第88話 雷雲の給油所と、極上の鰻重
西の海上空。
魔導飛行車『スリーピング・ビューティー号』のコックピットで、不穏なアラート音が鳴り響いた。
ピーッ! ピーッ! ピーッ!
「……なんだ!? また敵か!?」
助手席のレオナルドが飛び起きる。
後部座席では、満腹で寝ていた魔女ルルナと、師匠ゾーラが不機嫌そうに目を覚ました。
「……うるさいねぇ。老婆の睡眠を妨げるんじゃないよ」
「……警告です」
アルリックは冷静にメーターを指差した。
「『魔力残量』が低下しています。残り5%。……このままでは墜落しますね」
「墜落ぅぅぅ!? 冗談じゃねぇぞ! ここ1万メートルだぞ!」
「大丈夫。……ちょうどいい『給油所』が見えてきました」
アルリックが指差した先。
進行方向に、真っ黒で分厚い積乱雲が渦を巻いていた。
バリバリバリッ!!
ドォォォォン!!
雲の中で、青白い稲妻が龍のようにのたうち回っている。
「……あそこに突っ込む気か!? 正気か!?」
「雷とは、すなわち高密度の『電子の移動』だ。……あれだけのエネルギー、捨てておくのはQOLの損失だよ」
アルリックはニヤリと笑い、アクセルを踏み込んだ。
***
突入した雷雲の中は、轟音と閃光の世界だった。
ピシャァァァン!!
目の前で雷が弾ける。
その中心に、長い体躯を持つ巨大な影が蠢いていた。
「……いた。この雷雲の主だ」
現れたのは、全身に帯電した鱗を持つ『サンダー・リヴァイアサン(雷竜)』。
全長50メートル。空を泳ぐ電気の化身だ。
『グオオオオオオッ!!(何奴だ! 我が領空を侵す蚊トンボめ!)』
リヴァイアサンが咆哮すると同時に、口から極太の雷撃ビームが放たれた。
「来るぞ! 防御を……!」
「いいや。……『受電』だ」
アルリックは車の屋根から、一本の金属棒(避雷針)を展開した。
「(解像度を上げろ。……『誘導雷サージ』を魔力変換回路へバイパス)」
ドガァァァァァァァン!!
直撃。
だが、車は壊れなかった。
雷撃は避雷針を通じて、車体底部の『ハイブリッド・魔石バッテリー』へと吸い込まれていく。
キュイイイイイイィン……!(充電音)
「……魔力充填率、120%。……ごちそうさま」
『な、なにぃぃぃ!? 我が雷を喰らっただと!?』
リヴァイアサンが驚愕し、さらに怒りを増幅させる。
『おのれ……! ならば黒焦げになるまで焼き尽くして……』
「待て待て。……お前さん、ちょっと『帯電不足』じゃないか?」
アルリックがマイクを通じて呼びかけた。
「鱗の輝きが鈍いし、放電のパルスが不規則だ。……夏バテか? それともスタミナ切れか?」
『……ッ!?』
図星だったらしい。
雷竜はビクッとして動きを止めた。
連日の暑さと、雷雲の維持で、彼は慢性的な疲労状態にあったのだ。
「……電気を作るには、ビタミンと良質なタンパク質が必要だ。……どうだい? 僕が充電してくれたお礼に、精のつく飯をご馳走するよ」
***
アルリックたちは、雷雲の下にある小島に降り立った。
雷竜も、ズルズルと体を休めるように砂浜へ降りてくる。
「さて。……夏バテには『ウナギ』に限る」
アルリックは、雷雲の中に生息していた魔物『エレキ・イール(巨大電気ウナギ)』を数匹、捕獲していた。
こいつらは雷竜の餌だが、今日はそれを人間風に調理する。
「まずは『捌さばき』だ。……背開きにして、中骨を取り除く」
カエデ直伝の包丁捌きで、巨大なウナギを開いていく。
「そして『白焼き』。……一度素焼きにして、余分な脂と臭みを落とす」
ジュウウウゥ……。
皮目がパリッと焼け、身がふっくらとしてくる。
「次が重要だ。……『蒸し』の工程」
アルリックは蒸し器(水魔法)を用意した。
「関東風の蒲焼きは、蒸すことでコラーゲンをゼラチン化させ、箸で切れるほどの柔らかさを生む。……フワフワの食感こそが正義だ」
蒸し上がったウナギ。
それを再び網に乗せ、ここからが本番だ。
ボッ!(炭火)
「秘伝のタレに潜らせる!」
醤油、みりん、酒、砂糖、そして鰻の骨を煮詰めて作った、黒く輝く濃厚ダレ。
それにたっぷりと浸し、炭火の上へ。
ジュワワワワワァァァァッ!!
タレが炭に落ち、焦げた煙が舞い上がる。
甘く、香ばしく、脳髄を痺れさせるあの匂い。
メイラード反応の極致。
「……いい匂いだ」
雷竜の鼻がヒクついた。
疲れ切った体に、この匂いは劇薬だ。
「さあ、炊きたての銀シャリの上へ……ドーン!」
重箱の中に、白飯が見えなくなるほど敷き詰められた黄金色のウナギ。
『特上・雷龍ウナ重』の完成だ。
***
「食ってみな。……痺れるぞ」
アルリックが巨大な重箱(魔法で拡大)を差し出すと、雷竜は長い舌で器用にウナギを掬い上げた。
パクッ。
『…………ッ!!』
バチバチバチッ!!(放電)
雷竜の全身から、喜びの火花が散った。
『な、なんだこれは……! 柔らかい! 噛む必要がない!』
口に入れた瞬間、ホロリと崩れる身。
濃厚な脂の甘みと、少し焦げたタレの香ばしさが一体となり、白飯の糖分と共に胃袋へ直行する。
『力が……力が湧いてくるぞぉぉぉ!!』
ウナギに含まれるビタミンA、B1、E、そして亜鉛。
疲労回復のオールスター成分が、雷竜の細胞を活性化させた。
「人間にも効くぞ。……ほら、みんなも」
アルリックたちは、人間サイズの重箱を開けた。
「いただきまーす!」
レオナルドがかきこむ。
ルルナも無言で箸を動かす。
ゾーラ婆さんも、「還暦過ぎた胃にも優しいねぇ……」と涙ぐんでいる。
山椒のピリッとした刺激がアクセントになり、脂っこさを感じさせない。
一口食べれば、夏の暑さが吹き飛ぶようだ。
『……人間よ。礼を言う』
完食した雷竜は、満足げにゲップ(プラズマ)を吐いた。
『この飯の恩、忘れない。……もしエネルギーが必要になれば、いつでも呼ぶがいい。我が雷撃をくれてやろう』
「契約成立だ。……『移動式急速充電器』ゲットだね」
こうして、アルリックは空の旅の安全と、無限のエネルギー源を確保した。
腹も満たされ、車も満タン。
一行は意気揚々とエデンへの帰路につく。
だが。
地上では、アルリックたちが留守の間に、とんでもない「夏祭り計画」が進行していた。




