【22】
「ヒロ兄、どこ?」
もう一度、ヒロ兄の名を呼べば、「ここ」と元気の無い返事がある。
さほど広くない部屋、ベッドの上には掛け布団が、筒状になっている。
しかも、延長コードでグルグルにされている。
まさかと思いながらも、布団の中を覗いてみると――。
「…ヒロ兄、そこで、何してるの?」
布団の中に、ヒロ兄は居た。予想外の事に“何してるの?”なんて訊いても意味も無い。
「――解いて、美雨ちゃん」
延長コードを痛めないように、ゆっくりと解いていく。
中から、2週間以上も会ってなかったヒロ兄が出て来た。
少しばかりやつれて、髪はボサボサで目の下にはクマも有って、今まで見た事が無かった髭まで有った。
「ヒロ兄…、先に言っておくね。実結が“禁止令”は、もう無しって」
「…そうか」
「だから、家に帰ろうね」
「………」
ベッドの上で、お互いきちんと向かい合い座る。
「美雨ちゃん、今日、学校は?」
話が有ってここまで来た私なのに、切り出したのはヒロ兄の方。
「自主休校――かな?」
「それって、嘘付いて休んだって事?」
ヒロ兄には、嘘を付いてもすぐバレる。
小さな頃から一緒に居て、ママよりも長く時間を共有してきたんだから仕方が無いのかも。
「ごめんね、でもこうでもしなきゃ、ヒロ兄に会えないと思って…」
俯いて素直に謝る。
小さな頃から「嘘はダメ」と教わってきた。ママではなく、ヒロ兄に。
叱られる覚悟もある。でも、それ以上に伝えたい気持ち。
「ヒロ兄、取り合えず、帰ろう」
そう言って、ベッド脇に有ったヒロ兄のバッグに、床に放置状態のヒロ兄の洋服を畳んで詰め込んでいく。
そんな私の様子に「美雨ちゃん、自分でするから」と言ってバッグを奪う。
迷惑だったかな?――そんな思いが胸に浮かんで、気持ちが沈むけど、ヒロ兄は「残りは、後で取りに来るから」と玄関に向かう。
――あぁ、帰ってくれるんだ…。
ほっと、安心した私はヒロ兄の背を追いかける。
ガチャっと、鍵も掛け「きちんと鍵も返すから」と約束してくれる。
帰り道、ゆっくりと歩く。
ヒロ兄は、私の歩調に合わせてくれる。
いつ以来だろう?二人だけで一緒に歩くなんて…。
あの頃は、私もまだ小学生だったかな?
一人で買い物に出かけて、思いの外、買ったものが重くてフラフラ歩いている所にヒロ兄が迎えに来てくれて、あの時も確か――。
ただ、並んで一言も話さない私とヒロ兄。
ほんの少しの気まずさから、出た言葉は――。
「ヒロ兄」
「…ん?」
「ありがとう」
「………」
出た言葉は――感謝の言葉。
あの時も、今までも、そして今も。
「ずっと、ありがとう」
「…美雨ちゃん?」
「今まで、ちゃんとお礼を言ってなかったから」
「お礼なんて…」
私は、笑顔を作る。
無理にでも笑ってみせる。
だから、ヒロ兄も笑って。