのは、業病にかかったために手足が腐り落ちたり、目がなくなったりした者たちだ。業病も重症になると、こうなるんだよ。しかし、彼らはこんな体になりながらも必死で生きている。生きたいと願っている。あんたら、よく見てくれ……これが命なんだよ。そんな彼らの命を、オレの手助けで生き永らえさせ、彼らの寿命を全うさせる。傲慢かもしれないが、それがオレの仕事……いや、使命だと思っている。あんたらにはわかってもらえないかもしれないが」

「いや、わかるよ」

 それまで黙りこくっていたカツミが、初めて言葉を発した。カツミはさらに言葉を続けようとしたが――

 突然、ヘレナが洞穴に降りてきた。

「た、大変です! 熊……怪物みたいな熊が……村に侵入してきました!」

「何だと!」

「今はチャムさんがみんなを避難させてます……そして……ガイさんが一人で、熊と戦ってます!」

 その言葉を聞き終わらぬうちに、カツミが飛び出して行く。ついで、ギンジたちも後を追った。


「な、何なんだよアレは……」

 その光景を見るなり、ヒロユキは呆然とした表情で呟いた……。

 村の真ん中にある広場……そこで、ガイがナイフ片手に奮戦している。その相手は、小型の象ほどもありそうな熊だ。体長は軽く四メートルを超えるだろう。熊は狂ったように吠え、凄まじい勢いでガイを追い回す。立ち上がった姿は、正に神話に登場する怪物か、あるいは映画の怪獣のようだった……。

 ガイは熊の攻撃をどうにか見切り、かわし続けてはいるが……しかし熊のリーチがあまりにも長く、しかも巨体に似合わぬ早い動きのため、熊にダメージを与えられない……。

 しかし熊に接近し、背中をよじ登って行く者がいた……カツミだ。カツミは素早い動きで、一瞬にして熊の背中に登り――

 背後から、喉にハンティングナイフを突き刺した。

 瞬間、凄まじい咆哮……だが、熊の動きは止まらない。今度はカツミを振り落とそうと、巨体を震わせてもがく。しかし、カツミは既に背中から飛び降りていた。そして武器を取りに、馬車めがけて走る。熊の意識はカツミに向いた。

 その隙をガイは見逃さない。熊の視界を横切って走りながら、離れ際にスローイングナイフを投げる。見事、ナイフは熊の目に突き刺さる――

 さらに銃声。ギンジの拳銃だ。立て続けに三発が放たれ、全弾が熊の頭部に命中する。

 それでも、熊は動き続ける……動物とは思えないような、恐ろしい咆哮。片目だけで、攻撃してきた者を探す。その目が、ギンジを捉えた。

 だが次の瞬間――

 カツミが日本刀を振り上げ、凄まじい気合いの声と共に斬りつける。カツミの超人的腕力から繰り出される日本刀の一撃に続き、後ろからはダカールが弓を射る。矢は背中に命中し、熊の生命力を確実に削いでいく……。

 さらに、カツミは気合いの声と共に何度も斬りつける……ただ、表情は冷静そのものであった。熊の、目に見えて遅くなった攻撃を簡単に見切り、そして日本刀で斬りつける。その一撃は熊の分厚い肉を切り裂き、骨まで貫いていく――

 やがて、熊の動きが止まった。巨体から流れ出る血液は地上を赤く染めていき……。

 そして、熊は倒れた。




「にゃはははは! 今日は熊のスープだにゃ!」

 陽気な声を上げながら、熊の巨体の解体にいそしむチャム。ガイ、カツミ、タカシらも一緒に毛皮を剥いで肉を切り取っている。大変な作業ではあるが、皆どこか楽しそうだ。また、ダカールたち村人たちは熊に壊されたテントや小屋を修理している。しかし、大した被害はなかった。ガイが村の中心に誘き寄せたおかげだろう。そして村の子供たちは、熊の解体作業を物珍しそうに見物している。

 しかし、ギンジとヒロユキは浮かない顔だった。

「やれやれ、弾丸も残り少ないな……予備の弾倉を持ってて助かったぜ。それにしても……ヒロユキ、あの熊は何だ? こんな生物、オレは知らないぞ。熊があんなに大きくなるとはな……北極熊よりデカイぜ」

「ええ……」

 ヒロユキは考えた。ゲームの中でも、あんな巨大な熊は登場しなかったはず。かつて動物園で見た熊よりも、遥かに大きい……。

 いや、待てよ。

「あれは……ガルガンチュワモンスターかもしれません」

「……そのガル何とかってのは何だ?」

「魔法で巨大化された生き物……のはずです」

 そう、ゲーム『異界転生』では、ガルガンチュワモンスターというものが存在した。魔法により巨大化された生物で、大きさは通常の倍近く、力は数倍……あの熊がガルガンチュワモンスターだというなら、大きさや強さも頷ける。

 だが、なぜそんなものがここにいる?

 もしや……。


 一方、熊の解体作業をしていたカツミは――

「何だお前ら……オレに何か用か?」

 ニコニコしながらやって来た、村の子供たち……カツミの周りを囲む。

「おじさん凄いね! どうしたら、あんなに強くなれるの?」

 一人の少年が、目を輝かせて尋ねる。その瞳からは、溢れんばかりの純粋な尊敬の念が感じられた……カツミは切り取った大きな肉の塊を、ハンティングナイフでさらに細かく刻んでいく。手を動かしながら答えた。

「たくさん食え。そして、いっぱい体を動かせ……そうすれば、強くなれる」

「ほら、お前ら……おじさんの邪魔をするな。向こうで遊んでろ」

 言いながら、やって来たのはダカールだった。ダカールは、作業をしているカツミのそばに座る。

「本当にありがとう……もしあんたらがいなかったら、この村は確実に全滅させられていた」

「礼には及ばねえよ。オレたちもここに泊めてもらう以上……当然だろう」

「しかし、あんたは強いな……オレも数々の戦場を回ったが、あんたほど強い男を見たのは初めてだよ」

 ダカールは、本当に感心した表情で言った。

「カツミさん……といったな。オレもせめて、あんたの半分くらいの強さがあればな……オレはもうすぐで五十五だ。この先は弱くなる一方だよ……悔しいが、この村を守るには、オレでは力不足だ。せめて……あの子供たちが大きくなり、戦えるようになるまで、村を守ってくれる戦士がいてくれればな……と思うよ。オレは自分の弱さが……本当に歯痒い」

 悔しそうに言いながら、ダカールは立ち上がる。

「いや、すまないな……つまらない愚痴を聞かせてしまった。いずれ、子供たちも大きくなるし、村ももっと大きくするつもりだ。そしていつか……どんな人間だろうと受け入れられる村にしていくつもりだ」

 ダカールは去って行く。カツミは作業の手を止め、しばし考え込んでいたが……。

 ややあって、再び手を動かし始める。




「にゃはははは! 熊スープは美味いにゃ!」

 チャムの声が、夜の村に響きわたる。子供たちはその声に呼応し、一緒になって笑う。村人たちも集まり、楽しそうに笑い合った。ガイはヘレナと一緒に、村人たちに鍋からスープをよそってあげている。ガイもまた、村にすっかり馴染んでいるように見えた。

 そしてタカシとカツミは、村人たちを相手にこれまでの旅の様子や武勇伝を語っている。タカシが大げさな身振り手振りでこれまでの出来事を語り、時おりカツミが突っ込む、という調子だ。ダカールもまた、タカシの話を笑いながら聞いている。

 皆、とても楽しそうだった。


 しかし……。

「ニーナ……あの熊はやはり、ガルガンチュワモンスターなんだよね?」

 ヒロユキが尋ねると、ニーナはこくりと頷く。そしてノートに書き込んだ。

(マエ ミタ マジュツシ オオキイ サル ツクッタ カネモチ ウッタ ガルガンチュワモンスター タカク ウレル イッテタ イウコト ヨクキク イッテタ)

 ヒロユキは考えた。ニーナの文から推理するに、魔術師たちはガルガンチュワモンスターを造り出し、それを金持ちに売っているらしい。しかも、ガルガンチュワモンスターは命令をよく聞く、とも書いているのだ。


 じゃあ、あの熊はなぜ、村を襲った?

 主人が飼いきれなくなり、捨てられたものが野生化したのだろうか?

 それが偶然、この辺りにいて……。

 そして偶然、この村を襲った?


 そしてギンジもまた、村人たちから離れた位置に座り、一人浮かない表情で熊のスープをすすっている。その視線の先には、村の子供たちと楽しそうに話しているカツミの姿があった。




 宴も終わり、皆は各々の住みかに帰って行った。ギンジたちもまた、ダカールにより指定された宿に集まり、寝る支度を始めた。

 その時――

「みんな……ちょっと聞いて欲しいことがある」

 その言葉を発したのは、カツミだった。カツミは思い詰めた表情で、ためらうような素振りを見せた後――

「みんな……あの……勝手なことを言ってすまない。オレは……この村に残ろうと思う」





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