第80話 公爵家の襲来と、黒い宝石の接待
エデン領の正門前。
そこには、きらびやかな鎧を纏った『クロムウェル公爵家・騎士団』が整列していた。
その数、およそ50名。
先頭に立つのは、厳格な髭を蓄えた壮年の男――アルリックの父、エドワード公爵だ。
「……アルリック。戻ったか」
父の声は重く、大気を震わせた。
アルリックは愛車『スリーピング・ビューティー号』から降りると、ため息交じりに頭をかいた。
「やれやれ。……久しぶりですね、父上。アポなし訪問はマナー違反ですよ」
「ふざけるな! 貴様、ここで何をしている!?」
エドワードが怒鳴る。
「『辺境で貧しい暮らしをしている』と聞いていたが……なんだ、この巨大な屋敷は! あの黒い道は! そして、その鉄の箱(車)は!」
父の目は、アルリックの背後にある「文明」に釘付けだった。
「まさか……軍事基地を作っているのか? 王家に反旗を翻すつもりか!?」
「……発想が物騒すぎます。これは僕の『隠居部屋』です」
アルリックは肩をすくめた。
「まあいいでしょう。立ち話もなんです。……入りますか?」
***
アルリックは父と側近だけを屋敷の応接室へと招き入れた。
ガチャリ。
ドアが開いた瞬間。
――ヒュウゥゥ……。
「……ッ!?」
エドワードの体が強張った。
外は初夏の陽気で汗ばむほどだったが、室内は「ひんやり」としていたのだ。
「なんだ、この涼しさは……? 氷魔法か?」
「『空調』です。室温を常に24度に保ち、不快な湿気を取り除いています」
アルリックは父を革張りのソファ(スライムクッション内蔵)に座らせた。
ずぶぶ……。
「うおっ!?」
父が変な声を上げる。
硬い椅子を想像していた尻が、雲のような弾力に包み込まれたのだ。
「……腰が、浮いているようだ」
「人間工学に基づいた『人をダメにするソファ』です。……まあ、くつろいでください」
アルリックはキッチンへ向かった。
この堅物の父を黙らせるには、言葉よりも「味」だ。
それも、王都の貴族がまだ知らない、未知の味。
「(解像度を上げろ。……ターゲットは50代男性。疲労蓄積あり。胃腸はお疲れ気味)」
アルリックが選んだのは、持ち帰ったばかりの『コーヒー』だ。
ハンドドリップで丁寧に抽出する。
ポタ、ポタ……。
部屋中に、深煎りの香ばしいアロマが満ちていく。
「……なんだ、この焦げたような匂いは? 毒か?」
父が鼻をひくつかせる。
「『コーヒー』です。南の密林で採れた、大人のための飲み物ですよ」
コトッ。
目の前に置かれたのは、湯気を立てる漆黒の液体。
そして、横には小さなピッチャーに入った「ミルク」と「角砂糖」。
「まずはブラック……そのままの香りを」
エドワードは警戒しつつも、カップを口に運んだ。
ズズッ。
「……苦い!」
顔をしかめる。だが、その直後。
「……いや? 苦いが……後味がすっきりしている。口の中の油が切れるような……」
「そこで、砂糖とミルクを」
言われるがままに投入する。
くるくるとスプーンで混ぜ、一口。
「…………ッ!!」
エドワードの目が開かれた。
苦味が、ミルクのまろやかさによって「コク」へと昇華されている。
砂糖の甘みが脳に染み渡り、旅の疲れを一瞬で癒やす。
「美味い……。なんだこれは。紅茶のような渋みもなく、エールのような酔いもない。……ただただ、心が落ち着く」
ふぅー……。
公爵の口から、長い長い安堵の息が漏れた。
エアコンの涼しさ。
ソファの包容力。
そして、コーヒーの香り。
これら「快適のジェットストリームアタック」を受け、鉄の男の表情が、見る見るうちに崩れていく。
「……ふん。悪くない」
***
その時だった。
ニャー(野太い声)。
足元に黒い影がすり寄ってきた。
一緒に帰ってきた黒豹、ノワールだ。
「なっ!? 魔獣か!?」
父が剣に手をかけるが、ノワールは無視してアルリックの足元でゴロリと腹を見せた。
「ああ、こいつは『番犬』です。……ほら、ミルクだぞ」
アルリックが余ったミルクを皿に入れてやると、巨大な猛獣が猫のように夢中で舐め始めた。
「……シャドウ・ジャガーを、猫のように飼い慣らしているのか?」
「餌で釣りました」
エドワードは絶句した。
軍事力(猛獣)、経済力、技術力(空調)。
この辺境には、王都すら凌駕する「力」がある。
「……アルリックよ」
父はコーヒーを飲み干し、真剣な眼差しで息子を見た。
「お前、王都へ戻る気はないか? 次期公爵として……」
「嫌です」
即答。食い気味に拒否。
「僕はここで、一生食っちゃ寝して暮らすんです。面倒な政治や戦争はごめんです」
「……そう言うと思った」
父は苦笑し、ソファに深く沈み込んだ。
「……ならば仕方ない。私がここに住もう」
「は?」
「隠居だ。……ここなら老後を快適に過ごせそうだ。この黒い水と、この椅子があればな」
「ちょっと待ってください父上!? 国王陛下(オスワルド3世)も居座ってるのに、公爵まで来たらエデンが老人ホームになります!」
アルリックの悲鳴は、快適なエアコンの音にかき消された。
こうして、最強の「クレーマー(父)」は、最強の「常連客」へと堕ちた。
コーヒーの香りは、人を虜にする魔性の香り。
エデンの人口(権力者おっさん比率)は、またしても増加することになったのである。




