第72話 独占禁止法(?)と、マンゴーの輸出戦略
温室産のマンゴーがもたらした衝撃は、エデンの屋敷内だけにとどまらなかった。
アルリックは、収穫した果実の一部を慎重に木箱に詰め、王都への定期連絡便に載せることにした。
「……これを王太子ルディウスと、僕の実家の公爵家に送っておいて。……ただし、あえて『一個ずつ』ね」
「一個だけですか? ケチくさいと思われませんか、アルリック様」
エレノアが不思議そうに首を傾げる。だが、アルリックは不敵な笑みを浮かべた。
「希少価値だよ、エレノア。……『この世に数個しか存在しない、魔法の温室で育った至宝』というブランディングだ。飢えさせれば飢えさせるほど、彼らは僕の技術に依存するようになる」
***
数日後。王都から凄まじい勢いで返信が届いた。
送り主は、かつてアルリックを追放した張本人、王太子ルディウス。
『ふざけるなアルリック! あんな美味いものを一個だけ送ってくるとは何事だ! あの一口で、私は王宮の食事が砂を噛むようにしか感じられなくなった! もっと送れ! 代金は言い値で払う!』
手紙を読んだアルリックは、満足げにティーカップを置いた。
「(解像度を上げろ。……人間の『欲望』を設計図にする。一度最高級を知った舌は、もう後戻りできない)」
アルリックは、すぐさま返信を認めた。
内容は「現在は研究段階であり、安定供給にはエデンへのさらなる『資材支援』と『物流の優先権』が必要である」という、丁寧な交渉……実質的な経済支配の宣告だった。
「これでエデンの経済基盤はさらに強固になる。……さて、仕事の話はここまでだ」
***
アルリックが向かったのは、厨房の一角。
そこには、昨日のパフェで余ったマンゴーの「皮に近い部分」や、形が崩れた「規格外品」が山積みになっていた。
「……正規品は王族に高く売りつけ、僕たちは『一番美味しいところ』を工夫して食べよう」
アルリックは、マンゴーの果肉をミキサーで滑らかなペーストにし、そこに生クリームとゼラチン、そして少しのレモン汁を合わせた。
「マンゴーのムース……ですか?」
覗き込んできたカエデが尋ねる。
「……いや。もっと夏に向けた『仕込み』だよ。……これを凍らせて、シャーベット状にする」
アルリックは、完成したマンゴーベースを、先日作ったばかりの『冷凍庫』へと放り込んだ。
この濃厚な黄金の液体が、数ヶ月後の真夏に、天然氷と出会うことで最高のかき氷へと進化することになるのだが――この時の彼らはまだ、その涼味を知らない。
「……ふぅ。これでひと段落。……ガリン、次は移動手段の話をしようか」
アルリックの視線は、ガタガタと揺れる旧式の馬車へと向けられていた。美味しいものを食べるための、さらなる「快適な移動」。その執念が、後にエデンを爆走する「あの乗り物」の開発へと繋がっていくことになる。
【第3部:エデン国家運営編完】




