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金と銀〜異世界に降り立った無頼伝〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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24/60

少年大刺殺

 ヒロユキは凍りついた。ヴァンパイアの目は、ニーナのことだけを見ている。自分が逃げたら、確実にニーナが殺されてしまう……いや、殺されはしない。ヴァンパイアに変えられるだけだ。


 そうだ……。

 ヴァンパイアに変えられるだけだ。

 死ぬわけじゃない……。


 そう、死ぬわけではないのだ。ただ単に、血を吸う化け物に変えられるだけだ……日光を浴びると火傷を負うような、そんな化け物に……。

 他者の意思で、人間をやめさせられて化け物に変えられるだけ……。


「ふざけるな!」

 気が付くと、ヒロユキは叫んでいた。そして棒を握り締め、ヴァンパイアを睨む。ニーナは生まれた時から、ずっと他者の好き勝手にされ、人生を滅茶苦茶にされてきたのだ。喉を切られて声を奪われ、使いたくもない魔法を無理やり使えるようにさせられ、人権などひとかけらも与えられず、言うことを聞かなければ殴られ――

 その上、今度はヴァンパイアにされると言うのか?


「ニーナから離れろ!」

 ヒロユキは踏みとどまった。震える足を懸命に動かし、ヴァンパイアに立ち向かっていこうとする。しかし、足が動かない。完全にすくんでしまっている。そう、目の前のヴァンパイアはあまりに恐ろしい。不死者には、血の通う生き物とはまるで違う種類の怖さがある。どんなに高尚な言葉を並べようとも、それを一瞬で吹き飛ばしてしまえる恐怖……。

 逃げたら……ダメだ。

 逃げたら……ニーナが……。

 でも無理だ……。

 怖い……。

 逃げたら……ダメだ……ダメなのに……。

 ダメだ……逃げなきゃ……ダメだ……。


「ヒロユキ何やってる! 殺せ! そいつをぶっ殺すんだ! 殺すことだけ考えろ!」

 突然聞こえてきたギンジの声。だが、ヒロユキはその声を聞き、はっと我に返った。


 そうだよ……。

 逃げちゃダメだ、なんて言ってる時点で……。

 逃げることを考えてんじゃないか……。

 逃げちゃダメだ、じゃないんだ!

 殺すんだ……。

 お前を殺す……お前を絶対に殺す……。

 ニーナのために……お前を殺す!


 この間、一秒にも満たなかっただろう。だが、ヒロユキの心に巣くう恐怖を、ドス黒い殺意が塗り潰していった。自分の心に潜んでいる闇……そこから得体の知れない何かが這い出てきて、ヒロユキの心を支配していく。とてつもなく恐ろしい何かが……そして次の瞬間――

「ヒロユキ! 何でもいいから叫べ! 声を出しながらぶち当たれ! 腕で突き刺すんじゃない! 全身でぶち当たれ!」

 ギンジの声。ヒロユキはすぐさま反応した――

「ニーナから離れろおおおお!」

 わめきながら棒を構え、突っ込んでいく。

 そして棒は、ヴァンパイアの体にあっけなく突き刺さった。まるで、包丁を柔らかいトマトか何かに突き刺した時のように。

 ヴァンパイアの目は大きく見開かれた。怒り、恐怖、憎しみ、絶望……ありとあらゆる負の感情が瞳に浮かび上がり――

 直後、一塊の灰と化して崩れ落ちる。

 そしてヒロユキもまた、その場にへたりこむ。彼は呆然とした顔で、周りを見回した。皆が戦っている。すぐそばで、ギンジたち三人がヴァンパイアたちと戦っている。自分も必死で戦っているというのに、ヒロユキにアドバイスをしてくれたのだ……。

 その時、近寄って来た者がいた。ニーナだ。ニーナは涙を浮かべ、ヒロユキの肩に触れる。

「ニーナ……」

 ヒロユキは泣きそうになりながらも、涙をこらえて微笑んでみせる。そう、今は泣いている場合ではないのだ。自分の目が涙で曇った時、ヴァンパイアに襲われたら……やられるのは自分一人ではない、二人なのだ。ヴァンパイアの数は目に見えて減ってきている。しかし、まだ相当の数が残っているのだ。ヒロユキは立ち上がり、棒を構えた。


 カツミはじっくりと周りを見渡す。周囲を完全に囲まれているのだ。ヴァンパイアたちは、徐々に輪を狭めてきている。その数、二十人近く。いくらカツミと言えど、この数のヴァンパイアたちが一斉に襲いかかってきたら……無傷では済まないだろう。もし、ヴァンパイアの牙の一撃がカツミを見舞ったなら……。

 だが、カツミには怯む様子がない。無表情のまま、巨大なバトルアックスと日本刀を構えている。しかしヴァンパイアのうち一人でも間合いに入ろうとすると、ピクリと反応するのだ。その様はヴァンパイアにも引けをとらない怪物ぶりである。

 じりじりとした、お見合い状態が続くが――

 その均衡を破ったのは、一人の乱入者だった。

「カツミさん! 待たせたな!」

 声と同時に、一人のヴァンパイアが後ろから喉をかき切られて灰と化す。言うまでもなくガイだ。ガイは素早い動きで隣のヴァンパイアに襲いかかる。喉にナイフを突き刺し、えぐりこんで切り離す。たちまち灰と化していくヴァンパイア……。

「遅いぜガイ」

 カツミは無表情のまま呟くように言うと、混乱したヴァンパイアめがけ一気に突っ込んでいった。

 そして、シラミのように次々と潰していく――


 いつの間にか、立場は逆転していた。カツミとガイの常軌を逸した戦いぶりに、ヴァンパイアたちの方が怯えだしたのだ。ヴァンパイアは当然、人間よりも力は強い。その上、人間と違い疲れも痛みも感じない。さらに言うなら、恐怖心などヴァンパイアになった時点で捨て去っているはずだった。

 しかし、彼らはヴァンパイア以上の怪物だった。バトルアックスを軽々と片手で振り回し、日本刀で首をおとしていくカツミ。まるで熟練の外科医がメスを振るうかのように、淡々と、そして確実に仕留めていく……一方、ガイは肉食獣のような敏捷な動きで草原を駆け回り、こちらも確実に仕留めていく。ガイの早すぎる動きを、ヴァンパイアは全く捉えられない。

 その時、ようやくヴァンパイアたちは理解した。これはいつもの狩りと違う。彼らは自分たちの獲物ではない。むしろ、自分たちの方が獲物なのだ。その事実を悟った時、ヴァンパイアたちは――

 一斉に逃げ出した。


「待ちやがれ!」

 追いかけようとするガイを制するカツミ。彼の顔にも、ようやく表情らしきものが戻ってきた。一方、

「いやあ、ヴァンパイアでも恐れる気持ちは残っているんですね……そんなものとは無縁の存在かと思ってましたよ」

 ヘラヘラ笑いながら、灰だらけになった廃墟の周りをキョロキョロ見回すタカシ。この男にとって、ヴァンパイアすら恐怖の対象ではないらしい。横で壁にもたれかかり呼吸を整えているギンジも、さすがに呆れている。

 そしてヒロユキは……ヴァンパイアが去っていくのを見たとたん、足の力が抜けていくのを感じた。彼はそのまま、廃墟の床にしゃがみこむ。今さら、体が震えてきた。凄まじい勢いでガタガタ震え出す。彼は何とか震えを止めようとするが、体がいうことを聞かない。

 だが、そんなヒロユキの肩にそっと手が触れる。ニーナだった。ニーナの手がさらに顔に伸びる。彼女の布を巻いた手が頬に触れたとたん、ヒロユキの震えが収まり始めた。

「ニーナ……」

 ヒロユキは微笑む。やっと終わるのだ。悪夢のような夜が……あんな化け物どもを相手にするのは……しかし、そのはかない望みは打ち砕かれた。

「みんな、まだ終わってないぞ。地下にまだ一匹残ってる。いや、二匹になってるかもしれねえが」

 ギンジの声だ。ヒロユキは一瞬、何のことかわからなかった。だが――

「何言ってるんですか、ギンジさん……ジムさんとミリアさんは――」

「だったら、確かめてみようぜ。ガイとカツミ、それにチャムを連れて行け。正直、オレは疲れたよ……あとは若い奴らに任せる」

 そう言うと、ギンジは座り込んだ。

「どういうことです……そんなはずない……」

 ヒロユキは床板を外し、地下室をのぞいた。異常はないように見える。ミリアは不安そうに、こちらを見上げた。闇の中、彼女の赤く光る目が見える。ヒロユキは松明をかざして見た。ジムは眠っているらしい……。

 だが、次の瞬間にジムは跳ね起きた。

 その瞳は、赤く光っている……。

「待てよ……何でだよ……何で……」

 ヒロユキは呆然とした表情で、四つの赤い点を見下ろす。そして次の瞬間、ジムが恐ろしいスピードで梯子をよじ登り、ヒロユキに襲いかかった。一瞬のうちに地上に上がり、ヒロユキを突き飛ばす。そして押し倒すやいなや、喉めがけて牙を――

 だが、ジムは不意に目を押さえる。自身の顔が、いきなり光り始めたのだ。あまりにも強烈な光……まるで、顔に電球を埋め込まれたかのような光を放ちながら、ジムは立ち上がる。そして両手で顔を覆い、フラフラと歩き始める。

 ヒロユキは立ち上がり、そして振り向いた。

 ニーナがこちらを見ている。手をかざした体勢のまま……。

「ニーナ……今のは、君がやったんだね……魔法を使ったらダメ――」

「んなこと言ってる場合じゃないにゃ!」

 いきなりチャムに後ろから襟首を掴まれ、ニーナともども引きずられる。次の瞬間、ミリアも梯子をよじ登り、地上に上がって来たのだ。しかし、両手で顔を覆っているジムを見たとたん、表情が変わる。

「お前ら! ジムに何をした!」

 凄まじい形相で、ミリアが吠えた。同時に牙と鉤爪が伸びる。だが、

「あんた……何でジムさんをヴァンパイアに変えたんだよ……何で……」

 ヒロユキはミリアに向かい、淡々とした口調で言った。その右手には棒が握られている。

「うるさい! 人間の……人間の貴様に何がわかる! 貴様らには!」

「わからないよ、そんなこと……」

 ヒロユキが呟いた次の瞬間、何かがドサリと倒れる音……彼がそちらを向くと、ジムは首を切断された状態で倒れていた。その横には、バトルアックスを担いだカツミが冷酷な表情で立っている。

 そして、ミリアは――

 後ろからガイのナイフで喉を切られ、さらに頭を引きちぎられる……。

 二人は、ほぼ同時に灰と化した。


「ギンジさん、ミリアが裏切るってわかってたんですか……」

 全てが終わり、皆で一息ついている時にヒロユキは尋ねた。ギンジの考えがわからない。なぜ、ミリアが裏切るとわかったのか? 裏切るとわかっていたのなら、他にも対処のしようがあったのではないか?

 そんな疑問をぶつけずにはいられなかった。

「いや、確信はなかった。ただ、裏切る可能性は捨てきれないと思っていた。しかし、ヴァンパイアたちが初め、動きを見せなかったのは……ミリアの存在があったからだろう。ミリアと挟み撃ちにでもするつもりだったんじゃないか……あるいは、ヴァンパイア同士の条約みたいなものがあったのかもしれない。だが、いずれにしてもミリアは思うように動かなかった。業を煮やしたヴァンパイアたちは攻撃開始……ってワケさ。あくまで、オレの推測だがね」

「ギンジさんよう……だったら、あの二人もさっさと殺した方が早かったんじゃねえのか?」

 日本刀をチェックしながら、尋ねるカツミ。だが、ギンジは首を振る。

「あの時点で二人を殺す、なんて言ったら……お前らはどうしてた? 反対したろうが。あんな時に、感情にしこりが残るような議論はしたくない。それに……正直言うとな、オレもこんな終わり方は見たくなかった。かといって奴らと地下室に立て込もるのは危険過ぎる。万が一、一緒に戦っているはずのミリアにガイやカツミが噛まれたら……オレたちは終わりだ。結局、ジムとミリアを地下室に残し、オレたちがここでヴァンパイアと戦う……それが一番ベストな選択だったってワケだ。いや、もっといい方法はあったのかもしれんが、オレには思い付かなかったよ」

 ギンジは淡々とした口調で答えていく。だが、ヒロユキはなおも問いを止めない。いや、止められなかった。

「じゃあ、ミリアは初めから裏切るつもりだったんですか……ジムはミリアを助けるために、あんなに必死で……」

「その前に……ヒロユキ、セックスって何で気持ちいいかわかるか?」

「はあ?! 何言ってんだよギンジさん!」

 ガイがすっとんきょうな声を出す。しかし、ギンジは平然とした表情で、言葉を続けた。

「セックスってのは本来、繁殖のための行為だろうが……だから気持ちいいんだよ。繁殖ってのは、あらゆる生き物の本能に組み込まれているんだよ、気持ちいい行為としてな……腹が減るのも、死ぬのが怖いのも、みんな生き物としての本能だよ。ヴァンパイアにとって、繁殖って何だ?」

「人間の血を吸って……ヴァンパイアに変えることですか……」

 ヒロユキは答える。彼は改めて、ギンジという男の鋭さ、そして洞察力に衝撃を受けていた。ギンジはジムとミリアを見た時、こうなることを予測していたのだろう。ヴァンパイアのことなど、ほとんど知らなかったというのに……。

「そうだ。不死者であるヴァンパイアの本能にも、繁殖は組み込まれていた。動物の血じゃあ、飢えは抑えられても渇きは抑えられなかったんだろうな……ミリアもギリギリまで我慢した。だから、ここにいたヴァンパイアたちは初め、襲って来なかったんだ。ミリアも最後には本能に負けちまったが……所詮、ヴァンパイアは人間の敵なのさ。なあヒロユキ……世界には、血を吸う怪物の伝説がいたる所にあるんだ。文化も風習もまるで違う国なのに、何故か血を吸う怪物の伝説という共通点があったりするんだよ。ヒロユキ、何故だと思う?」

「わかりません……」

「つまり、オレたちのいた世界でも、昔はヴァンパイアが実在していたのかもしれない。人間の血を吸って繁殖する、人間の天敵としてな……ところが、最終的にヴァンパイアは絶滅させられた……人間の手によって」

「本当ですか……」

「わからん。全てはオレの推測だよ。だが、少なくともこの世界においては、ヴァンパイアは人間の天敵なのさ。天敵なんかを愛したジムがバカなんだよ。愚かさは……それだけで罪になることもあるんだ」





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