239話 取引成立(尚合意のもととは言っていない)
門番に通してもらえた俺達は、屋敷の中に足を踏み入れた。
ここに来るのは三回目になる。
だが、真正面から入るのは初めてだ。
俺の喉がゴクリとなる。
俺達は、執事に連れられて天井にペンキの跡が残る屋敷の中を通る。
長い廊下を歩き、その最奥にある部屋に入った。
その中にいたのは、鋭利な顔をした青年。
だが、その姿は昨日と違ってボロボロだった。
体の至る所に包帯を巻き、杖を付いている。
火炎放射器の直撃を受けたのだから、まあ仕方がないとも言える。
俺もあれを食らった時はボロボロになった。
だが、青年は怒りを此方側に見せない。
怒りを押し殺し、あくまでも冷静に椅子に座っている。
「……………よく来てくれた。
まあ、座って紅茶でもしながら話そう。」
声に若干の怒気がはらんでいるが、彼はソファを勧める。
そして、紅茶が出される。
(『アンチ・ポイズン』)
念のため、紅茶に魔法をかける。
だが、毒はなかった。
彼が、真面目に交渉しようとしているのを感じて俺は申し訳なくなった。
彼がこちらに要求してきたのは、俺の知識。
その他色々要求してきたが、一番欲しいのはこれだろう。
だが、勿論売るつもりはない。ってか売ったらこの世界の戦争が変わりかねない。
そして、俺が紅茶に口をつけるのを見て、二人も紅茶に口をつけた。
ギルにはなにも言わないように言っておいた。アイツの役割は戦闘一択だ。
さて、なにか話を切り出したいんだけどなぁ。
昨日の一件があったばかりに、なまじどう切り出せばいいのかわからない。
それは向こうも同じなようで、お互いに沈黙が流れる。
これを壊したのは、やはりアリエルだった。
「この紅茶いいですね。リール国のものではありませんか?」
「いい舌をお持ちのようだ。
少し前にたまたま手に入れことができてな。」
「リール国のものは中々出回りませんからね。
あそこは気象条件が厳しいなかよくブランドを作れているなといつも感心しています。」
「そういえば、ナルスジャック家のアリエルといえば、学者としても高名だそうだな。
是非とも話を聞きたいものだ。」
「いえいえ私などとても…………。」
二人の会話を聞いてて思い出したが、そういえばもうアリエルは貴族ではない。
立場的にはあちらの方が若干有利だ。
カナルを人質にしたのはそういう意図もあったのかもしれない。
俺がそんな風に状況を観察する中、二人の雑談は止まらない。
こういう時、場に慣れてるアリエルの存在はありがたい。
しかも、二人は二人で話の切りだすタイミングを見計らってる。
ギルにいたっては寝始めた。自由すぎないか。
「そういえば、ロイド君も活躍しているようで。」
ここで、俺に話がふられる。
ニア家の当主の声からは、完全に怒気が消えていた。
雑談の中で、自分を抑えこむことが出来たのだろう。
口調も優しくなっている。
「そうでもないです。
最近は中々依頼もこなせてませんし………。」
お前らのせいでな、と内心付け加える。
皮肉を少しこめたのだが、彼は意に介した様子もなく
「いえいえ、冒険者稼業だけではなく。
色々と素晴らしい物を作っているそうで。
特に自転車。あれは我が領地でも流行りの品でして。」
「そうですか。」
最近いたるところでチャリンコ走ってるからなぁ。
お陰で馬車の業者とかからちょっと不平が出てる。
なんかおしゃれな自転車を作らせて乗る貴族とかがでてきたせいで馬車の利用率が下がったらしい。
あと貧乏貴族とかは家計が浮いてありがたいらしいが。貴族といってもピンからキリまであるんだな。
「ロイド君。他に、そのような商品のアイデアはありますか?
あれば、是非とも売って欲しいのですが。」
「「!!」」
「zzz…………。」
なかなか単刀直入に切り込まれたな。
今までの前座をぶった切る勢い。
「ありますよ。ただ、そう簡単に売る気はありません。」
「だろうと思いました。」
思いましたもなにも俺の収納袋見てるからな。そりゃ知ってるでしょうに。
「ですが、条件次第では売ります。
というよりは、物々交換ですね。」
「!?」
ここで、相手がビビる。
そうか、こっちがなにを欲してるかは正確には言ってないんだった。
そりゃビビるわ。
「私達が求めるのは、『唸る水流』の所有権です。」
「!!??」
更に、驚きに目が見開かれる。
まさか人とは思わなかったのだろう。
だが、すぐにさっきの落ち着きを取り戻す。
「………無理だ。あんな逸材を手放せるわけがない。」
いや、彼も少し落ち着きを失っていたようだ。
口調が素に戻る。
「つまり、それを超える物を出せばいいと?」
「そんなものがあるのか?
あの戦闘力を持ち、裏稼業をやれるものなどそうそういない。」
「なら、これはどうですか?」
そういって、アリエルは俺達が前から準備していた紙を出した。
書かれているのは、『唸る水流』の購入についての契約書。
サインをするだけで、取引が成立するものだ。
内容は、『唸る水流』と
1.10億メル
2.SVD(俗にいうドラグノフ狙撃銃)の設計図と手榴弾の設計図
どちらかとの交換だ。
彼が食いついたのは、勿論SVDと手榴弾の設計図だった。
それがもたらす破壊は、恐ろしい物がある。
彼は頭のなかで『唸る水流』と『SVDと手榴弾』、どちらが戦果を生むか天秤にかけたはずだ。
その瞬間を見計らって。
(フラッシュ!)
俺が閃光を放った。
集中していたニア家当主の意識が、一瞬散漫になる。
直後、アリエルの魔力が高ぶった。
『マジックサーチャー』が、アリエルの魔法が成功したのを確認する。
俺は、ホッとしてソファによしかかった。




