第68話 巨大温室の建造と、春を先取りするイチゴ大福
エデンにガスが引かれたことで、工房の熱量は以前の数倍に跳ね上がっていた。アルリックは、その安定した高火力を利用して、エデンの農業を次のステージへ進めることにした。
「……以前、プリンの耐熱瓶や、ラムネ瓶を作ったけれど、あれらはあくまで小さな魔導炉で一つずつ吹いて作る『容器』だった。でも、このガス炉の安定した火力なら、もっと広大な面積を覆うための建材が作れるはずだ」
アルリックが狙ったのは、歪みのない**「巨大な大判板ガラス」**の量産だった。
「(解像度を上げろ。……溶融した錫の上に、溶かしたガラスを浮かせて流す『フロート法』を、ガスの熱源で精密に再現する。気泡ひとつない、鏡のような透明な板を作るんだ)」
これまでは手作業に近い工程だったガラス製造が、ガス火という近代的なエネルギーを得たことで、工業的なスケールへと進化していく。次々と送り出される巨大な板ガラス。
これをドワーフのガリンたちが強固なフレームに組み込み、エデンの農地に、太陽の光を溜め込むクリスタルの宮殿が出現した。
――**『エデン魔導温室』**だ。
「……すごいですわ、アルリック様! 外はまだ雪が残っているのに、この中だけ春の陽だまりのようですわ!」
エレノアが驚くのも無理はない。温室の中はガスボイラーによる暖房と魔法の調湿により、完璧な「常春」が維持されていた。
「ここは季節を無視した『食の宝庫』になる。……よし、この区画にはイチゴを。そして隣の区画には、南方の国から取り寄せた『マンゴー』の苗を植えよう。この管理環境なら、夏には最高の果実が実るはずだ」
アルリックはそう言いながら、手際よく苗を配置していった。
それから数週間後。魔法の成長促進と温室の恩恵により、真っ赤に色づいたのは、大人の拳ほどもある立派なイチゴたちだった。
「さあ、初収穫だ。……でも、そのまま食べるだけじゃ芸がない。カエデさん、例の『あんこ』はあるかい?」
「うむ。小豆をじっくり炊き上げた、極上の粒あんがあるぞ。甘さは控えめ、豆の風味が活きた自信作でござる」
「よし。……じゃあ僕は、これを作ろう」
アルリックが取り出したのは、もち米の粉(白玉粉)と砂糖だ。
「餅……ですか? でも、餅は冷えるとすぐに硬くなってしまいますわよ?」
エレノアが心配そうに言う。普通の餅は、時間が経つとデンプンが老化してカチカチになるのが常識だ。
「だから、科学の力を使うんだ。砂糖には高い『保水性』がある。大量の砂糖を混ぜて加熱しながら練ることで、水分を逃がさず、いつまでも柔らかい餅……『求肥』を作る」
アルリックは蒸した餅に砂糖を加え、ガス火で一気に練り上げた。それは絹のように白く、吸い付くように柔らかい生地になった。
***
キッチンにて。いよいよ合体の時が来た。
手のひらに求肥を広げ、カエデの粒あんを丸めて乗せる。そして、その中心に、温室で採れたての完熟イチゴを鎮座させる。
キュッ、キュッ。
アルリックの繊細な指使いで、餅が優しく包み込まれていく。
「……完成だ。春を先取りする究極の和菓子、『イチゴ大福』だよ」
コロンとした白いドーム。その頂点から、うっすらと赤いイチゴの色が透けて見える。なんとも愛らしい姿だ。
「……美しい。雪の中に咲く椿のようだ。食べるのが惜しいほどでござるな」
カエデが溜息をつき、しかし誘惑に勝てず一口でパクリといった。
モニュ……。
吸い付くような柔らかい求肥が歯を受け止め、次の瞬間。
ジュワッ!!!
「…………ッッ!!」
カエデが目を見開き、フリーズした。
求肥の優しい甘さ。粒あんの力強い風味。そして、それらをすべて洗い流すような、イチゴの鮮烈な酸味と溢れ出す果汁!
「……あ、甘酸っぱい! なんだこの調和は!? 口の中が春爛漫でござる!」
「あんこの甘さが、イチゴの酸味を引き立てていますわ! これほど瑞々しいお菓子、食べたことがありませんわ!」
エレノアも頬を抑えて悶絶している。レオナルドも「餅なのに飲み物みたいにスルスル入るぜ!」と五個目を口に放り込んでいた。
「……ふぅ。甘いものの後の渋いお茶……これこそが人生の報酬だね。夏になれば、隣の区画のマンゴーも食べごろになる。楽しみにしていてよ」
アルリックは熱い緑茶を啜り、温室がもたらす豊かな食生活に満足げな微笑みを浮かべた。




