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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ウチにおいで

作者: 猫依颯

 コーヒーの香りが鼻孔を擽って、目を覚ました。

 腰に手を当て鼻歌など歌いながらコーヒーを淹れているのは、幽霊。

 こんなところには決して居る筈のない人。

「あ、起きたのか。おはよう」

「おはよ。……どうかしたのか?」

 別に何も? と彼は嘯く。

「来たくなったから、無理矢理オフにしてもらった。

 ――もしかして、勝手に部屋に入ったこと、怒ってるのか?」

「いいや」

 首を横に振る。

 そうか、と彼は心底ホッとしたように笑った。

 コーヒーを二つのカップに注ぎ分ける姿を寝惚け眼で見つめながら、違和感をひしひしと感じた。

 ワンルームのちゃちな部屋にはあまりにも不釣り合いな雰囲気のこの男が、どうして何かと理由を付けて、下手をすれば今日のように無理にでもオフを作ってやってくるのかが全くもって判らない。

 執着されているようだが、自分の何処にこの男を其処までさせる魅力(?)があるというのだろうか。

 判らない。この男の全てが判らず、信じられない。

「ほら、コーヒー。さっさとこれ飲んで、眼を覚ませっての」

 彼の綺麗な手が、カップを押しつける。

 ちゃんと甘くしてあるぞ、と付け足して。

「テレビ、つけるか?」

「あ、うん」

 大きな手が、ガムテープで補強されたリモコンを取り上げ、電源を入れた。

「――おっ、俺じゃん。な、やっぱり男前だよなぁ?」

「……」

 コーヒーのCM。

 目の前で、ガタつく椅子に後ろ向きに座る彼が、画面の中で缶コーヒー片手に爽やかな笑顔を浮かべている。

「どう? このCM。新作なんだけどさ」

 この笑顔だけは、画面の中のものより鮮やかだ。

「……本人よりも格好良いな」

「あ、ひでーよ、それ……」

 ガックリと肩を落とす彼に、小さく笑った。


「で?」

 コーヒーを飲み干してから、彼に訊ねた。

「今日ここに来たのは、どういう経緯だ?」

「……」

 珍しく彼が押し黙った。

「逢いたかったから、ってのは理由にならないのか?」

 信じられるか、そんなこと。

 何の取り柄もない、ただの貧乏学生に、今をときめく人気俳優様がわざわざ会いに来るか? 普通。

 だからこいつは嫌いだ。

 期待したくなるようなことを、ぽんぽん簡単に言って、言うだけ言って、帰っていく。

「――今日は頼みがあって、来たんだ」

「頼み?」

 俺に出来ることなんてないだろうが。

「俺と、住んでくれない?」

「はぁ?」

 あんた、誰に言ってんの?

「言う相手、間違ってないか?」

「他にこんなこと言う相手なんていないよ!」

 何でそういうこと言うかなぁ、と彼が愚痴る。

「じゃあ、理由を教えろ」

「理由って……毎日でも一緒にいたいから、ってのは理由にならない?」

「嘘だろ」

 嘘に決まってる。

「どうして信じてくれないかなぁ……俺は本気で言ってるってのに」

 彼がぼやくが、本気なら尚更、信じられない。

「どう考えても釣り合わないだろ。住む世界が違いすぎる」

 両親からの仕送りは学費のみ。援助自体も卒業するまでの話だ。

 体力任せに掛け持ちするアルバイトでどうにか食い繋ぐ俺と、華やかな世界に身を置く彼と。これが本気の訳がない。

 一過性、質の悪い熱病だ。いつか必ず、その熱は冷める。

「もう放っておいてくれ。惨めになるだけだ」

 確実に気持ちが傾いていると、自分で判っているから。

「――嫌だ」

「ッ」

 固い声と同時、後ろから腕の中にきつく閉じ込められる。

「俺の仕事が気になるっていうなら、辞めたっていい」

「な……!?」

 思わず振り向こうとするけれど、拘束する腕がそれを許さない。

「お前の方が俺には大切だから。多少の蓄えはあるし、真っ当な手段で稼げりゃ仕事なんてなんだっていい」

 途中で放り投げることだけは出来ないから、今抱えている仕事が終わってからになるけれど、という声は、表情を見なくても判る。それが本気なのだと。

「ねえ、それでも駄目?」

「……駄目だ」

「そ、っか……」

 耳元に溜息が落ちてくる。落胆と諦念の混じったそれに。

「仕事、辞めるのは駄目だ」

「え」

 思わず言葉を続けていた。

「お前が活躍するのを楽しみにしている人達が大勢居るんだ。簡単に辞めるなんて、本当は言っちゃいけないんだお前は」

「……ん、判ってる」

 俺の躰を、自分と向き合うように反転させて、彼はきつく抱き締めてくる。

「辛い思いもさせると思うけど、それよりもっと楽しいこと、嬉しいこと、一緒に増やそう?」

「……ん」

 頷くと、幸せそうに笑って「大好き」と唇が降りてくる。

 辛くても、苦しくても。それを選んだのは自分なのだと腹を括って、俺は逞しい背中に腕を回した。



「――え、あんたも此処に住むの!?」

「だって此処ならバレないよ、きっと」

「そりゃそうだけど……此処、安普請だから壁めっちゃ薄いよ?」

「――ウチにおいで」

ジャンルってなんだろう……いつも迷います。


10年以上前の作品をサルベージ。未完だったので読み直しつつ書き足した。

こういった未完の短編やら長編やらがたんまり存在するので、この場を借りてのんびりゆっくり完成させようかなと。


最後までお付き合いいただき有難うございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] いいですね
[一言] タイムリーに新着で発見! 最小限の説明でちゃんと現場の雰囲気とか必要な情報が伝えられていると思いました。 二人が幸せになりますように♪
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