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魔法の解像度を上げたら、世界が快適になりすぎた  作者: 茗子


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第77話 熱帯のサウナと、文明の冷気

 エデンを出発して数時間。

 南へ進むにつれて、車窓の景色はのどかな草原から、鬱蒼うっそうとした密林へと変わっていた。

 そして、気温も暴力的に上昇していた。

「……あつっ! なんだこりゃ、サウナかよ!?」

 助手席のレオナルドが、滝のような汗を流して叫ぶ。

 彼はすでに鎧を脱ぎ捨て、Tシャツ一枚になっていたが、それでも暑さは容赦ない。

 外気温は35度を超え、湿度は90%近い。

 直射日光に炙られた車体の鉄板は、目玉焼きが焼けるほどの高温になっている。

「窓を開けろ! 風を入れないと干からびちまう!」

「駄目だ」

 アルリックは即答し、パワーウィンドウのスイッチをロックした。

「外の空気は『熱風』だ。入れたところでドライヤーを浴びるのと同じ。それに、窓を開ければ……奴らが入ってくる」

 バチッ、バチチッ!

 フロントガラスに、無数の小さな影が特攻してくる。

 羽虫だ。密林特有の吸血アブや蚊の軍団が、獲物の熱を感知して群がってきていた。

「うげぇ……。虫だらけじゃねぇか……」

「これが『自然』だ。過酷で、不潔で、不快だ」

 アルリックはハンドルを握る手で、ダッシュボードの新しいスイッチに触れた。

「だから僕は、車内を『文明』にする。……A/Cスイッチ、オン」

 カチッ。

 ボンネットの中で、コンプレッサー(魔導圧縮機)が作動する低い音が響いた。

 ブォォォォン……。

 送風口から、勢いよく風が吹き出す。

「風か? だが、生ぬるい風じゃ意味が……ん?」

 レオナルドが手をかざした瞬間、その目が丸くなった。

「……つ、冷めてぇぇぇッ!?」

 それは、ただの風ではなかった。

 氷河のクレバスから吹き上げるような、キンキンに冷えた冷気だった。

「こ、これは氷魔法か!? 風の中に氷の粒でも混ぜてるのか!?」

「いいや。これは『熱交換』だ」

 アルリックは涼しい顔で解説する。

「冷媒ガスを圧縮して高温にし、車外で熱を捨て、急激に膨張させることで温度を下げる(断熱膨張)。……要するに、車の中の『熱』だけを外へ汲み出し続けているんだ」

 さらに、アルリックはダイヤルを回した。

「温度だけじゃない。重要なのは『除湿』だ。空気中の水分を結露させて排出する」

 数分後。

 車内の湿度は40%まで下がり、温度は快適な24度に保たれた。

 外は地獄のような蒸し暑さなのに、ガラス一枚隔てた車内は、秋の高原のような爽やかさ。

 レオナルドの汗もすっかり引き、肌はサラサラだ。

「……すげぇ。ここは天国か?」

「これが『カーエアコン』だ。文明とは、環境に屈しないことだよ」

        ***

 快適なドライブを続け、ついに日が暮れた。

 アルリックたちは、密林の中の開けた場所で野営キャンプをすることにした。

 だが、車を止めた瞬間、外からは不気味な羽音が聞こえてくる。

 ブゥゥゥン……キィィィン……。

 車のヘッドライトの光に、何千匹もの虫が群がっている。

 ドアを開けた瞬間、車内が地獄絵図になるのは明白だった。

「……これじゃあ、外で飯も食えねぇし、トイレにも行けねぇぞ」

 レオナルドが絶望する。

「ふふ。……抜かりはない」

 アルリックは、車の屋根に取り付けたスピーカーのような装置を起動させた。

「(解像度を上げろ。……周波数は17キロヘルツ以上。人には聞こえず、虫だけが嫌悪する『モスキート音』)」

 ――キィィィィン……(不可聴音)。

 スイッチを入れた瞬間。

 ザァッ……!!

 車の周囲を取り囲んでいた虫の雲が、蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げ去っていった。

 半径10メートル以内から、生命反応が消える。

「……消えた?」

「超音波結界だ。これでこのエリアは『無菌室』になった」

 アルリックは悠々とドアを開け、外の空気を吸った。

 湿気はあるが、虫は一匹もいない。

「さあ、晩飯にしよう。……今夜は星を見ながら『車中泊』だ」

 アルリックは後部座席をフルフラットに倒し、アレックスから貰った『キング・スライムシート』を敷き詰めた。

 そこはもう、車というより「動く高級ベッドルーム」だった。

 頭上には、密林の木々の隙間から見える満天の星空。

 肌にはエアコンの冷気。

 そして、耳元でブンブンいう不快な羽音は一切ない。

「……完璧だ」

 アルリックは携帯ポットでお湯を沸かしながら、目的地の地図を確認した。

「この調子なら、明日の昼には『最深部』に着く。……いよいよご対面だね、黒いダイヤ(コーヒー)と」

 文明の利器によって、過酷なはずのジャングル探検は、ただの優雅なグランピングへと変貌していた。

 だが、彼らは油断していた。

 この密林の奥地には、虫よりも厄介な「カフェイン中毒の守護者」がいることを。

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