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金と銀〜異世界に降り立った無頼伝〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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草原大捜索

 ヴァンパイアとの激戦の疲れを癒した一行は馬車に乗り、街道をゆっくりと進んで行った。

「タカシ、何か見えないか……そろそろ水も食料もなくなりそうだ」

 ギンジがそう言うと、御者台に座っているタカシはあちこち見回した。普段なら前を見ろと言って怒るカツミも、今回は何も言わない。

 なぜなら今、目の前には街道と草原くらいしか見えないからだ。日本ではまず見られない光景である。所々に木が生えてはいるが、そのほとんどが平らな地面である。

 いや、左手の方をよく見ると……木が密集して生い茂っているのが見える。おそらくは、あの森を抜けた先に魔術師の住む塔があるのだろう……。

「いやあ、見えませんね……ちょっと背の高い草がぼうぼうで、こっからだと見づらいですね」

「そういや、ジムの奴がトランス村から来たとか言ってたな……殺す前に村の場所を聞いておけば良かったぜ」

 カツミがぼやきながら、タカシの横で髪を切る。ただし、用いているのは切れ味のあまり良くないハサミだ。城塞都市ガーレンで手に入れた物である。ここに来た当時はスキンヘッドだったが、今ではだいぶ伸びてきている。カツミは短い髪にこだわりがあるようなのだ。戦いの際、目に入ったり掴まれたりしてはいけないという配慮だろう。


「タカシ、ちょっと馬車止めてくれ」

 不意にギンジが口を開いた。

「へ? わかりました」

 タカシが馬車を止める。するとギンジは馬車を降り、辺りを見渡した。そして振り向く。

「なあ、チャム……お前、この辺りに来たことはあるか? 水が無くなりそうなんだよ」

「な? なー……こんなとこ知らないにゃ。この辺りは来たことないにゃ。水はどこかにゃ……」

 チャムもキョロキョロしながら答えた。が、次の瞬間――

「な?! なー!」

 突然、チャムは馬車を飛び降りた。そして猛烈な勢いで草原を走り始める。

 唖然となる一行。

「バカ! チャム何やってんだ! 待ちやがれ!」

 次の瞬間、ガイが叫びながら飛び降りた。そして後を追う。二人の姿は、たちまち小さくなっていき……やがて背の高い草や木に遮られ、二人は見えなくなった。

「参りましたね……彼らが戻ってくるまで、しばらく待ちましょうか」

 タカシがそう言うと、ギンジはうなずいた。そして今度はニーナを見る。

「ニーナ……お前はどうなんだ? お前はこの辺りのことは知らないのか?」

 すると、ニーナは首を横に振る。さらにノートを広げ、何やら書き始めた。

(ココ シラナイ ワカラナイ)

「そうか……水がなくなるのは痛いな。この馬車も捨てて行くことになるかもしれん。馬は水を大量に飲むからな……」

 ギンジは呟きながら、馬車を降りる。そして周囲を見渡した。

 ヒロユキもつられて周囲を見る。彼の目には草原と木、それに人や馬の足によって踏み固められた街道しか見えない。しかし、この世界に来てから視力が良くなったように感じる。今まで自分は、半径二メートルほどの小さな部屋の中で暮らしていた。その中にあるものしか見えていなかった。それが、自分にとっての世界の全てだったのだ……しかし、今はどうだろう。目の前に広がっている世界、それは果てしなく広い。そして、自然の音しか聞こえないのだ。部屋の中にいた時には、様々な人工物による音が聞こえてきたものだが……。

 いや、時おり遠くの方から、ガイの怒鳴る声もかすかに聞こえてくる。あの二人はどこまで行くつもりなのか……ヒロユキがそんなことを考えていると、ニーナに腕をつつかれた。そしてノートを広げる。

(ガイ チャム トオクイッタ ダイジョウブ?)

「大丈夫だよ、ニーナ。二人一緒なら……それに、ぼくと違って二人とも強いしね」

 言いながら、ニーナの顔を見るヒロユキ。だが、額に埋め込まれた魔法石の黒い濁りが、わずかに大きくなっているのを見て顔を歪めた。自分のせいでこうなったのだ。あの時、自分がヘマをしなければ……自分がもっと強ければ……ニーナに魔法を使わせることはなかったはずなのに。

「ニーナ……もう、ぼくなんかのために魔法を使っちゃダメだ。ぼくを助けるために、君が命を削ることはない。君は生きなきゃ……生きて、ぼくたちの世界に行くんだ。そして君は、いつまでも幸せに暮らすんだよ……」

 ヒロユキはそう言いながら、ニーナを見つめる。そして思った。自分は今まで何をしてきたのだろうか。いじめに遭い、学校生活からドロップアウトした……そして世の中をひたすら呪い、小さな世界に閉じこもって生活していた。なんとちっぽけな存在だったのだろうか……。

 だが、ニーナはドロップアウトすらできなかった。彼女は与えられた運命に従い、一部の人間に奉仕するために生かされていたのだ……。

 自分とニーナの生きてきた日々は違いすぎる。ニーナはあまりにも不幸だった……自分のこれまでの人生で遭遇してきた不幸など、ニーナの前では口にするのも恥ずかしいくらいに。だからこそ、ニーナは生きるべきなのだ。生きて幸せになるべきなのだ。自分などよりも、ずっと幸せに……でなければ、あまりに理不尽だ。


(ドウシタノ?)

 ヒロユキの目の前で、不意にノートが開かれる。ニーナの不思議そうな顔。ヒロユキは微笑んだ。

「どうもしないよ。ぼくは……もう、逃げない。誰が相手でも戦う。君に魔法は使わせない」


 その時――

「おいみんな! 小川があったぞ! こっちだ! チャムが見つけたぞ!」

 声が聞こえる。言うまでもなくガイの声だ。飛び上がりながら、こちらに手を振っているのが見える。

「おお! さすがですなチャムは! 素晴らしい! では皆さん、ひとまず小川に行くとしましょうか」

 タカシの陽気な声が、草原に響き渡る。彼はそのまま、馬車を突っ込ませようとしたが、

「バカ野郎! どんな地形かもわからねえのに馬車で入って、車輪がイカれでもしたらどうすんだよ!」

 カツミが怒鳴りつける。そして、

「とりあえず、馬車はここらに止めておこう。オレとカツミで水を汲んでくる。お前ら三人は、ここで待機だ。馬車を見張っていてくれ。もし馬車が通れるようなら、直接馬車を乗り入れよう」

 ギンジはそう言った後、馬車から降りた。カツミは馬車に積んである樽を担ぎ上げる。そして二人は、こちらに手を振っているガイたちの方に歩いていった。

「カツミさんは本当に凄いですね……あのデカい樽を軽々と。しかも、帰りは水が入って滅茶苦茶重くなってるわけですから。大丈夫ですかね」

 タカシは呟くように言うと、荷台の方に移動した。そして、ヒロユキの前に座る。

「ところでヒロユキくん……元の世界に帰る方法だけど、君には心当たりがあるのかな」

「帰る方法、ですか……」

 ヒロユキは記憶を探ってみた。ゲーム『異界転生』におけるラストは……主人公は異世界に残ることを決意して、ゲームは終わっていたはず。ラスト近くに異世界に通じる門があり、さらに魔王の祭壇とかいう場所もあった。魔王を倒した主人公は、そこの世界が気に入り、そのまま居着く決意をするのである。

 そこの場所は……確か……。


「確か、破滅の山と呼ばれる山がありました。そこを登ると頂上に神殿があり、その中に異世界への門があったはずなんですが……その辺はあんまり。そもそも、後半になると空飛んだり魔法を使って移動したりしてましたから」

「空を? 一体どうやって飛んだんだい?」

「後半になると、ロプロスという巨大な怪鳥が登場するんですが……その鳥に乗って移動するんですよ」

「カイチョー? 何だいそりゃあ?」

 タカシは大げさな表情をしながら、すっとんきょうな声を出す。横にいたニーナの顔が緩んだ。

「いや、ぼくもよくわからないんですが……とにかくでっかい鳥なんですよ」

 ヒロユキは答えたが、次の瞬間、タカシの表情が一変する。

「ヒロユキくん、私はここに来るまで、あちこち観察していたんだが……巨大な肉食獣の痕跡をたくさん見つけたよ。さらに、恐ろしく巨大な生物が飛んでいるのもね。自然の法則からは明らかに反していた……巨大すぎる鳥は、空を飛べないはずなんだよ。どうやらこの世界では、魔法と呼ばれる奇跡の力が全てを支配しているようだね」

 タカシのいつにない真面目な言葉に、ヒロユキは思わず聞き入っていた。横にいるニーナも、真剣な表情になっている。

 そして、タカシの言葉は続く。

「しかしね……この世界における魔法というのは、どうも妙なんだよ。何と言うか……上手く言えないんだが、いびつな発達の仕方をしているように思うのは私だけかな」

「どういう意味です?」

「魔法というのは便利な力だ。しかし、それを扱う人間たちの文化が中世ヨーロッパ止まり……本来なら、このような便利な力があれば、もっと文化的に、いや人間的に成熟してもいいと思うけどね」

「あ、あの……よくわからないんですが……」

「『衣食足りて礼節を知る』って言葉を知っているだろう? 人は衣食足りて、初めて他人に優しくできるってことさ。豊かな生活をしていれば、どんな人間でも他人に優しくなれる。心に余裕ができるから、さ。ねえヒロユキくん、我々が暮らしていた日本の生活は……恐らく、この世界の王公貴族と同じくらい贅沢なものだと思うんだ」

「え? そんな……」

 言いかけて、ヒロユキは気づいた。そう、ここでの生活に比べると、日本の暮らしは贅沢なものだった。蛇口をひねれば水が出る。食事も比べ物にならない。暑さ寒さも調節できる。数え挙げればキリがないだろう。

「わかったみたいだね。我々は恵まれた生活をしている。それに比べると……ここの一般市民の生活レベルは低すぎだ。魔法という力があるにも関わらず……物理の法則すら覆せる力が、上手く機能していないんだよ。なぜなのかは、私にはわからない……ただ、そのせいで文化レベルは中世ヨーロッパのままだ。だから残酷な風習がまかり通っているのだろうね」

 タカシはそう言って、ニーナを見つめる。ヒロユキは、タカシのいつにない真剣な表情を見て、改めて自分は何もわかっていなかったことに気づかされた。タカシはタカシなりに、ヘラヘラしながら様々なものを見て、そして考えていたのだ。

「ヒロユキくん、私は君に頼みたいことがある。弱者に対する、弱者の思いやりを忘れないで欲しい。強者が弱者を思いやるのは簡単なことだ。だが強者が弱者を踏み潰すのも簡単なことだ。君は恐らく、この先どんどん成長し、大きな存在になっていくのだろう。私は感じるんだよ……君はギンジさんという導き手を得て、恐ろしい存在になっていくんじゃないか、と。もしかしたら……私やガイくん、カツミさんなど及びもつかないほどの何者かに……だからこそ、今の気持ちを、弱者に対する弱者の思いやりを忘れないで欲しいんだ。私の言っているのは、青臭い理想論かもしれないが――」

「おーいタカシ! 馬車通して大丈夫だ! 馬車をよこしてくれ!」

 カツミの叫び声が聞こえてきた。タカシは立ち上がり、片手を挙げて応じる。そして、ヒロユキとニーナの方に向き直った時には、陽気な変人の顔に戻っていた。

「さて、では小川に行きますか! ヒロユキくん、ニーナちゃん、しっかり掴まっててね! 揺れるかもしれないから!」


 馬車は草原の中を慎重に進んで行く。ヒロユキは、御者台に座るタカシの後ろ姿を眺めた。タカシの、あのいつにない真剣な表情……そう言えば、タカシはガイやカツミやギンジとは明らかに違う雰囲気である。だが、根本的な部分で同じものを感じるのだ。得体の知れない何かを経て、人でありながら……。


 いや違う。

 タカシさんは……人間だ……。


 その時、ニーナに腕をつつかれた。ヒロユキが振り向くと、ニーナはノートを広げて見せる。

(タカシ ヘン? カシコイ? ドッチ?)

 ヒロユキは微笑んだ。

「どっちもタカシさんなんだよ」

 そう答える。ニーナは微笑み、うなずいた。確かに、どちらもタカシなのだ。いつもヘラヘラ笑い、妙なテンションで恐怖心と無縁の狂人のようなタカシ……だが、本物の狂人であったなら、そもそも今まで自分たちと行動できたはずがないのだ。

 そしてヒロユキは、タカシの言葉を改めて考えてみた。自分にそこまでの力があるとは思えない。少なくとも、あの四人に比べると自分は……。

 その時――

「何なんだよ! てめえらは!」

 突然、ガイの声が響き渡った。





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