333話 魔王軍と脅威
「お、帰ってきたな!早く来い!お前の魔力が今すぐ必要だ!」
ササッと荷物をまとめて深夜に帰ってきた俺達を見て、すぐにグランさんが手招きする。
「どうした?」
「魔王軍が遂にこの大陸にも現れた。フラッと現れて近くの街を一つ占領したんだ。ここはそこそこでかいから、かなりの数の怪我人が来てる。回復魔法を使えるやつは片っ端から呼んでるんだが、殆どが魔力切れで今休憩中なんだ。ただ、それでも治療が追いついていない。」
「つまりかなりの数の市民がやられたってことか。わかった、すぐ行く。報告とかは俺がしとくから、二人は寝てろ。」
「わかった。悪いね、先に休んで。」
「俺があんまし寝る必要がないのは知ってんだろ。気にせず休んどけ。」
「任せろ、休むのも得意だぞ俺は!」
二人がいなくなったのを見届けて、俺は右足を引きずるグランさんに付いていく。
「肩でも貸すか?」
「お前に肩を借りたら俺は一体どういう体勢を取れば良いんだよ。変な気は使わんで良いから先にお前がよく行く治療院に向かえ。こうしてる間にも誰かが苦しんでるぞ。」
「そ、そうか………。恨むなよ。」
「そんなことで誰がいちいち恨むか。」
全速力で治療院目掛けてダッシュ。
治療院は、人が入り切らなくて人が外で寝ている有様だった。
「おお、ロイド君か!心待ちにしていたぞ!」
「とりあえず目についた人を片っ端から治してくぜ。」
「なんでも良い!とにかく休まずその腕さえ奮ってもらえれば誰も文句は言わないさ。」
うへえ、ひどい匂いだ。何度嗅いでも血の匂いってのは慣れねえな。膿の匂いも酷いし。
「おっさん、俺が治している間に清掃だけしてくれ。こんなに不衛生じゃ病気の温床にしかならねえぞ。」
「すまない、そこまで手が回らなかったんだ。」
そう弁解だけしてちゃちゃっとモップを取り出す辺り仕事が速いな。
ばーっと纏めて治療していると、不意に俺は右手を掴まれた。
振り返ると、そこには血にまみれたおっさん………どうやら冒険者だな。因みに、血塗れとは言っても傷とかは全部完治している。ただ、体力が残っていないのかかなりフラフラだ。
「あんた………冒険者だろ………?お、俺をギルドまで連れてってくれ………伝えなくちゃならないんだ、あの、惨状を………!」
「安心しろ、こっちに報告はもう届いている。」
「あ、グランさん。」
俺を掴むその手を、グランさんが握り込む。
「大丈夫だ。無事な冒険者共がきっちり報告してくれたからな。お前はさっさと休め。」
「そうか………良かった………。」
そう言うと、男はガクン、と崩れ落ちる。まあ、眠いだろうな。血を流すってのはかなり体力を消耗するし。
「グランさん、魔王軍をギルドはどう対処するつもりなんだ?」
「ぶっちゃけて言うが、今回の魔王軍は中々に巧妙な手を使ってくる。拠点を作ってアンデッドだけでふらっと現れて制圧するなんて、今までで上から数えたほうがいいくらい厄介だ。しかも魔王が表に出ないでこれってことは、マジでやばい。
だから、今回は文字通り世界中が一つにならないといけない。そこで、ギルドは鋭意各国と交渉中。多分、人類対魔王軍になるぜ。」
………なんだろう、段々世界の行末が深刻になっていっている気がする。
(俺は………どうするべきなんだ………?)
魔王のお陰で第二の生を得られた。それには感謝してもし足りない。でも、その第二の生がその魔王の手によって滅茶苦茶にされようとしている。
今、俺には力がある。強くなったからこそ、『ただただ生きる』という選択肢しか取れなかった昔と違い、今俺には幾つもの選択肢がある。
「てな訳で、ギルドのお偉いさんはお前に結構期待してんだ。個人としての戦闘能力も異例のスピードで上がっているし、元々持ってる光属性は希少かつ強力だ。その上真祖吸血鬼まで抱えてるから、何故か弱めで独断専行の目立つ勇者サマの代わりとしてお前を担ぎ上げる話まである。
見た目が色々アレだから単に旗印として便利ってのもあるけどよ。」
「聞いてねえぞ。」
「機密事項だからな。話すなよ?」
「俺の人生で最も機密のかけらもなかった機密事項だぞ、それ。ここにいる人全員に聞こえてんじゃねえか。」
「大丈夫だ、殆どが体力切れで寝ている。」
そう、これだ。
俺の存在は、間違いなく魔王軍にとって脅威だ。それは何も俺だけじゃない。カナルも、アリエルも、フェルトも、アレクも。魔王によって転生した全員が魔王軍に対して脅威となる力を持っている。
そして、転生させた張本人は今、その知能を使って自ら手を汚すこと無くいとも簡単に世界を戦慄させることができているのだ。
(そんな男が、『面白い』、という理由だけで邪魔者を増やしたりなんかするのだろうか?)
俺には、魔王の考えがわからない。




