379話 『遣い』
「ぬおおおおおおぉぉぉ………。」
翌朝、Aランク用に用意された宿のベッドで俺は唸っていた。
サタンに会うためになんとかして自分の精神世界に入ろうとしているのだが、中々うまくいかない。
そもそも精神世界ってなんだ。異世界とはいえスピリチュアルであまりにも胡散臭い。
瞑想するだの水面に映る自分に話しかけるだのありそうなものを片っ端から試すが、一切効果なし。他人に見られたら恥ずかしいなぁって俺が思うくらい。
よくよく考えたら俺からあっちに行ったことないもんなぁ。
いつも気絶するなり何なりした時に行ってる気がする。
(………あっ。)
そうだ、引き釣りこんでもらえば良いのだ。
早速中身がまともそうな吸血鬼の方を魔力を流し込んで呼び出す。
『何用か。』
(俺と五感共有してるんだろ。サタンのおっさんと話がしたいんでな、俺を精神世界に引き釣りこんでくれ。)
『了解した。』
我ながら割と簡潔に言ってしまったのだが、吸血鬼はどうやら事情を察してくれたらしい。なんともできたやつである。
俺の視界は暗転した。
視界が戻る。
そんな俺の目の前にいる………いや、あるのは鎖で雁字搦めにされた棺だ。ゴトゴト、を音を立てて震えている。
「久しぶりだな。ここに来るのは半年ぶりか?」
「お前、いっつも俺の見てるもん見てんだから久しぶりもクソもないだろ。」
「ああそうだな、そういえばさっき水面に映る自分に延々と話しかける間抜けを見たばかりだった。」
「………。」
そりゃ見えるよな………俺の視界だし………。
「まあ、お前もそんな話をしにきたわけじゃないだろう。どうだ、言ってみろ。大方あの『遣い』関することだろうがな。」
「くそ、なんか腹立つな……。そうだよ、あの『遣い』って奴について教えてくれ。」
「かくいう我も詳しくは知らんのだがな。」
「おい。」
じゃあそのもったいぶった態度は何なんだ。
「ククク、我はこの体に入る前の記憶をかなり制限されてるからな。かつて我も暴れていた時期があったのだが、その頃『遣い』を名乗る者共らと戦ったな。詳細が思い出せないが。」
「どんな感じなんだ、特に『勤勉』。」
「誰が誰であったかは覚えておらぬ。『寛容』は覚えておるぞ。我の天敵であったからな、しつこく付け回されたものだ。」
「あの鉱山にあったやつか。」
「そうだ。だが、光の楔を打ってくる存在は二人しかいなかったはずだ。少なくとも『寛容』は使ってこなかった。一人はあらゆるものを防ぐ盾を持ち、あらゆる物を貫く槍を持っていた。もう一人はあらゆるものを超える肉体を持っていたな。」
「どっちでもヤバそうなんだが………。」
あらゆるものってワードが俺らとは比較にならないチート加減を生み出している。というか話し聞くだけでもほこ×○て感半端ねえな。
「それはそうだろう、我々と互角に戦えた者共だ。お前ら人間が到底敵う相手じゃない。」
「じゃあ諦めろと?このままだと人が封印されまくるぞ。」
「封印されるのは罪を犯した者のみ………寧ろ歓迎すべきではないか、とでも言いたいところだが。」
サタンは一度間を置く。
「それで納得できはせんだろうからな、精々人間どもが足掻けるよう一つ教えといてやろう。
この世界において、弱点のない者は一つも存在しない。最強は存在しても無敵は存在しないのだ。」
「いや、さっきの話聞いてる限り前者はともかく後者どうしようもないと思うんだが。後者来たら俺は逃げるぜ。逃げれる自信はねえけどな。」
「いや、あれはちょっと表現が正しくなかった。表面上はそう見える、というだけの話だ。本質的には多分別のものだろう。正体は我も知らぬし、そもそも自ら語るやつなどいるまい。」
「つまり、本質を見極めれば勝てる、と。」
「そういうことになる。それができるかどうかはお前達次第だがな。」
「………。」
「我から語れることはこのくらいだ。後は己の力で足掻くがいい。」
「………ありがとな。勝ち目は出てきた。」
「礼には及ばん。我は人間どもが負ける方に賭けるがな。」
そう言って、震え続けていた棺は収まった。
『サタン殿は眠りにつかれた。現世へと送ろう。』
「ああ、頼む。」
浮遊感と共に、俺の再び暗転する。




