第84話 雲海のドライブと、成層圏クラブハウスサンド
翌朝。
エデンのガレージにて、歴史的な「改造」が行われていた。
「……できた。重力制御のルーン、刻んだ」
魔女ルルナが、愛車『スリーピング・ビューティー号』のタイヤハウスに、幾何学的な魔法陣を書き込んで指を離した。
「よし。これでこの車は、重力係数を無視できる」
アルリックも工具を置いた。
彼が施したのは、車体の「空力エアロダイナミクス」の強化だ。
「いくら浮いても、風の抵抗を受けては乗り心地が悪い。……風魔法で車体全体を『流体被膜』で覆い、空気抵抗係数(Cd値)を限りなくゼロにする」
「おいおい、本当に飛ぶのかよ? 鉄の塊だぞ?」
レオナルドが疑わしそうにバンパーを蹴る。
「乗ればわかる。……さあ、テイクオフだ」
***
全員が乗り込み、アルリックがエンジン(魔導モーター)を始動させる。
ヒュゥゥゥゥン……。
いつもの振動がない。
車体がふわりと浮き上がり、地面から離れていく。
「うおっ!? 浮いた!?」
「高度上昇。……推力全開!」
ドォォォォォン!!
後部ノズルから風魔法のジェット噴流がほとばしる。
車は滑走路もなしに垂直上昇し、一気にエデンの空へと駆け上がった。
「ぎゃあぁぁぁぁッ!! 高い! 高いって!!」
レオナルドが窓枠にしがみついて絶叫する。
眼下にはエデンの街並みが、ジオラマのように小さくなっていく。
「……静かだ」
後部座席のルルナは、ポテトチップス(昨夜の残り)を食べながら平然としている。
「成層圏手前まで行くよ。……雲の上なら、誰にも邪魔されない」
***
数分後。
車は厚い雲の層を抜け、その上に飛び出した。
――そこは、白と青の世界だった。
下には一面に広がる真っ白な雲海。
上には突き抜けるような群青の空。
太陽の光が雲に反射し、神々しいまでの光景が広がっている。
「すげぇ……。雲が海みたいだ……」
レオナルドも恐怖を忘れ、窓に顔を押し付ける。
「外気温度はマイナス20度。酸素濃度は地上の半分。……だが」
アルリックは空調パネルを指差した。
「車内は24度。気圧調整与圧も完璧だ。……これぞ『空飛ぶスイートルーム』」
「……腹減った」
ルルナがボソリと言った。
絶景よりも食い気だ。
「そうだね。最高の景色には、最高の『機内食』が必要だ」
アルリックは、助手席のバスケットを開いた。
「空の上で食べるなら、片手で持てて、かつ『高さ』のある料理がいい」
取り出したのは、こんがりと焼けた3枚のトーストと、色とりどりの具材だ。
「作るよ。……『クラブハウスサンド』だ」
***
アルリックは、空中の無重力を利用して具材を並べた。
「1階層目。……辛子マヨネーズを塗ったトーストに、カリカリに焼いたベーコンと、ジューシーなローストチキン」
肉の旨味と脂のコク。
「2階層目。……中間のトーストを挟んで、フレッシュなレタスと、真っ赤な完熟トマトの輪切り」
野菜の瑞々しさと酸味。
「そして3枚目のトーストで蓋をする! ……この『三層構造』こそが、味の摩天楼だ」
ザクッ。
包丁で対角線にカットし、崩れないようにピックで留める。
美しい断面が現れた。
赤、緑、白、茶色。
層になった具材が、まるで地層のように食欲をそそる。
「はい、どうぞ」
アルリックは全員にサンドイッチを配った。
雲の上を時速100キロで滑空しながらのランチタイムだ。
レオナルドが大きな口を開けてかぶりつく。
バリッ! ザクッ!
「……うんめぇぇぇッ!!」
パンの焼けた香ばしい音。
レタスのシャキシャキ音。
そして、ベーコンのクリスピーな食感。
「パンが3枚もあるのに全然重くない! トマトの酸味が肉の脂をサッパリさせてくれる!」
「……ん。……美味しい」
ルルナも夢中で頬張っている。
「複雑。……いろんな味がする。……でも、一つにまとまってる」
「だろう? 空の上では気圧の関係で味覚が鈍くなる。だから、少し濃い目のベーコンと、トマトの旨味(グルタミン酸)が最適なんだ」
アルリックは、コーラでサンドイッチを流し込んだ。
青い空。白い雲。そして極厚のサンドイッチ。
QOLは、ついに高度1万メートルに達した。
「……あれ?」
ルルナが、ふと窓の外を指差した。
「……何か、いる」
「ん? 鳥か?」
アルリックが見ると、雲海の中から「巨大な影」がゆらりと浮上してきた。
それは鳥ではない。
ヒレを持ち、優雅に空を泳ぐ――。
「……魚? いや、クジラか!?」
全長30メートルはあるだろうか。
空を飛ぶ巨大なクジラ――『スカイ・ホエール』が、車の並走するように現れたのだ。
そして、その背中には、なんと「小さな家」が建っていた。
「……あれは?」
「……私の実家(浮遊島)」
ルルナがポツリと言った。
「えっ」
「……あのクジラ、私の島を運んでる」
どうやら、引きこもりの魔女は、家ごと移動するタイプだったらしい。
そして、そのクジラの口からは、何やら「美味しそうなもの」が吐き出されていた。




