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金と銀〜異世界に降り立った無頼伝〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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異族大遭遇

 異変を察知し、タカシが馬車を止めた。と同時にヒロユキは立ち上がる。そして何事が起きたのか、自分の目で確認しようとしたとたん――

「あれは……エルフじゃないのか……」

 ヒロユキは唖然としたまま、目の前の光景を眺めていた。


 ギンジたちは小川を挟み、奇妙な一団と睨み合っていたのだ。小川の向こうにいるのは……透き通るような白い肌と輝く金髪をなびかせた、この世のものとも思えないほど美しい顔立ちをした者たちであった。耳は長く、そして尖っている。全員、背が高くすらりとした体型で、男なのか女なのか、顔を見ただけでは判別できない。半分は馬の手綱を引いている。しかし残りの半分は……弓を構えているのだ。

「てめえら何なんだよ! ぶっ殺すぞ!」

 ガイは怒鳴りつけ、スローイングナイフを抜こうとする。さらに、横にいるチャムも低い声で唸り、今にも飛びかかっていきそうだ……しかし、カツミが壁となり、二人の前に立ちはだかった。と同時に、

「なあ、あんたら……何者かは知らないが、オレたちはただの旅人だよ。あんたらと争う気はない」

 ギンジの穏やかな声が響き渡った。顔にはにこやかな笑みを浮かべている。しかし、右手には拳銃が握られているのだ。いつでも撃てる構えである。だが、エルフたちは拳銃のことなど知るはずもない。表面的には、ギンジの態度は友好的なもののはずだった。

 しかし、エルフたちの反応は……。

「人間ごときが……我々に向かい、争う気はないだと……貴様ら! いったい何様のつもりだ!」

 エルフの一人が叫び、そして凄まじい形相でギンジを睨みつける。同時に、弓を構えているエルフたちは一斉に動いた。弓の弦を引き絞り――

「てめえら! こっちに争う気はないって言ってんだろうが! 殺すぞ!」

 ガイはなおもわめき続けるが、カツミが背中で押し止めている。そしてカツミは、巨大な樽を楯代わりにすべく構えていた。

 だが、

「やめなさい。あなたたち、弓を収めるのです。こんな人間たちを相手にしているほど、我々は暇ではありません。もっと上流に行きましょう」

 中のリーダー格らしき、ひときわ身分の高そうな衣装を身にまとった者がそう言うと、憎々しげな顔をしながらも、みな武器を収めた。そしてこちらを見もせず、小川の上流へと向かっていく。

「何なんだよ! あいつらは――」

「まあ落ち着けガイ。殺すのはいつでもできる。それよりも……チャム、あいつらは何者だ?」

 ガイをなだめながら、チャムに尋ねるギンジ。チャムの様子もおかしい。ヴァンパイアと遭遇した時のような、恐れと憎しみを露にした目をしているのだ。

「あいつらは……エルフだにゃ。エルフは……ニャントロ人もニャンゲン人も奴隷にする、ひどい奴らだにゃ。エルフだけが偉いと思ってる奴らだにゃ……」

 その時、ヒロユキら三人が馬車から降りて駆けつけて来た。

「ギンジさん、あいつらはエルフです。ただ、人間の味方のはず――」

「味方じゃないにゃ! あいつらはひどい奴らだにゃ! オーガーなんかより、ずっとひどいことをする奴らだにゃ!」

 ヒロユキを睨み、怒鳴りつけるチャム。ヒロユキは混乱した。なぜ、チャムがここまで激昂しているのか……少なくとも、ゲームの世界においてエルフは味方だったはずだ。美しい姿、気品に満ちた優雅な仕草、高い知性、そして正義を愛する心……エルフはドワーフと並び、人間の仲間だったはず。

 なのに、なぜ……。

「チャム、それにニーナ……奴らについて、もう少し詳しく教えてくれ。カツミ、すまんが武器を用意して万が一に備えてくれ。もう戻って来ないとは思うが、用心するにこしたことはないからな」

 ギンジは、チャムとガイをその場に座らせた。そしてタカシとヒロユキとニーナもまた、その場に座り込む。そしてチャムは感情的に大声で、ニーナは文字で、エルフについて知る限りのことを語り始めた。


 二人から聞いた話は……ヒロユキの抱いていた、エルフに対する幻想を粉々に打ち砕くものだった。

 基本的にエルフは、人間やその他の種族を全て、自分たちより下位の生き物と見なしている。今の連中の対応はまだマシで、エルフにさらわれ、強制的に奴隷として働かされている人間も多くいるらしい。

 エルフたちの基本的な思想、それは……全ての種族をエルフが治め、支配すべきだというものである。人間やニャントロ人、ゴブリンやコボルドといった野蛮で愚かで醜い種族は、白い肌を持つ、美しく知的で洗練されたエルフによって管理されるべきだと彼らは考えている。

 そうでないと、この世界はいつか滅びてしまうと……。


「なるほどな……オレたちの世界にも、そんな連中はいたよな。肌が白くて金髪で、しかも顔が綺麗な連中ってのは……どうも似たりよったりな思想を抱くらしいね。まったく困ったもんだよ」

 ギンジは苦笑しながら首を振る。だか、ヒロユキはうつむいていた。エルフという種族が、そんな選民思想に凝り固まっている者たちだったとは……エルフは光に属する種族であったはずだ。なぜそんなことをするのだろう。

「つまり、奴らは敵だってワケだな。面白え……今度会ったら皆殺しにしてやるよ……」

 ガイが呟く。チャムの根深い憎しみがガイにも伝染してしまったようだ。その姿を見て、ヒロユキは前にガイが吐き捨てるように言ったことを思い出す。

(オレは……この面とこの体のせいで、どこに行っても気持ち悪がられたよ)

(ヒロユキ……オレはこの面のせいで、友だちなんかできやしなかった。女も寄って来やしなかった)

 ガイの心の傷は、自分よりも遥かに深い。その心の傷痕をうずかせる存在……それが、あのエルフたちなのではないだろうか。


「まあいい、どんな連中だろうが、とりあえずは消えたことだし……まずは、水の補給だ」

 ギンジの一声で、皆は水を汲み始めた。タカシは馬に水を飲ませている。馬はタカシになつき、タカシも馬を可愛がっている。タカシは見事なまでに、馬と意思を通わせているようだ。動物の言葉はわからない、とタカシは言っていたが……彼には言葉など必要ないのかもしれない。

 水をいっぱいに詰めた樽を、カツミが担ぎ上げて馬車に乗せる。ヒロユキはふと、さっきのエルフたちはどこから来たのだろうかと思った。馬に乗って来たのだろうか。確か、エルフは森の中に住んでいたはず……あくまで、ゲームの設定ではあったが。

 となると、向こうの方に見える、木が密集して生えている場所……そこから来たのではないだろうか。そして、その森は……自分たちがこれから向かう場所でもあるのだ。自分たちは森を抜け、魔法の塔に行かねばならない。

 その点に気づいた時、ヒロユキは不安になった。エルフたちは弓の名手だったはず。その上、魔法も使えるのだ。森の中で襲撃を受けた場合、どう考えても不利である。これは確かめる必要があるだろう。ヒロユキは、小川の水を濾して皮袋に詰めているニーナに近づいた。

「ニーナ、奴らは……エルフは森の中に住んでるのかい?」

 ニーナは手を止めて、ヒロユキの顔を見上げる。そして、コクリとうなずいて見せた。

「ギンジさん……エルフは森の中に住んでいるようです。このまま行くと、森の中でエルフと出会うことになるかもしれません。用心した方がいいです」

 ヒロユキの言葉を聞いたギンジは頭を振り、苦笑した。すると、横にいたカツミが口を開く。

「やれやれ……オレたちはここに来てから、殺し合いばっかりしているな。こんな世界は二度とごめんだ。金もらっても来たくねえ。生きるも地獄、死ぬも地獄……もしどこかで、この世界を創造した神にあったなら、オレはそいつを殺すかもしれん」

 カツミの表情は、いつになく沈んだものだった。いつもの豪快な様子がない。ヒロユキはカツミのいかつい顔を見上げた。そして思う。さっきのタカシといい、今のカツミといい、どこか厭世的な雰囲気がある。いや、前から感じてはいたのだ。何か大切なものを失い、全てを諦めてしまった雰囲気が……それはギンジからも感じられる。この三人に共通しているもの、それは何なのか。今のヒロユキにはわからなかった。しかし、自分とこの三人を分ける何かを感じるのは確かだ……。

 ヒロユキは、視線をガイに移した。ガイもまた、小川の水を濾している。その作業をしながら、チャムと何やら話している。不思議とガイからは、厭世的な空気が感じられない。いや、出会った直後は同じ空気をまとっていたのかもしれないが……チャムとの出会いが、ガイを変えたのではないだろうか。

「エルフは本当にひどい奴らだにゃ! 今度見つけたら、ぶっ飛ばすにゃ!」

 そのチャムは、ガイに向かって文句を言っている。憤懣やるかたなしといった様子だ。それをガイがなだめている。ヒロユキは思わず苦笑した。こんな状況であっても、やはり二人は仲が良い。その時、チャムの足元に一匹のウサギが落ちているのが見えた。どうやら死んでいるらしく、ピクリとも動かない。ヒロユキは口を開いた。

「チャム、そこのウサギは……どうしたの?」

「な? なー! 忘れてたにゃ! こいつはチャムが捕まえたにゃ! みんな見るにゃ! チャムがこいつを捕まえたにゃ! 今夜はウサギのスープを食べるにゃ!」

 さっきまで憤懣やるかたなしといった様子だったチャム……しかし、ヒロユキのその一言で途端に機嫌が良くなった。ウサギを高々と持ち上げ、誇らしげな顔をする。

「おお! そうですか! 美味しそうですな! いや、チャムは偉い! 本当に偉いですなチャムは!」

 タカシが近づき、大げさな身ぶり手ぶりで褒め称えた。すると、チャムはますます得意げな表情になる。その顔を見て、苦笑するギンジとカツミ。そしてガイはヒロユキのそばに行き、ポンと肩をたたく。

「助かったぜ……実はチャムの奴、あのウサギを見つけて走り出したらしいんだよ。そしたら、たまたまこの川に辿り着いたみたいでさ。それにしても、チャムはよっぽどあのトンガリ耳たちが嫌いなんだな……ところでヒロユキ、あのトンガリ耳は強いのか?」

「わかりません……正直、ゲームのエルフと現実のエルフは全く違うようですから……」

 ヒロユキは言いながら、森の方角を見つめた。もし奴らが魔法を使うとしたら……かなり厄介な連中だ。タカシは先ほど、魔法は物理の法則すら覆す恐ろしい力だと言っていた。もしエルフが、魔法を使えるなら……。

 恐ろしい敵になるのは間違いない。


「水の補給も出来たし、森に向かうとするか。馬車に戻ろうぜ」

 ギンジの一声で、一行は馬車に乗り込む。そして一旦、街道に戻ると、かすかに見える森に向かい馬車を進ませた。ヒロユキは横にいるニーナの方を向いた。

「ニーナ……あのエルフたちは、魔法を使えるのかい?」

 その言葉を聞いたニーナは、しばらく考え込む仕草をしたが、ややあってノートに書き、そして広げて見せる。

(ヨク シラナイ チガウ マホウ ツカウ マエ キイタ)

 ヒロユキは書かれた文字を読み、その意味を考えた。「よくは知らないが、違う魔法を使うと前に聞いたことがある」ということだろう。違う魔法とはどういったものなのか。ヒロユキは尋ねようとして、ニーナがノートの残りを寂しそうに見ていることに気がついた。そう、残りのページがあと二、三枚しかないのだ。ヒロユキは背中のリュックを開けた。あと二冊残っている。前に買っておいたアニメグッズのノートだ。ヒロユキはノートを二冊とも取り出し、ニーナに手渡した。

 その途端、ニーナの瞳が輝く。ノートとヒロユキの顔を交互に見る。その表情は、溢れんばかりの期待と喜びに満ちていた。つられて、ヒロユキも笑みを浮かべる。

「いいんだよ、そのノートは君の物だ。君が自由に使いなよ……そんなノート、ぼくたちの世界に行けば幾らでも買ってあげるよ」

 ヒロユキはそう言いながら、ニーナの書いた情報について考えていた。チャムとニーナの言うことが本当だとしたら、エルフたちとの戦いは避けて通れないのだ。エルフがあの森の中に住んでいるのだとしたら、奴らはヒロユキたちを見逃さないだろう。奴らにとって、あの森はエルフの領土であり、そしてヒロユキたちはそこに侵入してくる異種族なのだ。しかも、さっきの友好的とは言えない態度……もし森で遭遇したら、確実に攻撃を仕掛けてくるだろう。

 しかも、今までとはまるで違う、魔法による攻撃を受けるかもしれないのだ。

 ヒロユキは言い様のない不安を感じた。





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