【9】
急いでキッチンに走り、冷蔵庫を開けミネラルウォーターのペットボトルを掴む 。
部屋に戻れば、まだ「う〜、う〜」と眉間に皺を寄せ、苦しんでいる ヒロ兄。
「だ、大丈夫っ!?お水、持って来たよ!!」
ペットボトルを渡す前に、先にヒロ兄を起こそうと背中に手を添える。
――!!
私の目とヒロ兄の目が合った。
「み…っ」
「はい!お水!少しでも飲んで。落ち着くから――きゃっ!!??」
差し出したはずのペットボトル。
なのに、ヒロ兄が手にしたのはペットボトルじゃなくて、私の手首。
そのまま、グイッと引っ張られヒロ兄の上にドンと乗ってしまう。
衝撃に備えて、ぎゅっと目を閉じた。
だけど、いつまで経っても痛みも何も感じない。
恐々と目をゆっくり開けると、暗闇の中に天井が見える。
しかも、ヒロ兄の肩越しに…。
……あれ?
今、私、どういう状態なの?!
予想では、私がヒロ兄の上に乗ってしまって……。
……うっ、ウソ!?
………ぎゃ、逆になってる――っ!!!!
身じろぎして、もがいて、脱出を試みても、ヒロ兄の重みで抜け出す事が出来ない。
そんな私に、さらにヒロ兄は優しく強く抱き締めてくる。
「――好き」
「えっ?」
「大好き」
「っ!!!!」
突然のヒロ兄の告白に、もう言葉が出ない。
ゆっくり目を閉じて、ヒロ兄の温もりを感じる。
自分の意識とは関係無く、両腕がヒロ兄の背中に――
回したはずが、そこには何も無く……。
「ぐおっ!!!!」
という、情けない声と――。
「三途の川、渡らせてやる――っ!!!!」
という、怒り心頭の怒鳴り声。
目を開けてみると、お腹を抱え痛みに耐え、うずくまるヒロ兄。
そして、高々と上げた足をゆっくり下ろす実結。
その表情は、地獄の閻魔も怯むほど。
「いっ、イって〜…。何、すんだよ…、実結…」
「“何、すんだよ…”じゃないわよ!!!!自分が何してるのか、分かってんのーーっ!!!!」
「何って、良い夢見てたのに。ハグして、それから――っ?!」
ヒロ兄は、夢の中の出来事を乙女の如く、うっとりした顔が一瞬にして青ざめていく。
私という存在が、この部屋に居るのが信じられないと。
暗闇の中でも、分かる。
ヒロ兄の瞳には、気まずさとしくじったという後悔の色がゆらゆらと揺れている。
「っ!!」
気付いてしまった。
居たたまれなくなって、ここから飛び出した。
どこか遠くへ!
ここでは無い、違う場所へ。
そんな事をぐるぐる考えながら、走る。
でも、行き着く先は、自分の部屋。
形振り構わず、ベッドに飛び込む。
涙も出てこない。
(私、バカだ…!!ヒロ兄は、私じゃなく、私を本命と間違えて抱き締めたんだ…!!)
夢に見るほど、その人の事が好きなんだ………。
初めから、分かっていたはず。
私は、一人の女の子として見てもらえてないって事ぐらい。
実結と同じ、妹。
もしくは、それ以下。
呼吸さえ、どうしていいのか、分からなくて。
苦しくて苦しくて、このまま呼吸困難で召されてもいいかも、と本気で思った。