【7】
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side:大樹
胸に、重い小石がいくつも詰まっているような、息苦しさを感じる。
家に帰ったみれば、実結がギャーギャーっとうるさくて…。
美雨の髪を返せ!とか、何で短く!とか、そこまで切る必要が!とか…。
そんな大きな声を出して、喚かないでくれ!!
おまえ以上に、切った本人が一番落ち込んでいるんだから…。
美雨ちゃんの髪。艶のある黒髪、サラリとしたストレート。
いつの頃からか、その髪を切る事無く長く伸ばし始めて…。
あんなに綺麗で長い髪を俺は仕事とは言え、ばっさりと切ってしまった。
美雨ちゃんは「イメージチェンジです」って最初は言ってたけど、話していく内に「変わりたいの。だから、まずは外見から」と意味深な事を口にする。
変わりたい?
外見も?、内面も?
「やっぱり、失恋が原因なのかな…?」
実結が小さな声で呟いた。
?!――失恋?美雨ちゃんが?
「実結、今、言った事、本当なのか?」
「は?何が?」
「失恋って美雨ちゃんが?」
「……たぶん、美雨がそう言ってたから」
でも、相手は誰なのかは知らないよ、美雨は最後まで教えてくれなかったからと、実結はしょんぼりして話してくれる。
教えてくれてもいいのにね…と――。
***
side:実結
私の横に並ぶのは先日、見事な髪を切り落としてしまった美雨。
元から、おっとりとしてる性格だけど、明るく元気な女の子。
その明るさが髪を切ってから一段と増している。
同じクラスの女の子が、「綺麗になったね」と言っているのを耳にして…。
髪の長い時はお人形のような大人しい感じだったのが、活動的で活発な女の子に見えてくる。
「すっごく、軽くなって、髪を洗うの楽だよ〜!乾かすのもタオルドライだけで済むんだもん、これなら、もっと早く切ってしまえば良かったよ〜」
こんな事をさらりと言ってくる。
「ねぇ、美雨?」
「ん?」
「美雨の好きな人って、どんな人?」
「え?」
「あ、えーっと、どこの誰とかが知りたいんじゃなくて、えーっと…」
「実結、――その人はね…」
美雨が話してくれる。
今まで、何度聞いても話してくれなかったのに…。
その人を想うだけで良いの。
長く近くに居すぎたから、わがままになってしまっていたの。
いつか、時間が経って良い想い出に変わると思うの。
その時が来たら、また実結に話せると思う。
だから今は、何も言わないで――と。
そして、最後に
「実結…、恋をすれば誰だって失恋ぐらいするわよ!」
「…そ、そうかもしれないけど…」
美雨の笑顔を見ていると、心の奥に小さな痛みを感じるのは、どうしてだろう?
***
side:美雨
少しずつだけど、確実に準備は進んでいる。
ママの再婚と、引越し。
普段使わない荷物も新居へと運び出している。
部屋の中が淋しくなっていくと同時に、私の心の中も淋しさを増していく。
高梨さんが「新しい高校は、どこにしようか?」と訊いてくる。
ここは家から一番近い高校の校風はこんな感じ、制服はこんな感じ、といろいろ助言してくれる。
一度、学校を見に行ってみるのもいいかもね?とさえ言って気を遣ってくれる。
まだまだ、先の事とは言え、もうママの再婚も引越しも決まっている事だから、
そんな話、まだ聞きたくないとは言えない。
言葉が、心の奥底から言葉が溢れそうになる。
『……!今、私、何を言おうとした?』
自問自答している自分に気付く。
その言葉は――決して言ってはいけない。
『ここに居たい、私はどこにも行きたくない』
目には見えない小さな箱にその想いを詰め、鍵を掛け、沈めてしまおう。
私は、投げ捨てた。
いくつもの想いが眠る、心の海底へ――と。