287話 修行その3
「まさかこんなもんを創りだすとはのう………なるほど、人間の腕をそのまま………。」
何故か『風帝』はしきりに感心していた。正直気色悪い。『風帝』といえばドブに下水を混ぜ込んだような性格をしていたはずだ。
「うむ、魔力については一旦置いて良さそうじゃの。そろそろ体術を教えるとしよう。」
そんな俺の内心を知って知らずか、『風帝』は新たな提案をした。
「いいのか、俺の体力やっべえぞ。」
「わかっとるわい。そりゃあもう何じゃこの貧弱野郎と思うくらいには弱いのう。」
「おい。」
「じゃが、それはワシも同じじゃ。ワシもどこ打たれてもポンポン死ねるわい。」
だからこそ、この体術……『風闘法』じゃ。」
「確かにお前俺の裏拳で死にかけてたな。」
「あれ、『風闘法』がなければ即死じゃったからのう。」
「なんかしたようにはみえなかったが……。」
「これからお主にその武術を教えてやる。
まずは魔手装甲で構えるのじゃ。そしてワシを殴るのじゃ。」
「お、おう。」
とりあえず魔手装甲をまとう。少しばかり魔力操作が良くなっているので、効率は上がっているはずだ。
………いや待て、直撃したら死ぬんだよな?
「安心せい、直撃は貰わん。」
「信用ならねえぞおい!?」
「組手なら怪我せんわい。」
「お、おう……、じゃ、胸を借りて行くぜ。」
遠慮無く右足を踏み込む。
それに対して、『風帝』は右手を前に出しただけ。
だが、とりあえずぶん殴ることにした。
「うらあッ…………!?」
拳を突き出すと同時に、拳が急に重くなる。
まるでうちわを勢い良く扇いだような感覚。
「ほれほれ、どうした?」
『風帝』がニタニタ笑う。
落ち着け、何をしたんだこいつ。
試しにもう一発。
――――――――グン。
なんか覚えがあるぞこの感覚………。
わかった。
(空気抵抗か!)
それに気づき、再度足を前に出す。
「何も拳だけというわけではないぞ。」
「チッ………!」
だが、足すらも重くなる。
無理に速く動かせば逆に体が動かなくなるわけか。
かといってゆっくり動けばその間に畳み掛けられるだろう。
確かに強力だ。けど。
「おいジジイ、これただの魔法じゃねえか。それに俺はこういう風の結界みたいに放出するもんは使えねえぞ。」
「そこは大丈夫じゃよ。『ウィンド・ロール』さえあれば再現可能じゃ。
あとのう、これはあくまで補助じゃ。」
「なに?」
「『ゲイル・クラーク』。あれを覚えているかの?」
「当たり前だぜ。」
「ワシの体ではもう負荷が強いが………お主なら大丈夫じゃろうな。」
「?」
「よく見ておれ。」
目の前の『風帝』が、右手を手刀の形にし、振り上げる。
それがゆっくり降りたかと思うと、急に視界から消えた。
「何があった………?」
と言った瞬間、、魔手装甲が静かに裂けた。
「お、おいどういうことだ。」
見れば『風帝』の右手は振り下ろされ、尚且つその手の皮は少し破けている。
「そんな難しいものではない。『ゲイル・クラーク』を途中で爆発させて加速するのじゃ。
これにより、緩急が着くため相手は反応がしにくく、ワシ等のような軟弱モンでも十分な加速が得られるわけじゃ。
更に言えば先ほどの魔法、あれで動きはだいぶ制限できるからのう。
うむ………ただ体に負担がかかっての。『ヘイレン』。」
『風帝』の皮膚が静かに治っていく。
「いや、なんちゅーもん教えようとしてんだジジイ。」
「ワシこんなに体張ったのに反応そんなもんなのかのう!?」
「いや、有用なのはわかんだけどなぁ………。」
「ならば、実戦じゃな。お主なら恐らく分かるじゃろう。」
瞬時にお互い距離をとる。
(『リュミエール・シーカー』)
風闘法は魔力が肝心だ。ならこの魔法を使わない手段がない。
更に、魔手装甲を纏い直す。
「いつでもくるがよいぞ。」
『風帝』が挑発する。だが、流石にこれにはかからない。
見たところ、風闘法は対モンスターを想定した受けの技術だ。
モンスターは単調に殴るものが多いが、パワーがある。空気の膜は張れば相手のパワーが高ければ高いほど一気に減速する。
つまり、ここでモンスターのように愚直に突っ込むのはよろしくない。
「んじゃ、行かせてもらうぜ。」
煙玉をとりだし、地面に叩きつける。
その瞬間、周りに丸いものがあるのがわかる。
見れば、俺の体格の小ささを想定した配置だ。
(けどまぁ、見ればかわせないこともない。)
俺が体を捻り近づくと同時に、煙が『風帝』の風で晴れる。
だが、もう遅い。
「『ブースト』!」
「うむ、煙は想定していなかったのう。じゃがまあ、ワシの方が速かったようじゃ。」
しわがれた頭上の声には、明らかに余裕が含まれていた。
同時に、ストンと何かが首に当たり、俺の意識は暗転した。




