第83話 オーロラの魔女と、沈黙のフライドポテト
映画鑑賞会が盛り上がり、リビングが熱気に包まれていた深夜。
ズドォォォォン!!
突如、屋敷のテラスに何かが墜落したような衝撃音が響いた。
「な、なんだ!? 敵襲か!?」
父エドワードと国王が、ポップコーンをぶちまけて飛び上がる。
アルリックが遮光カーテンを開けると、そこには――。
月明かりの下、ボロボロのローブ(パジャマ?)を纏い、ボサボサの銀髪を揺らす少女が立っていた。
目は半開きで、クマがひどい。
「……眩しい」
少女は不機嫌そうに呟くと、ふわりと宙に浮き、窓ガラスをすり抜けて室内へ侵入してきた。
「貴様! 何者だ!」
騎士団長でもある父が剣を抜く。
だが、少女は興味なさそうに父を一瞥いちべつしただけで、指先を向けた。
「……うるさい。眠りなさい」
フワッ。
謎の粉が舞い、父と国王はその場にカクンと崩れ落ちた(強制睡眠)。
「なっ……!? 父上を一瞬で!?」
アルリックが身構える。
(解像度を上げろ。……この魔力波長、ただ者じゃない。……『極光オーロラ』の魔女か?)
伝説に聞く、上空の浮遊島に住むという引きこもりの大魔女。
少女はアルリックを無視し、壁に投影されていたプロジェクターの映像(映画のエンドロール)を指差した。
「……あの『光る板』。……私の島から見えた。……面白そうだった」
彼女はジリジリと近づいてくる。
「……よこせ。……あれがあれば、私はもう二度と島から出なくて済む」
「……同類か」
アルリックは瞬時に理解した。
彼女の目は、獲物を狙う猛獣のそれではない。
「暇つぶし」に飢えた、限界オタクの目だ。
「……いいだろう。この『ホームシアター』は見せてあげる。……だが」
アルリックは、彼女の腹の音を聞き逃さなかった。
グゥゥゥゥ……(盛大な腹の虫)。
少女の顔が赤くなった。
「空腹のようだな。……ポップコーンだけじゃ物足りないだろう」
「……肉が食いたい。……でも、ガッツリした食事は、映画の邪魔になる」
「わかっている。映画には『片手で食べられて、満足感があり、かつ音がしない』スナックが必要だ」
アルリックは不敵に笑った。
「ポテトチップスはパリパリとうるさいからね。……僕が『最高の正解』を出してやる」
***
アルリックが厨房で用意したのは、エデン特産の男爵イモだ。
「目指すは『サイレント・ラグジュアリー』。……厚切りのフライドポテトだ」
彼はジャガイモを洗うと、皮付きのまま太めのスティック状にカットした。
シュパッ、シュパッ。
「まずは低温の油でじっくり火を通す。……ポシェ(煮る)に近い状態だ」
130度の油へ投入。
静かに泡立つ鍋の中で、ジャガイモの内部まで熱が伝わり、デンプンが糊化こかしてホクホクの状態になる。
「一度取り出して冷ます。……ここで余分な水分を飛ばすのが重要だ」
そして、仕上げの二度揚げ。
今度は190度の高温だ!
ジュワワワワァァァッ!!
激しい音と共に、表面が一気にきつね色に変わる。
メイラード反応により、香ばしい皮膜が形成される。
「外はカリッ、中はトロッ。……これこそが王道の『ベルギースタイル』だ」
揚げたてのポテトに、岩塩と、乾燥させたハーブをまぶす。
さらに、小皿に「特製トリュフマヨネーズ」を添える。
『沈黙の黄金ポテト』の完成だ。
***
リビングに戻ると、少女――魔女ルルナは、ソファに体育座りをして待っていた。
「……遅い」
「待たせたね。……熱いうちにどうぞ」
アルリックは山盛りのポテトを差し出した。
ルルナは怪訝そうに一本つまみ上げ、マヨネーズを少しつけて口へ運んだ。
――サクッ。
極めて小さな、上品な音。
「……!」
ルルナの目がパチクリとした。
表面の薄い層が崩れると、中から熱々の蒸気が溢れ出す。
もはや「芋」ではない。
マッシュポテトのように滑らかなクリーム状の中身が、舌の上でとろける。
「……んんっ! ……熱い……でも……」
ハフハフと息を漏らすが、不快な咀嚼音はない。
これなら、どんなに静かな映画のシーンでも邪魔にならない。
「……美味しい。……芋なのに、飲み物みたい」
ルルナの手が止まらない。
一本、また一本。
塩気と油の旨味が脳を直撃する。
「コーラも合うよ」
シュワッ。ゴクッ。
「ぷはぁっ……!」
ルルナは至福の表情でソファに沈み込んだ。
「……ここが、私の求めていた『楽園』……」
彼女の周りには、ポテトの香ばしい匂いだけが漂っている。
伝説の大魔女の威厳は、揚げたてポテトの前に完全に崩壊していた。
「……気に入ったかい?」
「……ん。契約する」
ルルナはポテトを抱え込んだまま宣言した。
「私はここに住む。……家賃は、私の『浮遊魔法』で払う」
「浮遊魔法?」
「……お前のその車、空を飛ばせてやる。……そうすれば、もっと遠くの食材も取りに行けるだろう?」
アルリックの目が輝いた。
空飛ぶ車。エア・カー。
それは、重力と渋滞からの解放。
「交渉成立だ。……ようこそ、エデン引きこもり連合へ」
こうして、最強の魔女ルルナが仲間に加わった。
彼女の加入により、アルリックの『スリーピング・ビューティー号』は、ついに空へ飛び立つ翼を得ることになる。




