第67話 青い炎の魔石と、瞬間湯沸かし器
ある春の朝。
アルリックは洗面所の前で、腕組みをして苛立っていた。
「……遅い」
目の前には、蛇口から出る水を貯めた洗面器。
そこに、火魔法が付与された魔石を放り込んでいるのだが――。
「ぬるい。……38度になるまで、あと40秒もかかる」
現在のエデンの給湯システムは、タンクに貯めた水を薪や魔石で温める「貯湯式」だ。
これだと、お湯が切れた時に沸かし直す時間がかかるし、温度調整も難しい。
朝の洗顔は、QOLのスタートダッシュを決める重要な儀式だ。
そこで「待ち時間」が発生するなど、あってはならない。
「……欲しいのは、ひねった瞬間に適温のお湯が出るシステム。……『瞬間湯沸かし器』だ」
そのためには、薪のようなトロい熱源では足りない。
一瞬で水を熱湯に変える、爆発的なカロリー(熱量)が必要だ。
「……行くか。東の荒野へ」
***
エデンの東。
草木も生えない岩場が広がる『灼熱の荒野』。
そこは、地面の割れ目から可燃性のガス――『魔石ガス(天然ガスに近いメタン)』が噴出している危険地帯だ。
「……おいおい、大将。ここはやべぇぞ」
同行したドワーフの親方ガリンが、鼻をヒクつかせる。
「ガス臭ぇ。……ちょっと火花が散っただけで、ドカンといきそうだ」
「だからこそ、エネルギーの宝庫なんだよ。……このガスを配管でエデンまで引けば、各家庭で『青い炎』が使い放題になる」
アルリックは、ガスの噴出孔に近づこうとした。
その時。
ボッ!!!
突然、岩陰から真っ赤な炎が吹き出した。
「グルルルルッ……!」
現れたのは、全身が燃え盛る巨大なトカゲ。
体長4メートル。Bランク魔獣『ファイア・イーター(火食いトカゲ)』だ。
「出やがったな! こいつはガスを食って火を吐く厄介なヤツだ!」
レオナルドが盾を構える。
トカゲは、噴出孔から漏れるガスに引火させ、その「赤い炎」を美味しそうに吸い込んでいる。
そして、邪魔者であるアルリックたちに向かって、極太の火炎放射ブレスを放ってきた。
ゴオォォォォォッ!!
「熱っ!? 防御魔法が溶けるぞ!」
「……ふむ。……汚い燃やし方だ」
アルリックは冷静だった。
トカゲが吐いている炎は、ススが混じった濁った赤色。
これは「不完全燃焼」の証だ。
「酸素が足りていない。……あんな炭素だらけの炎じゃ、エネルギー効率が悪すぎるし、味も悪いだろうに」
アルリックは一歩前に出た。
「おい、トカゲくん。……そんな『生焼けの炎』で満足かい?」
「グルァ?(なんだと?)」
「僕が……本当の『美食(炎)』を教えてあげるよ」
***
アルリックは、風魔法で周囲の空気を集めた。
(解像度を上げろ。……メタン(CH4)と酸素(O2)の混合比を『1:2』に調整。……完全燃焼理論ストイキオメトリー)
彼はガスの噴出孔に、圧縮した酸素を送り込んだ。
そして、指先で着火する。
ボッ……!
生まれたのは、赤ではない。
透き通るような、美しい『青い炎』だった。
その温度は、1700度オーバー。
赤い炎(800度)とは次元が違う。
「……さあ、食べてごらん。これが不純物ゼロの、純粋な熱エネルギーだ」
アルリックが青い炎を差し出すと、トカゲは恐る恐る舌を伸ばした。
ジュッ。
パクッ。
「…………ッッ!!?」
トカゲの目が点になった。
「ギョエェェェェッ!!(う、美味すぎるぅぅぅッ!! 雑味がない! クリアでシャープな喉越し!)」
トカゲは感動のあまり、地面を転げ回った。
今まで食べていたススだらけの炎が、泥水に思えるほどの衝撃。
これぞ、ハイオク・ガソリンならぬ『ハイオク炎』だ。
「気に入ったかい? ……なら、僕と契約しよう」
アルリックはニッコリと笑った。
「君には、このガス田の『管理(番犬)』を任せる。……配管からガスが漏れないように監視し、たまにメンテナンス(着火)を手伝ってくれれば、毎日この『青い炎』を食べさせてあげるよ」
「ワンッ!!(やります! 一生ついていきます!)」
トカゲは即座に腹を見せて降伏した。
こうして、危険な魔獣は、エデンエネルギー公社の「初代工場長」として採用された。
***
数日後。
エデンの屋敷には、ガリンたちの手によってガス管が引き込まれていた。
洗面所には、銅製のコイルとバーナーを組み合わせた『小型湯沸かし器』が設置されている。
「……いくよ」
アルリックが蛇口をひねる。
ボッ!
カチカチカチ……シューッ。
内部で青い炎が点火し、銅管の中を通る水を瞬時に加熱する。
数秒後。
蛇口から出てきたのは――湯気を立てる、42度の完璧なお湯だった。
「……ふぅ。……これだ」
アルリックはお湯をすくい、顔を洗った。
温かい。
待ち時間ゼロ。
ストレスフリー。
「最高だ……。これで冬の朝も怖くない」
さらに、キッチンにも『ガスコンロ』が導入された。
今までの薪ストーブとは違い、火力をつまみ一つで調整できる。
トロ火も、強火も自由自在だ。
「すごいぜ大将! この火力なら、鉄板もすぐに熱くなる!」
「中華鍋も振れますわね!」
レオナルドとエレノアも大喜びだ。
ガスを手に入れたエデン。
高火力と、安定した熱源。
これが揃えば、アルリックが次に目指すのは――「食」だけではない。
そう、文明の象徴。
美しく、清潔で、透明な『器』の大量生産だ。
次回、ガラス工芸とビニールハウス!
イチゴ狩りの準備はできたか!?




