表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
金と銀〜異世界に降り立った無頼伝〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/60

孤児大集合

 ギンジたち一行は馬車に乗り、孤児院へと向かう。トレボーの酒場で聞いた話によると、街外れに孤児院があり、そこでは捨てられた子供たちの面倒を見てくれるのだという。

「ギンジさん、その孤児院ってどんな所なんですかね……」

「評判は悪くないみたいだぞ。新興宗教メモリー教とかいう団体がバックに付いているらしいんだが……ヒロユキ、それに関してはお前の方が詳しいんじゃないのか? ゲームに出ていただろ?」

「メモリー教? いや、知らないですね……そんなのあったかなあ……」

 ヒロユキは頭をフル回転させ、思い出そうとする。しかし、記憶になかった。そもそも、『異界転生』はそれほど人気のあったゲームではない。ヒロユキも、一度クリアしたら飽きてしまった。かといってクソゲー認定されるほどのものでもなかった。可も無し不可も無し、という感じのものだったはず。

 ただ、発売当初は少しだけ話題になった。シンデレラボーイ、狭間日出雄ハザマ ヒデオの存在である。ハザマは当時、株で大儲けし、一夜にして巨万の富を築いた青年として話題になっていた。そのハザマが制作に携わっていたのである。発売当初、ハザマはこう言っていた。ぼくは普通に暮らしたいんですが、どうもそうはいかないみたいで……と。その態度が、当時は世間の人々の反感を買っていたような記憶がある。それはともかく、ゲームの中にメモリー教なるものはなかった。まあ、登場させる必要がなかったのかもしれないが。

 そこまで考えた時、ヒロユキの頭に閃くものがあった。ハザマという男は数年前、いきなり実業界に登場した。それまでは、ニートの引きこもりだったという話だ。しかし偶然、株で大儲けしてIT企業を設立した……そして、ありあまる資金で小さなゲーム会社を買収し、『異界転生』を制作させ販売したのだ。世間的には「つまらなくはない。だが全てにおいて中途半端。やりこみ要素にも乏しい。五段階評価で言うなら二・七点くらい」という評価だったが……。


 もし、ハザマがこの世界に来ていたとしたら?


 そうだ。考えてみれば奴の資金の出所は怪しい、と一時マスコミから騒がれていたことがあった。かつて、裏の世界との繋がりがあったらしいこともスクープされ……その結果、「犯罪者ではないがグレーゾーンの男」という評価が定着してしまい、ハザマは表舞台から遠ざかることとなった。最も、その後もローカル局の番組や雑誌の取材などで、たまに顔を見ることはあったが。

 しかし、ハザマの豊富な資金源が、この世界にある何かだとしたら? いや、この世界から持ち帰った何かだとしたら?

 そうだ、裏社会と言えば……。


「ギンジさん、ハザマ ヒデオって知っていますか? 株で大儲けしたとか言って騒がれてた……テレビにも出たことあるんですが、知ってます?」

 ヒロユキの言葉を聞いたとたん、ギンジの表情がわずかながら変化した。

「ああ、知ってる……ハザマがどうしたんだ?」

「もしかして、会ったことはありますか?」

「一度だけ……なあ、ハザマがどうしたんだ?」

「実は、ハザマが創った……かどうかかは分かりませんが、制作に関係してるんです。この世界に似たゲームの制作に……」

「何だと……」

 ギンジの表情はまた変化した。怒りと困惑とが入り混じったものになっているのだ。ギンジがこんな表情をするのは初めてだ。ヒロユキは得体の知れない何かを感じ、背中がゾクリとする。

「ギ、ギンジさん……大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ……」

 そう言いながら、ギンジは周りを見渡した。そして異変に気付く。馬車が止まっているのだ。そして仲間たちの視線が、自分に集中している。御者台で馬車を操っていたタカシとカツミも、後ろを向いてギンジを見ている。そして、チャムの隣で子供たちと遊んでいたガイも、ギンジの顔を見ている。

「何だお前ら……」

 ギンジが何やら言いかけた時――

「にゃはははは! 凄いにゃ! ニーナはお絵かき上手だにゃ!」

 チャムの能天気な声が、緊迫した雰囲気をブチ壊した。

「バ、バカ野郎!」

 ガイが慌ててチャムの口をふさぎ、黙らせる。ギンジは苦笑しながら、タカシの方を向いた。

「その件に関しては、また別の機会にしようぜ……タカシ、早く孤児院まで行こう」


 メモリー教のガーレン支部が運営する孤児院『ドーン様の家』は街外れにある。ちなみにドーン様とは、メモリー教の代表者のことらしい。街の中心部に比べると、周囲は寂しい雰囲気だ。粗末な木の塀に囲まれた、木造の大きな掘っ立て小屋……といった感じの施設である。しかし中の雰囲気は悪くない。庭で遊んでいる子供たちの姿が見えるが、皆とても楽しそうだ。ここから見る限り、虐待されているような様子は見られない。

 さらに、それを見守るのは白い服を着た中年の女である。その瞳は慈愛に満ちていた。メモリー教団の関係者なのであろう、奇妙なデザインのペンダントを下げ、額にもサークレットを着けている。

 そしてギンジたち一行に気付くと、中年女はにこやかな表情を崩すことなく近寄って来た。今まで、このような雰囲気で迎えられたことはなかった。

「どうなさいました? こちらに何か御用でも?」

 中年女は笑みを浮かべて尋ねる。ギンジたちも決して人相の良い方ではない……いや、はっきり言えば悪い方だが、そんな人相の悪い男たちを前に、怯えた様子も恐れる様子もない。

「すみません、あなたはこちらの孤児院の方ですね! 実は、身寄りのない子供たちを連れて来たのです! 是非とも、こちらにお願いしたいと思いまして……どうでしょうか?」

 タカシがヘラヘラ笑いながら答える。タカシは怪物だろうと聖人君子だろうと、何者が相手でもヘラヘラ笑いを止める気はないらしい。神をも恐れぬ、とはタカシのことを最も適切に表現している言葉であろう。

「まあ! そうでしたか! わかりました。私はマーガレット。こちらの運営を任されております。どうぞいらしてください」

 タカシが神をも恐れぬ者であるなら、マーガレットと名乗った女は悪魔もなだめる愛想の良い笑みを浮かべている。そして一行を馬車ごと招き入れた。


 一行はマーガレットに案内され、大広間のような場所に通された。中は質素な造りで、木製の大きなテーブルと椅子がある。そして部屋の片隅には、大きな女神像が設置されていた。恐らく、メモリー教の神であり象徴なのだろう。

 そして――

「わかりました。子供たちは全員、こちらでお引き受けしましょう。私たちにお任せくださりませ」

 マーガレットは子供たちの受け入れを、快く承諾してくれた。若い男女――全員、白い衣装に奇妙なデザインのペンダントを着けている――が、子供たちを案内していく。皆、澄んだ瞳をしていて、にこやかな表情を浮かべている。だが、ヒロユキはどこか不自然なものを感じた。ホンチョー村の人々は皆、暗い目をしてはいたが、それでも人間らしさはあったのだ。しかし、ここにいる人々は……明るくはあるが、どこか危ういものを感じる。自らの意思を放棄しているような……。

 ヒロユキはふと、ケットシー村にいたニャントロ人たちを思い出した。彼らの生活は質素なものだったが、幸せそうだったのだ。自分たちのような旅人を、ニコニコしながら迎えてくれた。本当に素敵な人たちだった……そんなことを考えながら、ヒロユキはチャムの方を見る。チャムは相変わらず、楽しそうに笑いながら一人でキャッキャッ騒ぎ、ガイが横でたしなめている。だが、チャムを見ているガイの表情は優しさに満ちていた。そう、子供たちを見ていた時のマーガレットのように……いや、それとも違う表情だ。

 ヒロユキは女神像に視線を移す。そして、心の中で女神像に語りかけた。ぼくはあんたの信者ではない。なる気もない。ただ、あんたに本当に力があるなら……あの二人を幸せにしてあげてくれ。ガイさんとチャムを……幸せにしてあげてくれ。

 その時、ヒロユキの腕を引っ張る者がいる。ヒロユキがそちらを向くと、ニーナが見つめてくる。そして、ノートを広げて見せてきた。

(ヒロユキ ドウシタノ)

 ヒロユキは一瞬、何の事かわからず困惑する。が、ニーナの表情を見て、彼女が何を言わんとしているか理解した。彼女にはまだ、教えなくてはならないことが残っている。ビックリマークやクエッションマークの使い方を……ヒロユキは根気強く、かつ丁寧に教え始めた。

「ニーナ、ここはね、クエッションマークを付けるんだ。こんなふうに……」


 一方、ギンジとカツミとタカシはマーガレットを交え、世間話……に見せかけた情報収集をしていた。

「いやあマーガレットさん、あなたは素晴らしい! 私はあなたを尊敬します! どうぞ、これをお納めください!」

 そう言いながら、タカシは金貨の袋を渡す。ホンチョー村でもらった物だ。カツミの顔がひきつる。このバカ何勝手なことしてんだ、とでも言いたげな表情でタカシを睨んだ。しかし――

「まあ……これはこれは……では、ありがたく頂戴します。あなたに神のご加護があらんことを……」

 実にあっさりと金貨を受け取り、マーガレットは微笑みながら礼を言う。それを見て、複雑な表情になるカツミ。やはり、どこの世界でも信仰だけでは食べていけないようだ。

 だが妙なことに、ギンジはそのやり取りの横で浮かない顔をしている。さっきから、心ここにあらずといった表情なのだ。どんな時も鋭い目付きで、常にあちこちを観察していたギンジらしからぬ態度である。


「皆さん、お急ぎでなければ……今日はこちらに泊まっていってはどうです? 粗末なものですが、食事も寝る場所もありますよ」

 マーガレットが一行に提案する。気のせいか、タカシが金貨を渡してから、マーガレットの一行への態度が変わった気がする。そのタカシは相変わらずヘラヘラ笑っているが、先ほど二人のやり取りを見ていたカツミは、若干渋い表情になっていた。ヤクザとして生き、人間の裏の部分を多く見てきたカツミにしては珍しい態度だ。

「そうですね……よろしければ、そうさせていただきましょう」

 そしてこちらも相変わらず、心ここにあらずといった様子で答えるギンジ。ヒロユキは思わずギンジの顔を見つめていた。明らかに、ハザマの名前を聞いた時からおかしくなっている。ギンジとハザマ……二人の間には確実に何かがあったのだ。それも、ただ事ではない何かが……。

 だが、ヒロユキには聞けなかった。聞いてはいけない事である気がした。彼ら四人は、お互いの生い立ちや過去の話をしようとはしない。陽気で、何も考えずヘラヘラ笑っているように見えるタカシですら、過去に踏み込むような話題は避けているのだ。それは彼らなりの優しさだろう、とヒロユキは思っている。

 彼らはヒロユキのような人間には想像もつかないような生活をしてきたのだ。ガイは火事で両親を失っている。カツミはヤクザだ。タカシは貿易商であると同時に、南米のゲリラと交渉した男でもある。ギンジは何も語らないが、拳銃を所持し、コルネオを何のためらいも無く射殺したのだ。裏社会の住人であることは間違いない。それも、かなり大物の……。

 そんな彼らだからこそ、人にはそれぞれ言いたくないこともある、という点を熟知している。過去に関わることは直接聞かないし、そういった話題になることも、意図的に避けているように感じられる。それが彼らなりの、お互いに対する気遣いなのだ。


 そして食事の時間には、大広間に子供たちが全員集合した。孤児院で働いている者たちも、ほぼ全員が集合している。

 ヒロユキは子供たちの様子を注意深く観察してみたが、陰で虐待されているといった様子はなさそうだ。子供たちはとても明るい表情をしている。ヒロユキは子供たちの中に、かつての自分のような者はいないかと目だけで探してみる。すると、それらしき「匂い」を持つ子供の姿があった。それも数人。やはり、このような場所でもいじめはあるのだ。恐らくは、マーガレットたちの目を盗んで行われているのだろう。どうやら、メモリー教の女神様ですら、いじめは止められなかったらしい。ヒロユキの心はわずかながら沈んだ。顔に焼き印を押されるよりはマシかもしれない。しかし、こんな平穏な場所で、そんなものを発見したくはなかった……宗教の力でも、弱肉強食という獣の本能を止めることはできないのか……。

 その時、またしても腕を引っ張る者。

「ニーナ、どうしたの?」

 ヒロユキが横を向くと、ニーナはノートを広げ、首をかしげて見せた。

(ヒロユキ タベナイノ?)

 その文字を見た時、ヒロユキは嬉しさのあまり泣きそうになった。かろうじて涙をこらえ、笑顔を作る。そう、世の中は闇だけでできているわけではない。光もあるのだ。無論、闇を無視してはいけない。だが同時に、闇ばかりに目を向けていてもいけないのだ。その両方があって、世界は成り立っている。

 そして、今の自分には光がある。ニーナという光が……いや、ニーナだけではない。ガイも、カツミも、タカシも、チャムも、そしてギンジも……みんな、自分の光だ。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ