表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法の解像度を上げたら、世界が快適になりすぎた  作者: 茗子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

74/110

第74話 パスカルの原理と、ドライブスルーの流儀

「――おい、壁だ! 壁が来るぞッ!」

 レオナルドの絶叫が響く。

 魔導自動車は、工房のレンガ壁に向かって時速60キロで突っ込んでいた。

 アルリックは冷静にコーヒーカップをダッシュボードに置いた。

 ブレーキはない。だが、助手席には最高級の「制動装置」が乗っている。

「レオナルド、頼む」

「頼むじゃねぇよおおおおッ!」

 ドォンッ!!

 レオナルドが助手席の床を踏み抜き、両足を地面に突き刺した。

 とてつもない摩擦音と土煙。

 騎士の脚力が、地面を削り取りながら、1トンの鉄塊を強引に停止させる。

 キキキキキキッ……ズザザザッ!

 車のバンパーは、壁まであと数センチのところで静止した。

「……ふう。カップの中身が一滴もこぼれなかった。さすがだな、筋肉」

「殺すぞテメェ!! 俺のブーツが摩擦熱で溶けたじゃねぇか!」

 レオナルドが、靴底のなくなったブーツを脱ぎ捨てて怒鳴る。

 アルリックは悪びれもせず、メモ帳を取り出した。

「やはり、物理的な『摩擦ブレーキ』は必須か。……筋肉ブレーキは消耗品(ブーツ代)が高くつくし」

「俺への謝罪とか感謝はねぇのか!?」

        ***

 数時間後。

 アルリックは再びガレージに潜り込んでいた。

「止まるための機構……。単に棒で車輪を押さえつけるだけでは、力が足りないし、振動もひどい」

 彼は設計図に数式を書き込む。

「必要なのは『パスカルの原理』だ」

「……パスカル?」

 新しいブーツに履き替えたレオナルドが、訝しげに覗き込む。

「密閉された液体の一部に加えた圧力は、すべての部分に均等に伝わる……という流体力学の法則だよ」

 アルリックは、細い管と太い管がつながった装置を指差した。

「ブレーキペダルを踏む力は小さい。だが、この油圧オイルで満たされた細い管を通し、車輪側の太いシリンダーに伝えることで、力を数倍に増幅アンプできる」

 彼は車輪の内側に、円盤ディスクを取り付けた。

「この回転する円盤を、油圧の力で両側からパッドで挟み込む。運動エネルギーを熱エネルギーに変換して捨てるんだ。……名付けて『油圧式ディスクブレーキ』」

「……お前の魔法なら、風で止めるとかできねぇのか?」

「風魔法だと急制動で首がむち打ちになる。この油圧制御なら、絹を撫でるような『極上の減速』が可能だ。僕が寝ている間に止まっても、目が覚めないレベルでな」

「結局、寝るためかよ!」

        ***

 改良された魔導車『スリーピング・ビューティー号(仮)』の再試験だ。

 今度はエデン領の外周道路を走る。

 アクセルを踏み込み、時速80キロへ。

 そして、ブレーキペダルをじわりと踏む。

 ――スゥゥゥ……。

 ガックンという衝撃は皆無。

 まるで巨大な手に優しく包み込まれたかのように、車は滑らかに減速し、停止した。

「……すげぇ。ピタリと止まったのに、体が前につんのめらなかった」

「制動力を電子制御(魔導回路)で分散させているからね。アンチロック・ブレーキシステムも完備だ」

 アルリックは満足げに頷いた。

 これで移動手段は完成した。

 だが、彼にはもう一つ、試したいことがあった。

「さて、レオナルド。腹は減ってないか?」

「おう、試運転で叫んだからペコペコだ」

「なら、この車の真価を発揮しよう。……『ドライブスルー』の時間だ」

 アルリックは後部座席からバスケットを取り出した。

 中に入っていたのは、見慣れた「ハンバーガー」だった。

 しかし、その「包み紙」がいつもと違う。

「なんだこれ? いつもの皿じゃなくて、紙に包まれてるぞ?」

「これは『オイルプルーフ・ペーパー』だ。耐油加工された紙で包むことで、手を汚さずに片手で食べられる」

 アルリックは片手でハンドルを握りながら、もう片方の手でバーガーの包みを器用に開いた。

「運転しながら皿とナイフは使えないだろう? だが、このスタイルなら景色を楽しみながら食事ができる」

「なるほどな! これなら馬に乗りながらでも食える!」

「馬はやめろと言っただろう。揺れてソースがこぼれる」

 レオナルドも包みを開き、豪快にかぶりついた。

 ガブッ。

 いつもの肉厚パテと、とろけるチェダーチーズ。

 しかし、車内で食べるという背徳感が、その味を数倍に引き立てていた。

「んぐ、んぐ……。車の中で食う飯って、なんでこんなに美味いんだ?」

「『非日常感』というスパイスだよ。それに、これを見ろ」

 アルリックはコンソールボックスを指差した。

 そこには、二つの丸い穴が開いていた。

「『カップホルダー』だ。ジャイロ機能付きで、車が傾いても中身がこぼれない」

 そこに、氷魔法でキンキンに冷えたコーラのカップが収まっている。

「脂っこいバーガーを流し込むための、シュワシュワする黒い水。……これを運転中に飲むのが、大人の嗜みだ」

 ズズッ、とストローでコーラを吸い上げ、炭酸の刺激で口の中の脂を洗い流す。

 そしてまた、バーガーにかぶりつく。

 無限ループだ。

「ぷはぁ! 最高だぜ! なあアルリック、もっとスピード出せよ! 風を感じながら食いたい!」

「おっと、ソースをシートに垂らすなよ。クリーニング代を請求するからな」

 エデンの街道を、一台の車が走っていく。

 それは単なる移動手段ではない。

 「移動」そのものを「娯楽」へと昇華させた瞬間だった。

 だが、この快適さが仇となる。

 翌日、エデン中の住人が「私も乗せろ」「その紙に包んだやつをくれ」と殺到し、アルリックの安眠はまたしても妨害されることになるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ