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魔法の解像度を上げたら、世界が快適になりすぎた  作者: 茗子


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第86話 爆音の老婆と、パン釜のクラムチャウダー  上空1万メートル。

 静寂なる雲海の世界に、下品な爆音が響き渡っていた。

 バリバリバリバリッ!!(2ストローク魔導エンジンの音)

「ルルナァァァ!! 騙されるんじゃないよぉぉぉ!!」

 黒煙を噴き上げながら急上昇してきたのは、竹箒にまたがった老婆だった。

 三角帽子に、鉤鼻。絵に描いたような「魔女」だが、その移動手段は酷く旧式で、環境に悪そうだった。

「……師匠」

 ルルナがパンケーキを頬張ったまま呟く。

 彼女は『成層圏の魔女』ゾーラ。ルルナの魔術の師であり、極度の過保護ババアだ。

「ええい! そこきな男! 私の可愛いルルナを鉄の箱に閉じ込めて、何をする気だ!」

 ゾーラは杖を振り上げ、アルリックの愛車に向けた。

「食らえ! 『氷結のアイシクル・アロー』!」

「やれやれ……。せっかくのティータイムが台無しだ」

 アルリックは指を鳴らした。

「(解像度を上げろ。……『断熱圧縮』)」

 車の周囲の空気を瞬時に圧縮し、高熱の壁を作る。

 氷の矢は、車体に触れる前にジュッ! と蒸発し、ただの水蒸気となった。

「なっ!? 私の魔法を消しただと!?」

「お婆さん。……そんな振動の激しい箒に乗っていたら、腰を痛めますよ? 骨密度、大丈夫ですか?」

 アルリックは憐れむような目で老婆を見た。

「うっさい! 余計なお世話だよ! ……アイタタタ」

 図星だったらしい。

 ゾーラは腰をさすりながら、クジラの背中に不時着した。

 高度1万メートルの寒風が、彼女の老体に容赦なく吹き付ける。

「くっ……寒い! なんて場所で茶を飲んでるんだ!」

「……師匠。これ食う?」

 ルルナがパンケーキを差し出すが、ゾーラは震えていてそれどころではない。

 鼻水が垂れている。

「(……見ていられないな。QOLが低すぎる)」

 アルリックは立ち上がった。

「体を芯から温めるものが必要だ。……ちょうどいい食材がある」

 彼はクジラの背中の「岩場」のような部分を指差した。

「ルルナ、あれを取ってくれ」

「……あれ? ただのフジツボ?」

「いいや。……『スカイ・クラム(空アサリ)』だ」

        ***

 クジラの背中に寄生していたのは、拳大の巨大な貝だった。

 アルリックはそれを風の刃で剥がし、海水(塩水)で洗う。

「こいつらはクジラの出す『雲の糖分』とミネラルを吸って育っている。……身はプリプリで、濃厚な出汁が出るはずだ」

 殻を開くと、真珠のように白い、肉厚な身が現れた。

 アルリックは鍋にバターを溶かし、刻んだ玉ねぎ、ジャガイモ(第83話の残り)、そしてスカイ・クラムを炒める。

 ジュウウウッ……!

 バターと魚介の香りが、寒風の中に広がる。

「そこへ小麦粉を振り入れ、粉っぽさがなくなるまで炒める。……これが『ルー』の基礎だ」

 そして、牛乳を少しずつ加えていく。

「(解像度を上げろ。……『乳化エマルション』の安定化)」

 ダマにならないよう、魔法で攪拌しながらとろみをつける。

 白く、滑らかで、熱を逃さない高粘度のスープ。

「仕上げだ。……器はこれを使う」

 アルリックが取り出したのは、丸ごとの堅焼きパン(ブール)だ。

 中身をくり抜き、そこへ熱々のスープをなみなみと注ぐ。

 『丸ごとパンのクラムチャウダー』の完成だ。

「さあ、冷めないうちに。……器ごと食べられますよ」

        ***

 ゾーラは、湯気を立てるパンの器を、震える手で受け取った。

 パンの厚みのおかげで、手は熱くない。だが、中身はマグマのように熱々だ。

 スプーンですくう。

 とろりとした白い液体の中に、ピンク色の貝と、ホクホクのジャガイモが絡んでいる。

 フーフー、アムッ。

「…………ッ!!」

 ゾーラのシワだらけの顔が、一瞬でほころんだ。

「あ、熱っ……! でも……温まるぅぅぅ……」

 濃厚なミルクのコク。

 そして、スカイ・クラムから染み出した、暴力的なまでの旨味エキス。

 とろみのあるスープが喉を通り、冷え切った内臓を優しくコーティングしていく。

「貝が……柔らかい! 噛むと甘みがジュワッと出る!」

「そして、周りのパンを崩して浸してください」

 ゾーラは言われた通り、スープを吸ってふやけたパンの壁を千切り、口に入れた。

 ジュワッ、モチッ。

「……美味い! スープを吸ったパンが、また別の料理になっている!」

 ハフハフ、ズルズル。

 魔女の威厳などどこへやら。

 ゾーラは夢中でパンの底まで刮こそげ取り、最後は器まで完食した。

「ふぅ……。生き返った……」

 彼女の顔色はピンク色に戻り、腰の痛みも和らいだようだ。

「どうですか? 僕たちの『文明』は」

 アルリックがコーヒー(食後の一杯)を差し出す。

 ゾーラは、横にあるアルリックの車を見た。

 風を遮断し、ふかふかのシートがあり、温かい飲み物が出る魔法の箱。

 そして自分の、ささくれだった竹箒。

 カラン。

 ゾーラは杖と箒を投げ捨てた。

「……乗せておくれ」

「え?」

「その箱にだよ! もうあんな寒い箒に乗れるか! 腰が砕けるわ!」

 こうして、空の魔女師弟は、揃って「アルリックの快適空間」に堕ちた。

 車の定員はギリギリだが、QOLのためなら多少の狭さはご愛嬌だ。

 しかし、空の旅を終えて地上に戻ろうとした時。

 アルリックのスマホ(魔導通信機)が、激しい着信音を鳴らした。

 相手は、エデンの留守番役、ガリン親方だ。

『大変だ領主様! 西の海から、クラーケン店長がSOSを出してる!』

『……何事だ? ネタ切れか?』

『違う! 海が……凍り始めたんだ!』

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