388話 魔王城の内情
ずるずる、と『憤怒』が魔族の女によって引きずり出される。
その様子を見て、長身の魔族の男が声をかける。
「ラウール、『強欲』、『色欲』、『暴食』も回収する必要がありそうだぞ。」
ラウール、と呼ばれた魔族の女は周りに魔王がいないのを確認して、魔王の前でのかしこまった態度を変えた。
「まーじありえないんですけどぉー。私の『繭』だってノーリスクじゃないの、わかってんのかなぁ、あの糞チビ魔王。」
「魔王だって我々3人に脅されてるから協力しているだけだからな。それでも頭が異常に回るのが扱いに困る所ではあるが………今回は我々が一本取られた、というわけだ。」
「だってまさか伝説の『七罪将』が人間如きに負けるなんて思わないじゃん!しかも6人もいて4人負けそうとかありえないしー。」
「これは観察眼の差というべきか、知識の差というべきか。なんにせよ、復活したてで本調子ではない、というのがわからなかった我々の落ち度だな………。おい、七罪将共がやられそうだぞ。」
「はいはい。うわー、メンツやばいじゃーん!ベイヌール、ちょっと手伝ってよ。」
「任された。」
ベイヌール、と呼ばれた男は、もぞもぞと体を動かし、背中から3本目の腕を生やす。
その3つの腕を、展開された3つの繭の中にそれぞれ突っ込む。
程なくして、死にかけの七罪将が3柱引き出された。
「うわお、まさか七罪将が人間に負けるなんてね。びっくりだよ、本当に。」
魔王が扉を開け、心底びっくりしたような声を出した。
その両肩には、ぐったりとした七罪将『怠惰』『嫉妬』が乗っている。
それを見て、ラウールは背筋をピンと伸ばし、ベイヌールは礼をしながら魔王に返答する。
「私も驚きました。まさか神代の存在が人類如きに遅れを取るとは。
して、その二柱はどうなされました?」
「いやー、僕のもとまで飛んできたはいいけど、二人共限界だったみたいでね。これから休ませてあげようと思って僕の寝室にでも連れて行こうと思ってただけさ。」
魔王を笑みを浮かべながらちょいちょい、と自室の方向を指さす。
「部下を労れるその心意気、感服「ちょっといいですか。」ッ!?」
ラウールの言葉を遮った男は、ラウールの影からヌッと現れる。
だが、その男の異質さはその現れ方だけではない。その身に纏う魔力は、魔王のモノに酷似していた。
「魔王様。魔王城の地下には兵士の詰め所がございます。そちらでもよろしいのでは?」
言葉とともに、その魔力が増幅する。黙って行け、という意思表示に異ならなかった。
魔王は、冷や汗をかきながら回れ右をする。
「いやー、ビクターは厳しいなぁ。」
「魔王様。優しさと甘さは違います。」
(僕の手駒にしようとしたの、完全にバレてるな………。)
魔王が自由に動けないのは、このビクターという魔族が原因だった。
頭の悪く、すぐに殺せる他二人とは違い、頭が回る上に魔力量も魔王並みにある。
魔王の行動は、著しく制限されていた。
(だからこそ、早く逆転の1手を打つ必要がある。)
「あ、そうだ。今勇者君がここ目掛けて突っ込んできてるよ。このペースだとあと1時間だね。」
魔王が水晶を取り出すと、そこには魔族もモンスターもお構いなく聖剣で切り伏せる勇者の姿があった。
「「!?」」
「魔族だと聖剣で死ぬほどダメージ食らうからね。七罪将の一柱二柱、準備しておく必要があるぜい。」
魔王はそう言いながら、ふらふらと扉の向こうに消えていく。
残ったのは、傷だらけの4柱に、魔族3人。
「………二重の罠、という訳か。この勇者を我々魔族でどうにかするのは骨が折れるぞ。」
「勇者に魔王を当てれば自殺しかねません。魔王を失えば魔族の統率に支障が出ます。」
ビクターが、ポツリと呟き、それにベイヌールが補足する。
今代の勇者は、戦闘能力だけは高い。更に魔族と聖剣との相性を考えれば、七罪将に任せるのが最もいい選択肢………だった。
「そう悲観するものでもない。」
ここで声をあげたのは、先程敗北した『憤怒』。
「我が体には『傲慢』もいる。力の回復は早いはずだ。我が奴の相手をしよう。」
その体からは、既に傷が消えていた。魔力の総量も、先程までとは比べ物にならない。
その様子を見て、ビクターは目を細めた。
「是非とも、よろしくお願いします。」
「任された。勇者如き、我が力の前にひれ伏せさせて見せよう。何、一度叩きのめした相手だ。」
あどけない少年の顔が、おぞましい笑みで染まった。




