表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法の解像度を上げたら、世界が快適になりすぎた  作者: 茗子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/110

第9話 王家からの招待状

 王家の紋章――獅子と百合が描かれた封蝋シーリングワックスを見て、エドワード公爵の手が微かに震えていた。

 場所は公爵家の執務室。

 重厚なマホガニーの机を挟んで、五歳のアルリックは父と対峙していた。

「……アルリック。陛下からの親書だ」

 父の声は重い。

 王からの手紙。それは貴族にとって最高の名誉であり、同時に、一歩間違えれば破滅を意味する「絶対命令書」でもある。

「内容は?」

 アルリックは興味なさそうに尋ねた。彼の手には、ガストンが焼いた新作のスコーン(外はサクッ、中はしっとりの自信作)が握られている。

「……『貴殿の領地にて、精霊の愛し子と思わしき奇跡が起きているとの噂を聞いた。特に、光を放つ衣と、老いを忘れさせる聖水(石鹸のことらしい)について、興味がある。次回の建国記念の祝賀会に、その製作者を同伴して参内せよ』……とのことだ」

 父が手紙を読み上げると、部屋の空気が凍りついた。

 母のエレナと姉のセシリアは、顔を見合わせて青ざめている。

「製作者って……僕のことだよね?」

「他に誰がいる。……お前の姉上が夜会で『弟が作ってくれたの!』と自慢して回ったせいで、尾ひれがついて広まっているようだ」

 エドワード公爵は溜息をついた。

 噂では、アルリックは「精霊王の生まれ変わり」か「古代の錬金術師の再来」ということになっているらしい。

「……断れないの?」

 アルリックはスコーンをかじりながら言った。

「王都なんて行きたくないよ。馬車は揺れるし、お尻が痛くなるし。それに、王城なんてどうせ石造りで寒いし、食事だって形式ばってて冷めてるに決まってる」

 彼の言い分は、あまりにも子供らしく、かつ核心を突いていた。

 アルリックにとって、公爵邸こそが現在世界で最もQOLが高い場所だ。

 わざわざ解像度の低い場所へ出向き、堅苦しい挨拶をするなど、苦行でしかない。

「断れば、我が家は王家への反逆とみなされる」

 父は厳しく言ったが、すぐにその表情を崩し、困り果てた父親の顔になった。

「……だが、私もお前を政治の道具にはしたくない。まだ五歳だ。本来なら、領地でのびのびと育てるつもりだったのだが……」

 公爵家の平穏は、皮肉にも息子自身の才能によって壊されようとしていた。

 アルリックは考え込んだ。

 このまま引きこもっていたい。だが、家族に迷惑がかかるのは本意ではない。父も母も姉も、彼にとっては「快適な生活」を支えてくれる大事なスポンサーだ。

(……仕方ない。行って、適当に挨拶して、すぐに帰ってくればいいか)

 そう妥協しようとした時、ふと父が言った。

「そういえば、王都には東方からの貿易船が来ているらしいな」

「え?」

 アルリックの動きが止まる。

 東方。その言葉が、彼の中にある前世の記憶を刺激した。

「東方……って、まさか」

「ああ。絹や香辛料、それに見たこともない穀物や、黒い豆のようなものを積んでいると聞いたが……」

 穀物。黒い豆。

 そのキーワードが、アルリックの脳内で弾けた。

(穀物……『米』か!? それに黒い豆……もしや『醤油』の原料の大豆か、あるいは『コーヒー豆』か!?)

 アルリックの瞳孔が開いた。

 公爵領の食事は、パンとスープと肉料理で完結している。

 だが、もし「米」と「醤油」が手に入れば?

 卵かけご飯、おにぎり、そして何より――炊きたての白米という「至高の主食」が解禁される。

 さらに、食後のコーヒー。

 あの芳醇な香りと苦味が、甘いシフォンケーキにどれほど合うか。想像しただけで、脳内の幸せ物質ドーパミンが溢れ出しそうだ。

(……行く価値がある。いや、行かねばならない)

 アルリックのQOLレーダーが、最大レベルの反応を示していた。

 王都へ行けば、食卓のレパートリーが倍増する可能性がある。これはもはや、ただの謁見えっけんではない。「買い付け」だ。

「……父上」

 アルリックはスッと立ち上がり、真剣な眼差しで父を見上げた。

「王命とあらば、逆らうわけにはいきません。クロムウェル家の名誉のため、このアルリック、微力ながら参内いたします」

「お、おう……? 急にやる気になったな?」

 父は息子の変貌ぶりに戸惑ったが、アルリックの頭の中はすでに「王都の市場」のことで一杯だった。

「ただし、条件があります」

「条件?」

「王都までの移動手段です。……今の馬車では、王都に着く前に僕のお尻が砕けてしまいます。馬車の『改造』を許可してください」

 公爵領から王都までは、馬車で三日の道のりだ。

 舗装されていない街道を、サスペンションのない木製の車輪でガタガタと進む。それは現代人にとって、拷問に近い振動だ。

(振動はノイズだ。……排除しなければ、快適な旅はあり得ない)

「改造か。……まあ、好きにするといい。お前の魔法なら、空を飛ぶ馬車でも作りかねんからな」

 父の許可は下りた。

 こうして、神童アルリックの「初めての王都行き」が決定した。

 目的は、国王への謁見ではない。

 究極の食材「米」と「コーヒー」の確保。

 そしてその道中を快適にするための、異世界初となる「魔導サスペンション付きリムジン馬車」の開発である。

 王家が待ち受ける首都へ、規格外の五歳児が解像度を上げて乗り込んでいく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ