表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
金と銀〜異世界に降り立った無頼伝〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/60

美族大屈辱

 木の生い茂る森の中、ガイは姿勢を低くして進む。傍らにはチャムがいる。チャムは珍しく、静かに付いて来ていた。

 そして、ガイの前方――二十メートルほど先――には、エルフの一団が馬を連れて歩いている。その数、十人。ガイたちには気づいていないようだ。

 ガイは後ろから、音もなく忍び寄る。そして――

 肉食獣のようなスピードで、一気に襲いかかった。


 エルフたちは完全に不意を突かれた。一瞬にして三人が地面に倒される。三人とも、ガイの早く重いパンチを顎や鳩尾に食らい、一撃で意識を飛ばされたのだ――

「貴様!」

 襲撃に気づいたエルフたちはいきり立つ。一斉に腰の剣を抜き、ガイを取り囲んだ。エルフたちの美しいはずの顔が、残忍な表情で歪んでいる。

 だが次の瞬間、背後からエルフに襲いかかる者がもう一人……チャムである。チャムは普段の陽気な猫娘の顔をかなぐり捨て、獣人としての闘争本能をむき出しにしていた。背後から一人のエルフの襟首を掴み、ニャントロ人ならではの腕力で、強引に地面に叩きつける――

 エルフは綺麗に一回転し、地面に叩きつけられた。何かが砕けるような音。エルフはその衝撃で倒れたまま、痙攣を始める……。

 他のエルフたちの視線が、不意の乱入者の方に向いた。しかし、ガイはその隙を逃さない。手近なエルフの顎にパンチを叩き込む。人間離れしたガイの腕力から繰り出されるパンチは、一撃でエルフの意識を刈り取った。

 その時になってやっと、エルフたちは目の前にいるのが何者であるのか理解した。自分たちの勝てるような相手ではなかったのだ。目の前の男は獣じみた身体能力の持ち主である。しかも、一瞬のうちに四人を倒してのけたのに、汗もかいていないし呼吸も乱れていないのだ……エルフたちは構えていた剣をダラリと下げ、怯えた表情で後退りするが――

 ガイとチャムは残忍な笑みを浮かべ、ゆっくりとエルフたちの方に歩いて行った。




 カツミは大木の陰に隠れ、エルフたちが近づいて来るのを待つ。今回の武器は……ただの木の棒だ。しかし頑丈そうで、手荒に扱っても問題ないようだ。

 エルフたちが近づいて来る。息を殺し、充分な距離に来るのを待つ。エルフたちはカツミに気づかず、エルフ語で何やら会話しながら歩き続ける――

 次の瞬間、カツミはエルフたちの中に突っ込んだ。棒をふりかざし、鳩尾に一撃を叩き込む。さらに棒を振り上げ、エルフたちを次々と打ち据えていく――

 不意を突かれたエルフたちも、すぐさま剣を抜いて応戦する。だが、エルフたちがどれほど数で勝っていても、またどれだけ優れた剣技を持っていようとも、カツミの人間離れした腕力から繰り出される棒と、機械のような精密な動きの前には無力であった。一瞬にして大半の者が叩きのめされ、地面にうずくまる。

 そして残ったエルフたちも、カツミの超人的な強さを目の当たりにし、戦意を喪失しかけていた。

 そこに、追い討ちをかけるようなカツミの言葉。

「命までは獲らねえ。おとなしくしろ」




 一方、ヒロユキとニーナは姿を隠していなかった。馬車の荷台に乗ったまま、エルフたちを待ち受ける。

 やがて、エルフたちの姿が見えてきた。数は五人。馬は連れていない。服装などから見て、身分の高い者ではなさそうだ。

 しかし、そんなことを考えているヒロユキの鼓動は異常に高鳴り、足は震えている。自らの意思で制御できない体の反応……だがヒロユキは、震えながらも、どうにか立ち上がった。そして馬車を降り、エルフたちを睨みつける。

 そんなヒロユキの姿を目にしたエルフたちの顔に、残忍な表情が浮かぶ。かつて、ヒロユキが嫌になるくらい見てきたものだ。面白半分に弱者をいたぶる……そんな時の表情だ。ヒロユキは初めて、エルフたちを醜いと思った。大した根拠もなく、自分たちを偉いと思い込み、そして他の種族をないがしろにする。そんな内面の醜さ、品性の下劣さが顔に現れていた。なまじ綺麗に整った顔をしているだけに、内面の醜さもまた、より強調されているように思えた。


「人間……貴様ここで何をしているのだ?」

 一人のエルフが尋ねる。顔に浮かんでいるのは、先ほどと同じ嘲りや軽蔑などといった思いだけ……少なくとも、ヒロユキに対する礼儀などというものは、欠片ほども感じられない。

「……」

 ヒロユキは黙ったまま、エルフたちを睨み続けた。相変わらず、震えは止まらない。しかし、今になって気がついたことがある。目の前にいるエルフたちから感じている恐怖は……あの時に比べればずっと楽だ。そう、夜の闇の中での、ヴァンパイアたちとの死闘に比べれば……目の前にいるエルフたちは、曲がりなりにも生きた存在だ。


 そうだよ……あの時ほどじゃない。

 あのヴァンパイアの不気味さに比べれば……こんな奴ら、全然怖くない。


「貴様! 何を笑ってるんだ!」

 突然、エルフが怒鳴りつけてくる。ヒロユキは思わず笑みを洩らしていたことに気づいた。その表情を見て、バカにされたと感じたのだろうか……エルフは剣を抜いた。憤然とした様子で、ヒロユキに近づき――

 その瞬間、木の陰から男が姿を現す。そして何かが破裂するような音……エルフは立ち止まる。困惑した表情で立ち止まり、下を向いた。

 次の瞬間、エルフの手から剣が落ちた。そして、うずくまる……エルフ語で何やらわめきながら、顔をしかめ膝を押さえている。膝から流れ出す血が、地面を赤く染めていく――

 木の陰から出て来た者……言うまでもなく、拳銃を構えたギンジだ。

 エルフたちは顔を見合わせた。白髪の奇妙な服装の男が、一人のエルフを一瞬にして戦闘不能にしてのけたのだ。しかも、手も触れていないのに……。

 さらに、けたたましい笑い声。エルフたちが振り返ると、若い男がヘラヘラ笑いながら、こちらに歩いてくる。エルフたちは何が起きたのかわからなくなった……こちらに歩いてくる男の笑顔は、さわやかなものとは言えない。むしろ真逆のものだった。文字通りの狂喜の表情。エルフたちは恐怖に捕らわれ、身動きがとれなくなった。まるで、蛇に睨まれた蛙のように……。

「さーて、エルフさんたちには、これから一仕事してもらいますよ……」

 タカシはニヤリと笑って見せた。




 エルフたちは全員、着ている物を身ぐるみ剥がされた挙げ句、地面に転がされた。全裸であるが、体を手で隠すことはできない。ご丁寧にも、ガイとカツミは全員の両手両足の関節を外したのだ。エルフたちは屈辱に顔をゆがめながらも、動くことができないのだ。出来ることと言えば、ギンジたちを睨みながら、エルフ語で呪いの言葉を吐くだけだった。

 そんなエルフたちを、冷たい目で見下ろすギンジ。しばらく黙って見ていたが、ややあって口を開いた。

「いい様だな……いいか、オレたちは逃げも隠れもしない。お前らエルフが来るなら、いつでも返り討ちにしてやる。忘れるな……お前らは負けたんだよ、人間にな」

 ギンジはそう言うと、唾を吐きかけた。

 そして振り返る。

「さあ行こうぜ。ほっときゃ獣が後始末してくれんだろ」

 そう言うと、馬車に向かい歩き出した。他の者たちも、続いて歩き出す。

 だが――

「貴様ら! 忘れるなよ……私をここで殺しておかなかったことを、必ず後悔させてやる!」

 一人の女エルフが、ギンジたちにも理解できる言葉で叫ぶ。ヒロユキはその女エルフの方を見ようとしたが、相手が裸であることを思い出し、慌てて目を逸らす。

 だが、ギンジは――

「何言ってるんだよ。お前らはオレたちよりも人数が多い。武器も持ってた。にもかかわらず負けたんだ。そもそも、戦いにすらなってない。はっきり言うぜ。お前らエルフは最弱の種族だ。タカシ、早く馬車を出してくれ。あんなバカ共の話なんか聞いてられねえ。ほっときゃ狼か熊が食ってくれるだろう」




「さて、後は奴らをダークエルフが発見して助けるだけだ……これで一件落着だよ。ま、こっちも色々いただいたからな」

 そう言いながら、ギンジはエルフたちから奪ったものの品定めを続ける。武器、携帯用の食料、水、金、そして衣服など……。

「こらチャム! 何やってんだ!」

 ガイの声。ヒロユキがそちらを見ると、チャムがエルフから奪った服を無理やり着ようとしていた。だがサイズが合わないらしく、あちこち破けている。その横でニコニコしているニーナ。どうやら、サイズが合う服があったらしい。

 だが、ヒロユキは不安だった。

「ギンジさん……本当に大丈夫なんでしょうか」

 ヒロユキが尋ねると、ギンジは品定めの手を止め、顔を上げる。

「大丈夫……とは言い切れん。だが、しばらくの間はエルフはダークエルフに頭が上がらん状態になるだろうよ。何せ、人間に襲われて叩きのめされた挙げ句、身ぐるみ剥がされたわけだからな。そこをダークエルフに助けられた……あのエルフたちはもう、侵略どころじゃないさ」

「だけど……怪しまないですかね。ぼくたちとダークエルフたちのことを……ダークエルフたちが疑われたりしないですかね?」

「まあ、疑う奴はいるだろうな。奴らが余程のバカ揃いでない限り」

「だったら――」

「まあ聞けよ。いいか、ダークエルフとオレたちとは別に話し合ったわけじゃない。証拠もないんだ。全ては、オレたちが勝手にやったことだ。しかも、ダークエルフはエルフたちの命の恩人という立場だぜ……怪しいと思っても、めったなことは口にできないよ。ダラマールだって、伊達に長老やってるわけじゃない。今回のことは、エルフとの交渉の時の切り札の一つとして使うだろうさ。それに……エルフにとって、オレたちという憎むべき敵が現れた。ダークエルフどころじゃない」

「……」

「ヒロユキ……暴力を背景にして脅すだけが悪党じゃない。時と場合によっては、こういう手段もとるんだよ」

「そうだぜヒロユキ」

 カツミも横から口を挟んできた。

「ギンジさんの言う通りだよ。今時のヤクザなんて、右手でウイスキー売りつけておいて左手で肝臓の薬買わせるような、そんな奴らばっかりだ」

「カツミ……お前、顔のわりに上手いこと言うな。だが、その通りだよ」

 ギンジは苦笑する。タカシもヘラヘラ笑いながら、こちらを見ている。和やかな空気に包まれた。

 しかし――

「ギンジさん……エルフたちは、何であんな態度なんですかね……自分たちだけが正しく、自分たちだけが優れている……何の根拠があって――」

「ヒロユキ、オレはエルフじゃないんだぜ。わかるわけないだろう」

「そうですよね……すみません」

 ヒロユキは下を向いた。確かにわかるはずがない。しかし、エルフたちの態度はひどいものだった。美しいはずのエルフが醜く見えたのだ。人間のことを完全に下等動物と見なしていた、あの目……なぜ、あんな目で人間を見るのだろう? すると、ギンジが口を開いた。

「ヒロユキ……これはあくまで、オレの推測でしかないが……お前、オックスを覚えているか?」

「オックス? あの山賊のリーダーですよね。覚えてますよ」

「あいつの顔を見て、どう思った?」

「え……」

 ヒロユキは言葉を続けることができなかった。山賊のリーダーをしていたオックスの顔は……本音を言ってしまえば、今まで見たこともない醜い顔である。粘土で人間の顔を作り、それをぐちゃぐちゃにしたような……しかし、その事を口にするのははばかられた。

 だが――

「はっきり言えよ、ヒロユキ。醜いと思っただろうが……だが、それは当然だ。まともな人間なら、オックスの顔を見れば嫌悪感を抱く。オックスは頭もキレるし、統率力もあるのにな……決して誉められた感情じゃない。だが、仕方のないことでもある」

「どういうことですか?」

「醜いものを見て、嫌悪感を抱く……これはたぶん、本能のなせる技だよ。病に侵された動物は皆、毛が抜けたり皮膚に腫れ物ができたりして、醜くなるだろうが。病気に侵された奴をそのまま群れに残しておいたらどうなる? 病気が群れの中で広がり、群れは全滅だ。だからこそ、病気に侵された奴はさっさと群れを追い出さなければならなかった……醜い奴を嫌うのは、そういった原始時代か何かの記憶が残っているんじゃないか、とオレは思う」

「……」

「そして……エルフから見れば、オレたち人間は皆、オックスみたいに醜く見えるのかもしれないぜ」

「そんな……」

「面は不細工で下品、寿命は短い。そのくせ数だけは多くて我が物顔で地上をのし歩いている……エルフにしてみれば、腹立つ種族なんだろうぜ、オレたち人間は」

「……」

 ヒロユキは何も言えなかった。ギンジの言っていることは全て、単なる個人の推測だ。だが、その推測に反論できないのも確かだ……ギンジの意見は聞いていて耳が痛い。しかし、認めざるを得ない部分はある。認めたくない考え方ではあるが……。

「まあ、全てはオレの推測だし、暴論と言われても仕方ない。暴論ついでにもう一つ。ファンタジーと呼ばれる作品だが、元々はどこの国の人間が書いていたんだ?」

「それは……」

 ヒロユキは答えようとして、はっとなった。ギンジが何を言わんとしているか理解したのだ。

「ヨーロッパの白人どもだろうが。奴らにとっちゃ、エルフは実に都合がいいキャラクターだよ。色が白くて髪が金髪、地上に一番古くからいる種族で、顔は美しい正義の味方……まさに連中の理想だよな。そんな白人至上主義の象徴みたいなエルフを、有色人種の日本人が有り難がっている……笑えない話だよ。だが……ひょっとしたら、ヨーロッパの白人作家の中にも、この世界に来たことがある奴がいたのかもしれないが――」

「ギンジさん、あなたファンタジーに詳しいですね……もしかして、子供のころはファンタジー好きだったんですか?」

 それまで黙って聞いていたタカシが、不思議そうな顔で口を挟む。

「いや、ガキの頃に有名なのを何冊か読んだだけだ。それよりも……オレたちは、そのプライド高きエルフ様たちを敵に廻しちまったわけだよ。この先、エルフはオレたちを探し出し、殺そうと狙ってくるだろう。みんな……そのことは忘れるなよ」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 『右手でウイスキー売りつけておいて左手で肝臓の薬買わせる』 上手い! さすがの手腕ですね! [一言] 白人のファンタジー論! 納得しました! 目の付け所が凄い!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ