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哲学は常に反逆である

作者: 鈴木美脳
掲載日:2026/05/21

哲学というものは生得的に反逆的だ。なぜならそれは、自らの頭で思考することだからである。より具体的に言うなら、行動の選択理由となる価値の判断基準について単に与えられるのではなく、論理的に妥当な推論を自ら主体的に行うことで、判断の合理性や価値の正当性が検証されることになるからである。


なぜ自ら思考することが自動的に反逆的になるかというと、社会体制において流通し与えられる情報は、より権力の上層に好都合なようにゆがんでいるため、真の事実から遠ざかっていることが通常だからだ。なおかつ厄介なことに、権力分布の格差の実態が甚だしいほど、情報は大きく歪められ、外見的な倫理的な価値観や既存秩序が、民衆全体の公益に適うかのように演出される。


つまり、邪悪な洗脳ほど正義の顔をするし、最も強く邪悪な人々ほど目立たず無臭である。したがって、人間が洗脳された奴隷的な家畜ではない存在として生きることは、実際には非常に難しいのであり、そうだからこそ、大多数者は、自分が洗脳などされておらず主体的な精神を備え、奴隷的でも家畜的でもない人生を営んでいると信じきっている。


その支配の外側に立つためには、自ら考える種類の知性が備わっていなければならず、なおかつその知性の程度が傑出していなければならない。人間は社会的な動物であるために、単に実態的な価値というより、社会的なステータスを追求する性質があり、権力による支配はそれを利用する。なおかつ、その世俗的なステータスへと人々を追い込むために、個人的で物質的な幸福へと精神を執着させる。


しかしながら、私的な安寧への執着が人一倍濃厚で、名声の獲得と権力の行使に快楽を覚える精神が、古来の人間社会において倫理的な偉人として尊ばれただろうか? もちろん違う。むしろ、社会全体の公益の追求に熱心であって、そのためならば自分や身近な人々の世俗的な幸福をリスクや損失に晒して厭わない態度が、精神の倫理的な強さとして崇められてきたのだ。


古来、西洋の預言者達にしろ、東洋の聖人達にしろ、思想を説いて尊ばれた人々は、決して服装の華美を追求するような人々ではなく、むしろそのような価値を意識的かつ能動的に棄却する点で共通していた。誰しも自らの肉を裂かれれば痛むものだが、部分としての最適性と集団社会としての最適性を理性の力で区別して意味づけ、より良い社会を実現しようと努力できる性質が人間にはあったということだ。


したがって、真の公益性を思うならば、自分を中心とした世俗的な幸福は究極的に「Nothing」だと見なすべきことになる。もしも何らかの欲があれば、必ず何らかの欺瞞のほうが事実そのものより好都合であり、事実そのものを認知することはできず、真に理性的に論理的に思考することもできない。そしてその真に倫理的に動作する精神や精神状態を仮想して、歴史的に「神」や「天」とも呼んできた。


愛は寛容ではなく、不正義への憎悪である。西洋近代を通じて寛容が愛だと見なされるようになったのは、利己心に公益性を粉飾して、部分最適性と全体最適性の原則的な矛盾構造を認知不可能へと洗脳するためであった。その操作の完了によって、人間という動物の家畜化が完成したのだ。その意味で、神は無条件な愛の主体ではない。完全に無条件に肯定してほしいとは、倫理的な価値において限りなく邪悪な主体にだけ生じうる願望だ。


権力が不正義であるとき、正義は悪魔化される。体制が腐敗するほど知性と善性は周縁部の属性となり、システムの中で捏造された知性と善性の実態は虚無にまで空洞化する。人類を家畜化するための支配に抗った歴史的戦いはファシズムと呼ばれて悪魔化され、周縁に追いやられてなお人類のために戦う人々はテロリストと呼ばれて悪魔化される。


そのような状況のもと、正義と価値の実態はどこにあるのか? 知るところにある。いかにして知ることができるのか? 思考することによってだ。つまり、哲学によってである。多くの人は、「哲学」をそこまで暗く血塗られたものとは思わず、欧米の大学教授が行う言葉遊びを連想するだろうが、その「哲学」は本物を隠すための偽物だ。哲学は、生得的に反逆的、すなわち犯罪的なのだ。

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