【3】
「はぁ…」
と、無意識に溜め息が…。
それを聞いていた実結が「大きな溜め息だね〜」と苦笑する。
カチカチっとシャーペンの芯を出しながら「この英文、分かんなーい」と適当な理由を言う。
確かに、最近溜め息の数が増えたかも…。
試験が近いというものあり、今日は図書室で勉強中。
いつもは、実結の部屋だったり、私の部屋でするけど
時には場所変えて、気分が変わって良いかも…という事で。
「美雨、何かあった?例えば…、好きな人と」
と実結が場所柄、小声で訊いてくる。
「…!!!」
私の溜め息を思って、心配して聞いてくれてるのは分かる。
「な、何も無いよ…。う〜〜ん、片想いだから少し辛いかも…。そ、それだけだから」
私の片想い。
相手は、ヒロ兄。だけど、私の想い人がヒロ兄である事を実結には言ってない。
言い難い――あなたのお兄さんが好きなんですとは…。
しかも、幼い頃から、ずっと一緒だっただけに尚更…。
「でも、美雨の好きな人って誰なんだろう?」
実結が少し視線を上げて宙を見て呟く。
「どうして内緒なの?教えてくれたら、協力するよ!!」
きっと、教えたら、私にとっては心強い味方になるはず。
「ありがとう」
でも、私がヒロ兄を好きだと言えば、実結は困ってしまうに違いない。
何より、ヒロ兄が困ってしまう。
それに、私はもう忘れる事に決めた。
たとえ、言ってもこれ以上何も始まらない。
「ありがとう。でもね、失恋決定なの」
新しい彼女が出来たんだもの。
すぐに別れたとしても、ヒロ兄には本命が居る。
良い機会なのかもしれない。
この初恋が、このまま淡く仄かな想い出に変えていくには――。
家に帰ると珍しく早く、ママが仕事から帰っていた。
「ただいま!早かったんだね、ママ」
「お帰り、美雨!ママだって、たまには早く帰って美雨と一緒にご飯食べたいのよ!」
久し振りにエプロン姿で台所に立つママを見る。
楽しそうに嬉しそうに、笑ってる。
「…何か良い事でもあったの?」
「ん?んーっ、実はね――」
少し頬を染めるママ。
何だろう?って思うより、ママの手元にある夕ご飯の材料が2人分以上ある事の方が気になった。
「こんなに沢山作っても、食べきれないよ」
「何、言ってんるのよ!実結ちゃんと大樹くんと、咲枝さんの分も作ってるの!」
ママの笑顔は少女のよう――“皆で、食べるの!”と微笑みながら言う。
だから、美雨も早く着替えて手伝ってと…。
でも、私の心は、この所どこかポカンと穴が開いたまま。
食事を作ると言うより、半ば作業のような…、そんな感じになっていた。
藤方家と鹿島家の食事会。
久し振りだけど、当たり前のように二家族が集まって食事をする。
独りで食べるより、ふわふわと心が弾む。
だけど、今夜の私は心から食事もお喋りも楽しめない。
「そうそう、最後にお知らせがあるの」
とママが言う。皆がママに注目する。私も“何?”という顔する。
「今日、私、プロポーズされたのよ〜!!」
「まぁ!!おめでとう!!」
「おばさん、凄〜いっ!!」
咲枝さんも実結もとても喜んでいる。
私もびっくりしたけど、すごく嬉しい!
以前からお付き合いしてる高梨さん。
ママはまだ若いんだから、そういう人と巡り合えたら私は心から祝福すると日頃から言っていた。
「と、いう事だから、美雨!次の日曜日に改めてちゃんと会ってくれるよね?彼と」
「え?う、うん!勿論。ママ、良かったね」
これまでに数回会った事があるから初めてじゃない。
この人なら!って、私も思っている。
「そういう事ですので、――宜しくお願いします」
とママは美衣さんに頭を下げる。
咲枝さんも「良いのよ、おめでとう」と言葉を掛けている。
「美雨、引越しとか、転校とか、色々手続きとかあるから心積もりだけしておいてね」
――え?…引越し…、転校…?
頭の中が真っ白になっていく。
ここを離れるの?皆と別れるの?実結とも…?――それから、ヒロ兄とも…?
この恋を、諦めようと、忘れようと、決めた途端、この展開。
きっと、神様が、どうにもならない恋をしてる私にいい加減に忘れてしまいなさいと言ってるようで…。
後押しされているんだ!
そう思うことにする。前向きに、少しでも…。
そんな風に思わないと、心がバラバラになってしまいそう。
ママはとても幸せそう。
パパとの思い出がほとんど無い私にとって、ママにはパパの事忘れないで欲しいと思う。
でも、過去ばかり見ていても、未来は始まらない。
だから、これで良い。
私の未来も始めよう。ヒロ兄の事も、いつかきっと良い思い出になる。
――日曜日。
お洒落なレストランで、3人で過ごす。
今度は、新しいお父さんと家族3人になって、新しい場所で新しい生活が始まる。
「美雨ちゃん、これからも仲良くしてね」
と、高梨さんに言われ、ちゃんと挨拶を返す。
「こちらこそ、お母さんの事、宜しくお願いします」
今は、辛くて悲しくても――そう、いつか想い出になる。
あの雨の日の、パパとの最後の日のように……。




