【31】
日曜日の朝。
今にも降り出しそうな、そんな梅雨空。
「雨が降らない内に、残りの荷物運んでしまいましょう」
ママが、そう言って私とお父さんに指示を出す。
予定の時間より早く来たお父さんのせいで、引っ越し作業が前倒しに始まってしまった。
(もう少し、ここに居たかったのに…)
そんな事を思ってみても、今更で意味が無いって事ぐらい分かる。
あっという間に、残り全ての荷物を運び出してしまった。
「これ、良かったらお昼にでも食べて」
華江おばさんが、ママに大きな風呂敷包みを渡している。
ママの隣には、私とお父さん。
ちょっぴり涙ぐむママをお父さんは慰めている。
「遠くへ行く訳じゃないし、もう二度と会えない訳じゃないから」
いつでも、会いたい時に会っていいんだよ、とお父さんはママに言葉を掛ける。
華江おばさんも、お父さんの言葉に同意し、また、いつでも来てちょうだい。私も新居に遊びに行こうかな、と。
「これからも、仲良く助け合っていきましょう」
華江おばさんの笑顔につられて、ママが笑む。
「それより、うちの子達何してるのだろう?挨拶ぐらいしに、出て来てもいいのに」
さっきまで引っ越しの手伝いをしてくれていた実結もヒロ兄も、今この場に居ない。
「二人を見てくるよ」
実結とはしばらく学校で会えるけど、もしかしたら、ヒロ兄とは最後になるかもしれない。
ううん、最後にしなくてはいけない。
鹿島家の玄関のドアを開けようとした時、実結の声が聞こえてきた。
「――ここまで来て、逃げる気!!!?」
実結の声が大きかったせいか、私が入ってきたのを誰も気が付いてない様子。
「まさか、このまま一生逃げ続ける気!!!!?」
逃げるって、何から?
「いい加減、腹を括れ!!!!」
「…りだ。やっ…り、む…だ」
ヒロ兄だ。何か言ってるけど、声が小さくて聞き取れない。
「長年の想いを、晴らさないでどうするの!!!!?」
「――それを言うなら、長年の恨み」
長年の想いって?もしかして、本命さんの事?
長年の恨みって?振られ続けてるの?ヒロ兄?
きっと、痺れをきらした実結に後押しされて、本命さんに告白しようとしてるんだ。
振られても振られても、想い続けてるヒロ兄。
本命さんって、どんな人なんだろう?
その人が羨ましい。
ヒロ兄の事、要らないなら私にくださいって、言えたら……。
そんな非現実的な事を考えても、無駄なのに。
切なさで、胸がぎゅっと苦しくて呼吸もままならない。
大きく深呼吸して愛しい人と、大切な親友の名を呼んだ。
「ヒロ兄!実結!そろそろ出発するの!下に降りて来て!!」
ほんの少し驚いた顔の実結と、かなり気まずい顔をしたヒロ兄が部屋の奥から出て来た。
「美雨…」
何か言いたそうに、私の名を口にする実結に、何事も無かったかのように、ただ貼り付けた笑顔を見せた。
決して、兄妹の会話に盗み聞きなんかしてないというのをアピールかでもするように。