第79話 深夜のカフェイン・ハイと、幻の設計図
草木も眠る丑三つ時。
密林の静寂を破るように、車内で怪しい光が点滅していた。
深夜3時。
「……見える。見えるぞ! 世界の構造式が!」
アルリックは、愛車の後部座席で目をカッ! と見開き、羊皮紙に猛烈な勢いで羽ペンを走らせていた。
彼の瞳孔は開ききり、青い魔力が漏れ出している。
そう、彼は「初めてのコーヒー」が美味すぎて、調子に乗って5杯も飲んでしまったのだ。
「(解像度を上げろ! 脳内クロック周波数を倍増!)」
カフェインのアデノシン受容体拮抗作用により、彼の脳は覚醒状態確変モードに入っていた。
「おい、うるせぇぞ……。寝かせろよ……」
助手席で寝ていたレオナルドが、寝ぼけ眼で文句を言う。
「寝ている場合か、筋肉! 今、素晴らしいアイデアが降りてきた! エデンを『コーヒー帝国』にするためのグランドデザインだ!」
アルリックは、羊皮紙をレオナルドの顔に押し付けた。
「見ろ! まず街の地下水脈をすべてコーヒーに変える! 蛇口をひねれば24時間エスプレッソだ! そしてスライムにカフェインを与えて『高速移動スライム』を作り、物流を3倍にする!」
「……馬鹿じゃねぇの」
「さらに、このジャガー君の背中に『全自動焙煎機』を背負わせれば、走りながら豆が煎れる! 名付けて『移動式カフェ・ジャガー』だ!」
足元で丸くなっていた黒豹――先ほどキャラメルミルクで陥落させた『ノワール(仮)』が、ビクッ! と震えて耳を伏せた。
こいつも被害者だ。
「……頼むから寝てくれ。明日の運転どうするんだよ」
「眠くない! 今の僕は無敵だ! そうだ、この車のエンジンも『カフェイン駆動』に改造しよう!」
アルリックは工具箱を取り出し、ガサゴソとあさり始めた。
深夜のテンション。
それは、人をクリエイティブにするが、同時に正気を奪う諸刃の剣。
「……もう知らん」
レオナルドは毛布を頭から被り、現実逃避した。
***
そして、朝が来た。
チュン、チュン……。
密林の爽やかな朝日が、車内に差し込む。
「……んあ?」
レオナルドが目を覚ますと、そこには地獄があった。
車内には、大量の書き損じの紙クズが散乱し、コーヒーの出し殻が散らばっていた。
そして、後部座席の真ん中で、アルリックが白目を剥いて死んでいた。
「……おい、生きてるか?」
「…………無」
アルリックはピクリとも動かない。
カフェイン・クラッシュ。
急激な覚醒の反動で、血糖値が乱高下し、泥のような倦怠感が彼を襲っていた。
「……頭が痛い。吐きそうだ。……光が眩しい」
完全に二日酔い(カフェイン酔い)の症状だ。
「自業自得だ。……ほら、昨日の『世紀の発明』とやらを見せてみろ」
レオナルドは、床に落ちていた羊皮紙を拾い上げた。
そこには、震える文字でこう書かれていた。
『コーヒープリンの……お風呂に入りたい……』
『ジャガーの肉球は……ポップコーンの匂い……』
あとは意味不明な数式と、崩れたスライムの落書き。
「……ゴミだな」
「燃やせ!! 今すぐ燃やせ!!」
アルリックがゾンビのように飛び起き、証拠隠滅を図った。
「うぅ……気持ち悪い。もうコーヒーなんて見たくない……」
「お前、極端なんだよ!」
***
結局、出発は昼過ぎになった。
アルリックは胃薬(薬草魔法)を飲み、青い顔でハンドルを握っている。
後部座席には、大量に収穫したコーヒー豆の麻袋。
そして、その上には「ノワール(黒豹)」が鎮座している。
「グルッ(出発か?)」
「ああ。……君も来るのかい?」
ノワールは「当たり前だ」と言わんばかりに、尻尾でシートを叩いた。
どうやら、昨夜の「キャラメルミルク」の味が忘れられず、エデンまで付いてくる気満々のようだ。
「まあいい。番犬代わりにはなる」
こうして、一行はコーヒー豆と黒豹を乗せ、エデンへの帰路についた。
行きはヨイヨイ、帰りはカフェイン切れ。
だが、この遠征で得た「黒い豆」と「黒い獣」は、エデンの文化をまた一つ、大人の階段へと押し上げることになる。
……はずだったが。
エデンに帰り着いた彼らを待っていたのは、優雅なコーヒーブレイクではなかった。
「あ、アルリック様ぁぁぁ!! 大変ですぅぅぅ!!」
留守番をしていたエルフのフィオナが、涙目で駆け寄ってくる。
その背後、エデンの空には、不穏な「黒い煙」が立ち上っていた。
「……なんだ? ボヤか? 焙煎でも失敗したか?」
「違います! ……じ、実家から! お父様(公爵)が軍隊を連れてやってきましたの!!」
「……は?」
アルリックの眠気が、一瞬で吹き飛んだ。




