【21】
「あ、あの…」
声を掛けると、目の前座るマリエさんは瞳をキラキラさせて「な~に~?」と返してくれる。
尋ねようか、どうしようか、と言葉より目だけが先に行動に移してしまった。
そんな小さな動きにも気付いてくれたマリエさんは「あぁ」と納得してくれたようで……。
「気になるよね?さっきからドタドタ煩いし」
「………」
そうなのだ。私の視線のドアの奥では、言い争うような声と――よく分からないけど男の人が居るのは確か。
――あの部屋の中に、ヒロ兄は居る。
「まぁ、大丈夫よ。喧嘩してる訳じゃないから。落ち着いたらちゃんと出てくるから」
「はぁ、はい……」
あまりにも優雅にマリエさんがアイスティーを飲んでいるから、私一人がジタバタしてもどうすることも出来ないと思う。
しかも、私はココまで来てしまったのだから…。
知らず知らず、ぎゅーっとママのスカートの裾を握ってしまう。
しばらくして、例の部屋の中からの音と喚く声は静かになり、カチャとドアが開きマリエさんと同じ髪色の男の人が出てきた。
「ふー!やっと、大人しくなった」
そう言って、その表情はどこか達成感が滲み出ている。
「えーっと“みほ”ちゃんだよね?あれ違ったかな?――“みよ”ちゃん?」
「違うわよ!ナオト!“みう”ちゃんよ!!」
あれ?そうだっけ?と、ナオトと呼ばれた人は、マリエさんに「お、俺にもビール!」と言う。
「なにバカな事、言ってるの!コレはアイスティー!」
朝から飲むわけないでしょう!と席を立ち、ナオトさんの分のアイスティーをグラスに淹れて手渡している。
一気にアイスティーを飲み干したナオトさんは、もう一度、ふーっと息を吐いて私の正面に座った。
「アレ、逃げないようにしておいたから」
「……?」
「とにかく、持って帰ってくれよ」
「………」
アレって何?
持って帰ってくれよ。って、ヒロ兄の事?
理解不可能な事ばかり言われて……、でもあの部屋の中にはヒロ兄は居るはず。
いつの間にか出かける準備が整ったマリエさんが、ナオトさんに声を掛けた。
2人して玄関先まで行き、私の方に振り返る。
「じゃあ、後は宜しくね。みうちゃん」
「まぁ、頼むわな。大樹の事」
今ここで、ヒロ兄の名前を聞いて、本当にここに居るんだと再確認する。
私は、ゆっくりと一歩ずつその部屋に向かって足を進める。
それはまるで、ギコギコと音の鳴る燃料が残りわずかのロボットのよう。
ゴクっと喉を鳴らし、私は部屋の中へ入って行く。
散らかったままの部屋。
床には、読み掛けのファッション雑誌やヘアメイクの本に、脱ぎっ放しの洋服。
カーテンは淡い緑色。近くには同じ緑色のセミダブルのベッド。
「――ヒロ兄…」
「…美雨ちゃん」
久し振りに聞くヒロ兄の声が、私の名を呼んでくれる。
なのに、姿は見えない。