告白・不動凱
ヴァンパイアたちとの激戦を終えた一行は、しばらく休もうということになった。戦いの後、皆が疲れていた。特にギンジとヒロユキの疲労の色は濃い。それを見たカツミが、
「なあ、急ぐ旅でもねえんだし、明日まで休んでもいいんじゃねえか」
と言い出したのだ。その意見に反対する者はいなかった。そして一行は地下室に降りると、死んだように眠る。さすがのガイやカツミも、今回は疲れていた。何せ、視界の利きづらい暗闇の中で不死者と戦うというのは……歴戦の強者であるはずのカツミの神経ですら、すり減らすものだったのだ。
ヒロユキが目覚めた時、松明は消えていた。だが、床板がわずかにずれていて、そこから日の光が射してくる。みんなが眠っている間はカツミとガイ、それにタカシの三人が交代で見張るという話し合いになっていた。今は誰が見張っているのだろうか。
ヒロユキは梯子を上がって行く。外の景色が見たかった。そして……日の光を浴びたかった。不死者と戦い、改めて感じたのだ。この世界において、日の光というものがどれだけ大切であるかを。日の光があれば……少なくとも、不死者を避けることはできる。この世界の闇は深い。だが、同時に光も存在する。
ヒロユキは梯子を登っていき、廃墟に出た。するとガイが一人、物思いにふけるのように遠くを見ながらしゃがんでいる。上がって来たヒロユキを見て、不思議そうな顔をした。
「どうしたヒロユキ……まだ寝ていて大丈夫だぞ」
「いや、目が覚めちゃいましたから……ガイさん、ぼくが見張りましょうか?」
「いや、いいよ。一人で大丈夫」
そう言うと、ガイは視線を移す。その表情に、ヒロユキはどこか違和感を覚えた。普段のガイは口数は少ない男だが、こんな表情はしない。妙にしんみりとしているのだ。
ヒロユキはガイの隣に行き、並んで腰かける。なぜか、ガイと話がしたくなったのだ。考えてみれば、ガイの横にはいつもチャムがいる。そして、いろんなことを話している。チャムと話している時のガイは本当に楽しそうだ。しかし、そのチャムは下でいびきをかいて、よだれをたらしながら眠っている。女らしさのかけらもないが、そんなチャムとガイは凄くお似合いだ。
そして今はチャムがいない。だからこそ、話しておきたいこともある。
「ガイさん、ちょっと聞きたいんですけど……ガイさんはチャムを連れて帰るんですか……ぼくたちの世界に?」
「もし、あいつが来たいと言うなら……連れて帰りたい」
ガイは遠くを見ながら、そう答える。その表情は暗く、沈んでいた。ヒロユキはその表情を見て、違和感がさらに大きくなっていくのを感じた。ガイはどうしてしまったのだろうか。ラーグのような巨大な怪物を前にしようとも怯まず、ヴァンパイアとの殺し合いでも凄まじい強さを見せつけたガイ。そもそも、この世界に来た時、ゴブリンたちに真っ先に向かって行ったのはガイだった。ガイの強さ、そして勇猛果敢な戦いぶりは凄まじくも頼もしい。
そんなガイが、なぜこんな表情をしているのか……ヒロユキは聞かずにはいられなかった。
「ガイさん……どうかしたんですか? なんか元気ないですよ」
「……別に。何でもねえから」
ガイの態度は、妙に素っ気ないものだった。何か思うところがあるのだろう。しかし、口に出す気はないらしい。
変に思ったヒロユキは再度聞こうとしたが、思いとどめた。そう、人には言いたくないことがある。自分にだって、言いたくないことは山ほどあるのだ。それを無理に聞き出す必要はない。それに……聞いたからといって、どうなると言うのだろう。仮にガイが悩みを抱えていたとして、自分はなんと答えればいいのか。ギンジのように人を納得させられる答えが、自分に出せるとは思えない。
だが、これだけは言える……。
「ガイさん、ずっと言おうと思ってて言えなかったんですけど……ケットシー村に行く時、おぶってくれてありがとうございました。あの時、ガイさんがおぶってくれなかったら、ぼくは……動けなかったです。ガイさんには、本当に――」
「わかった。もういい」
ガイの表情に、わずかながら変化が生じる。どうやら、少しはガイの沈んだ気分を変えられたのかもしれない。それで充分だ。ヒロユキは立ち上がる。
「じゃあ、ぼくはこの辺を歩いてみます。そろそろ水もなくなりそうですよね。近くに川でもあればいいんですが――」
「待てよヒロユキ……お前は、今でもチャムを連れて行くのは……反対か?」
ガイの表情は、また変化している。今度は真剣な……いや、思い詰めた表情なのだ。その変化にただならぬものを感じたヒロユキは、もう一度ガイの隣に腰かける。
「いえ、今は……むしろ賛成です。ぼくだって……ニーナを連れて行こうと思ってますし」
「そっか……ニーナか。なあ、チャムとニーナが向こうの世界に……いや、オレたちのいた世界に行ったらどうなるかな……」
「他の人間に見つかったら……大騒ぎになるでしょうね。まあ、ニーナは誤魔化せるかもしれませんが、チャムはあの性格ですからね……チャムはニャントロ人だにゃ! なんて言い出して、自分から墓穴掘りそうだし」
「そうだよな……あいつ、ものすげえバカだし」
ガイは苦笑する。つられてヒロユキも笑ってしまった。チャムがマスコミを前にして暴れている姿が目に浮かぶ。
「ヒロユキ……前にも言ったが、オレは十二の時に、火事で両親を亡くしたんだ……」
ガイは突然、取り憑かれたかのように喋り出した。
・・・
凄まじい炎が、辺りを埋め尽くす……業火に呑み込まれた、自分の家。視界を奪い、そして肺を容赦なく痛めつける煙。熱いというより……激痛を与える炎。
そして……意識を失い倒れ、嫌な音をたてながら目の前で焼けていった父。全身を焼かれながらも自分を守ろうとした、母の最期の言葉。
「ガイ、母さんはもうダメ……逃げて……あんたは……生きなきゃダメ……生きるのよ!」
その言葉を聞いた瞬間……ガイの頭で、心で、そして体で何かが爆発するような感触に襲われた。母の体を担ぐ。次いで、父の体も……重たいはずの二人が、異常に軽く感じられた。ガイはそのまま、子供には到底出し得ないスピードで走る。そして燃え上がるドアを突き破り、外に出た。
ざわめく消防士たち。ガイは周りを取り囲まれた。そこまでは覚えている。そして担ぎ上げた父と母の体を降ろし、消防士たちに叫んだことも覚えている。
「父さんと母さんを助けてください!」
だが、その時、ガイの目に飛び込んできたものは――
無惨に焼けただれた両親の、変わり果てた姿だったのだ……。
それを見た瞬間、ガイの意識は途切れた。
・・・
「あん時からだ……オレが強くなったのは。オレは力が強くなり、物を簡単に壊せるようになった。足も速く、そして疲れにくくなったんだ。それだけじゃねえ、体も恐ろしく頑丈になった。ケガしても、すぐに治るし……なあヒロユキ、オレは何なんだろうな……」
「え、それは……なんて言うか……超人みたいな……ガイさんは凄いと思いますよ。強いし……」
「超人、か……」
ガイはため息をついた後、苦笑する。
「オレは……その後いろいろあって、人を殺したんだよ……三人も」
「……」
ヒロユキは何も言えず、黙りこんだ。そして、ガイの次の言葉を待つ。ガイは自分に何かを打ち明けようとしている。今まで心の奥底に秘めていた何かを。本来なら、それは教師や医師のような者に打ち明けるべきものなのかもしれない。あるいは宗教家のような……しかし、ガイは今、自分を告解する相手に選んだのだ。なら、自分には聞く義務がある。
ガイはためらうような仕草を見せたが、ややあって口を開いた。
・・・
ガイはマンションの一室で、辺りを見回した。床には男たちの死体が三つ。ガイは乗り込むと同時に、三人を一瞬の内に殺してのけたのだ。拳銃や短刀で武装していたため、手加減などできなかった。
だが……。
「お前、化け物か……」
ガイを弟のように可愛がってくれていたアベ……だが、その恐怖に満ちた声は、ガイの胸に深く、そして鋭く突き刺さった……。
両親を亡くし、養護施設『人間学園』に引き取られることとなったガイ。そこでガイはアベという職員と出会う。やがて、ガイはアベの指示に従い、様々な悪事をこなしていった。両親を亡くしたガイにとって、アベだけが唯一信頼できる男だったのだ。そのアベを喜ばせるために、ガイは何でもやった。ガイにとって、金はさほど重要ではなかった。
ただ、信頼するアベの指示通りにやったのだ。
そのアベが、小さなヤクザ組織と揉めた挙げ句に拉致され、ガイは単身乗り込んで行ったのだ。そして見張っていたヤクザ三人を殺し、アベを助け出した。
しかし……。
・・・
「アベの奴、オレを化け物だってさ……でも、確かにオレは普通じゃないんだよな。どう考えても、普通の人間じゃないんだよ……やっぱり化け物なのかな、オレは――」
「違う!」
ヒロユキは思わず叫んでいた。彼の脳裏には、ある人物の言葉が甦っていたのだ。善人の皮を被った、最高に汚いクズ野郎……気のいいニャントロ人とバカなコボルドを戦争させ、その隙にニャントロ人の女や子供を奴隷として売り飛ばそうとしていた、あいつの言葉……。
(彼らは……人間のまま怪物になってしまった者たちなんだ)
「違う! ガイさんは怪物なんかじゃない……怪物だったら……ぼくを助けたりなんかしない! チャムのことを好きになったりもしないはずだ!」
「わ、わかった! わかったから落ち着け! そもそも、怪物なんて言ってないから!」
ヒロユキの凄まじい剣幕に、ガイの方が戸惑っていた。しかし、ヒロユキは止まらない。憤りを露にし、ガイに詰め寄る。
「ガイさんは怪物なんかじゃない! 誰にも怪物だなんて言わせない! ぼくはそいつを――」
「わかった! わかったから落ち着け! みんなが起きるだろうが!」
ガイは怒鳴りつける。と同時に――
「うるさいにゃ……ガイ……こんな所で何やってるにゃ……」
あくびをしながら、チャムが梯子を登って来た。そして、ガイとヒロユキの顔を交互に見る。次の瞬間、何を思ったかヒロユキの頭をはたいた。
「いだ! 何でいきなり叩くの?!」
頭を押さえ、抗議するヒロユキ。一方、
「こら! 何しやがんだチャム!」
今度はチャムを怒鳴りつけるガイ。しかし――
「なー……なんか、ガイと仲良さそうにしてたからムカついたにゃ……」
「はあ?!」
「なんか二人で、楽しい話でもしてたにゃ! チャムを仲間外れにしてにゃ!」
怒鳴り返すチャム。どうやら、二人きりで話をしていたことに対して、チャムが焼きもちを焼いてしまったらしい。リアルチートな青年、猫娘、ただの引きこもり……こんな萌え要素皆無の三角関係があるだろうか。ヒロユキは苦笑した。ガイも困った顔をしながら、チャムをなだめている。ヒロユキは二人を残し、一人で草原を歩いた。歩きながら、ガイとチャムの行く末について考える。二人は間違いなく、日本のような高度な文明社会では生きられない。どこかの無人島にでも移住するしか……。
だが、それ以前にどうしてもチャムといたいなら、ガイはここに残るべきなのではないだろうか……チャムの幸せを考えるのなら、それが一番だ。
いや、待てよ。
この世界の残酷さを、自分はたっぷり見せつけられたではないか。こんな残酷な世界にチャムを残したくない……ガイはそう考えているのではないだろうか。
そして自分も、ニーナを……。
果たして、これが何をもたらすのかはわからない。元の世界に、ニャントロ人と魔法使いの少女を連れ帰る……もしかしたら、二人をさらに不幸にするのかもしれない。
いや、そんなことはない……少なくともニーナは、この世界にいれば確実に道具として扱われ、道具として短い一生を終えるのだ。ならば、この世界から連れ出した方がいいに決まっている。
ヒロユキはそこで、ギンジの言葉を思い出した。
(ヒロユキ……もしお前が善人と呼ばれる弱者を救いたいと願うなら……いっそ、お前が悪人になれ。それも、悪人の頂点にな。そして……得た力で弱者を救ってやれ)
ギンジさん、ぼくはやるよ……。
悪人にでも何にでもなってやる。
そして……ニーナも、ガイさんも、チャムも、みんなを幸せにする。




