表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法の解像度を上げたら、世界が快適になりすぎた  作者: 茗子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

98/110

第98話 主婦の革命と、純白のシフォンケーキ

 ガレリア帝国の覇王が、国境でコーヒー牛乳の美味さに咽び泣き、土木作業員への転職を決意した頃。エデン領主館の洗濯室では、一人の若いメイドが「絶望」の淵に立たされていた。

「……はぁ。王都からいらした公爵夫人と、お嬢様の専属メイドだなんて」

 新米メイドのアンナは、山積みになった高級シルクのドレスを前に溜息をついた。王都の雨と湿気にさらされた衣類は重く、嫌なカビの匂いが染み付いている。これを手作業で、生地を傷つけずに洗うには、丸一日冷たい水に指を浸し、神経をすり減らさなければならない。

「……憂鬱ね。でも、アルリック様には美味しい賄いで恩があるし、やるしかないわ」

 アンナが覚悟を決めてタライに手を伸ばした、その時だ。

「やあ、アンナ。そんな非効率な労働ノイズはしなくていいよ」

 ふわりと美しい夏毛の神獣ブランを首に巻いたアルリックが、母セシリアを伴って現れた。

「アルリック様! しかし、奥様方のドレスを早く清潔にしなければ……」

「だから、昨日ガリンと組み上げたこれを使うんだ」

 アルリックが指差したのは、壁際に設置された巨大な白い鉄の箱だった。正面には丸いガラス扉があり、上部には多機能な魔導パネルが埋め込まれている。

「ひっ!? アルリック、なんて乱暴な……! それは王都の職人が手縫いしたシルクですのよ!?」

 母セシリアが青ざめるが、アルリックは構わずドレスを放り込み、パネルを操作した。

(解像度を上げろ。……超音波で『マイクロ・ナノバブル』を発生させ、繊維の奥の皮脂汚れを物理的に剥離。同時に銀の魔石から銀イオンを水中に溶け込ませ、雑菌の細胞壁を破壊してカビの根源を絶つ)

 ウィィィィン……ジャバッ、ジャバッ。

「な、なんだいこれは!? 水が真っ白に……いや、泡立っているのか!?」

「ナノバブルが繊維の隙間に入り込むから、生地をこすり合わせる必要がないんだ。……そして、仕上げはこれだ」

(解像度を上げろ。……熱交換器を用いたヒートポンプ乾燥。空気中の熱を回収し、60度以下の低温温風で乾燥。生地のタンパク質変性を防ぎ、空気の層を復元させてフカフカに仕上げる)

 約一時間後。ピーッ、ピーッという軽快な電子音が鳴った。

 アンナがおそるおそるガラス扉を開けると、そこから太陽の光をたっぷり浴びたような、清潔で芳醇な香りがフワリと溢れ出した。

「……っ!!」

 セシリアが、自分のドレスを手に取って絶句する。カビ臭かったドレスが、まるで新品のように純白に輝位、羽のように軽く、ふっくらと仕上がっていたのだ。

「アルリック……。わたくし、もう王都の『手作業』には戻れませんわ。この**『魔導全自動洗濯機』**なしの生活なんて、絶対に考えられませんの!」

        ***

 数十分後、サンルームにて。

 本来なら汗だくで洗濯板と格闘していたはずのアンナは、なぜか公爵夫人たちと共に、優雅なティーテーブルを囲んでいた。

「本日の試作品。**『天使のシフォンケーキ・完熟苺のコンポート添え』**だ」

 アルリックが切り分けたのは、自重で潰れてしまいそうなほど極限までフワフワに焼き上げられた、黄金色のシフォンケーキだった。

 その断面は絹のようにきめ細かく、フォークを入れると、まるで新雪を踏みしめたかのような**「シュワッ」**という繊細な音がした。

「……あむっ。――っ!?」

 アンナの瞳から、ボロボロと涙がこぼれ落ちた。

 口に入れた瞬間、ケーキが空気のようにフワッと解け、濃厚な卵の甘みと天然バニラビーンズの香りが爆発する。そこへ、苺の鮮烈な甘酸っぱさと、滑らかな生クリームのコクがトロォォォッとお口の中で絡み合い、喉の奥へと消えていった。

「お、おいひぃ……っ! 洗濯の仕事が五分で終わって、こんな……こんな神様が食べるようなお菓子をいただけるなんて……!」

「うふふ、本当に幸せですわね、アンナ。……そういえば、さっき窓の外で、ものすごく威厳のあるおじい様が、涙を流しながらアスファルトを敷いていたけれど、あの方もエデンの恩恵に救われたのかしら?」

 セシリアの言葉に、アルリックは窓の外を一瞥した。そこには、元皇帝ヴァレリウスが「この道は水が吸い込まれる……! 革命だ……!」と呟きながら、必死にスコップを振るう姿があった。

「……さあね。ただの熱心な新人作業員だよ」

 フカフカになった純白のシーツの香りと、甘いケーキの匂いに包まれながら。エデンの領主館には、今日も「不快なノイズ」の入り込む余地は一ミリも存在しなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ