プロローグ
フリーのルポライター、天田士郎は、ようやく標的を見つけ出した。
前方二百メートルほどの場所にいる男。五年前に人を殺し、ついさっき医療少年院を出たばかりだ。中肉中背、一見するとおとなしそうな、ごく普通の青年ではある。とても人を殺したようには見えなかった。
男はゆったりとした足取りで、一歩一歩確かめるように歩いて行く。
士郎は駆け寄り、声をかけた。
「そこのあなた。ちょっと待ってくださいよ」
男は立ち止まり、振り返る。
士郎は近づくと、名刺を取り出し、男に渡した。
「私はルポライターの天田士郎って者です。あの……五年前の件で、お話が聞きたいんですが……あ、もちろんタダとは言いません。金は払います――」
そして士郎と男は今、喫茶店にいる。
二人のいる店は薄暗く、他に客はいない。落ち着いた雰囲気の音楽が聞こえてくるが、会話の邪魔にならない程度の音量だ。
男はコーヒーを飲み干した後、呟いた。
「刑務所出た直後は、コーヒー飲むと眠れないって聞いたが……だけど、五年ぶりに飲むと、旨いもんですね」
「私も聞いたことがあります。五年ぶりのカフェインは効くでしょうね。それより……なんだってあなた、あんなことをしでかしたんです? 金山さん……あなたは五年前、いじめられっ子のニート少年だった。そのあなたが、なんだってまた――」
「天田さん、あなたはとても失礼な人ですね」
金山の言葉そのものは怒っているように聞こえる。
しかし、顔は苦笑いを浮かべている。
「いや、どうもすみませんね。しかし、そんなこと気にしてちゃ、ルポライターなんて仕事はできませんからね。それに……あなただって誰かに話したいんじゃないですか? 何であんな真似をしでかしたかを」
「あなたは……本当におかしな人だ」
金山は頭を振る。
「私はこれまで、いろんな人間を見てきました。犯罪者にも、数多く取材しました。あなたは……粗暴犯じゃない。かと言って、狂人とも違う。なんと言うか……そもそも、あなたは犯罪者らしくない。私にはわかる、あなたは心の真っ直ぐな人間だ。何かあなたにしかわからない、しかしやむにやまれぬ理由があって、あの男を殺した。私にはそうとしか思えない……私の言っていることは、当たってますよね?」
「では逆に聞きますが、天田さん、ぼくの話を信じますか?」
金山は、士郎の目をじっと見つめた。
そして、士郎の返事を聞く前に語り始めた。
まともな人間には、キチガイの妄想としか思えない話を……。