第65話 南の密林と、黄金のバナナボート
3月中旬。
エデンに春の日差しが降り注ぐ中、アルリックは屋敷のテラスで、ある「欠落感」に苛さいなまれていた。
「……足りない」
テーブルの上には、エレノアが作った最高級の『クロムウェル・ショコラ(溶かしたもの)』がある。
そして、冷凍庫には濃厚な『ミルクアイス』がある。
だが、何かが足りない。
パフェを作るための、最後のピース。
甘く、ねっとりとして、チョコレートと運命的な相性を持つ「黄色い果実」が。
「……バナナだ」
アルリックは立ち上がった。
「バナナがなければ、チョコバナナもパフェも完成しない。……これはQOLに関わる重大な危機だ」
「バナナ? なんだそれは?」
レオナルドが首を傾げる。
「南の国にある果物だよ。……よし、探しに行こう。宝の地図によれば、南の密林ジャングルにあるはずだ」
***
空間転移ゲート(短距離用)を乗り継ぎ、一行がたどり着いたのは、エデンから遥か南に位置する未開の密林地帯だった。
ムワッ……。
強烈な湿気と熱気が、肌にまとわりつく。
「あ、暑いですわ……! ドレスが張り付きます……!」
エレノアが扇子で仰ぐが、熱風が来るだけだ。
カエデも額の汗を拭う。
「ふぅ。……まるで蒸し風呂だな」
「……不快だ」
アルリックは眉をひそめた。
湿度80%超え。このジメジメした空気は、彼のQOLに対する冒涜だ。
「(解像度を上げろ。……周囲半径10メートルの空気を冷却・除湿ドライ。飽和水蒸気量をコントロールし、快適な『湿度40%』を維持)」
ヒュウウゥ……。
一行の周りだけ、高原のような爽やかな風が吹き始めた。
「ああっ! 涼しい! 生き返りますわ!」
「さすがアルリック殿。……移動式エアコンだな」
快適な環境を手に入れた一行は、密林の奥へと進む。
道なき道を、レオナルドが剣(ナタ代わり)で切り開く。
そして、大河のほとりにたどり着いた時だった。
「……あれだ!」
アルリックが指差した先。
巨大な木の房に、黄金色に輝く果実が鈴なりになっていた。
『ゴールデン・バナナ』。
糖度25度以上。皮が薄く、身がぎっしりと詰まった幻の品種だ。
「うおおっ! うまそうだ!」
レオナルドが駆け寄ろうとした、その瞬間。
キキッ! ウキキッ!!
樹上から無数の影が飛び降りてきた。
「……サルか!?」
現れたのは、手足の長い『エイプ・モンキー』の群れ。
彼らは手に石や木の実を持ち、威嚇している。
「キキッ!(俺たちのバナナに触るな!)」
「……言葉がわかるのか?」
「いや、雰囲気で。……どうやら、ここはこのサルたちの縄張りのようだね」
アルリックは冷静に分析する。
武力で奪うのは簡単だが、それではバナナが傷つく。
それに、今後の「定期輸入」を考えるなら、友好関係を結ぶべきだ。
「……交渉しよう」
アルリックはポケットから、あるものを取り出した。
銀紙に包まれた、黒い板。
『板チョコレート』だ。
「キッ?(なんだそれは?)」
ボスのサルが怪訝そうに見る。
アルリックは銀紙を剥き、パキッと割って、ひとかけらを放り投げた。
ボス猿がキャッチし、匂いを嗅ぎ、恐る恐る口に入れる。
モグモグ……。
カッッッ!!!!
ボス猿の目が、皿のように見開かれた。
「ウ、ウキィィィィッ!!(あ、甘ぁぁぁい!! なんだこの濃厚な旨味はぁぁぁッ!!)」
サルたちが騒然となる。
バナナも甘いが、カカオと砂糖の暴力的な甘さは別次元だ。
「……取引だ。このチョコをやるから、そのバナナを分けてくれないか?」
アルリックが板チョコを掲げる。
サルたちは顔を見合わせ、そして一斉に頷いた。
「ウキッ!(商談成立だ!)」
***
こうして、平和的にバナナを入手した一行。
だが、帰りの道中。
大河の流れを見て、アルリックの遊び心に火がついた。
「……せっかくだから、川下りをして帰ろうか」
「川下り? 船なんてありませんわよ?」
「作るんだよ。……この『バナナ』の形を見ていたら、閃いた」
アルリックは風魔法と強化樹脂(植物由来)を使い、巨大な黄色い物体を作り出した。
全長5メートル。
両端が反り上がった、まさにバナナそのものの形をしたボート。
『バナナボート(水陸両用)』だ。
「さあ、乗って!」
全員がバナナに跨またがる。
「いくよ! ジェット噴射!」
バシュウウウウッ!!
ボート後方から水流が噴き出し、バナナボートが川面を滑走し始めた。
「きゃあぁぁぁっ! 速いですわぁぁ!」
「うはははっ! これは楽しい!」
水しぶきを上げながら、密林の川を爆走する黄色いバナナ。
その上で、アルリックは収穫したばかりのゴールデン・バナナに、溶かしたチョコをたっぷりとかけた。
『採れたてチョコバナナ』の完成だ。
「はい、どうぞ」
風を切るボートの上で、全員がチョコバナナにかぶりつく。
パリッ……!
冷たい風で固まったチョコが砕ける音。
その中から、ねっとりと完熟したバナナの甘みが溢れ出す。
「……甘い! そしてチョコの苦味が合う!」
レオナルドが叫ぶ。
エレノアも、口の周りをチョコだらけにしながら満面の笑みだ。
「バナナ……こんなに美味しい果物でしたのね……!」
ブランも一本丸ごと頬張り、幸せそうに目を細めている。
こうして、エデンに新たな特産品「バナナ」と、新たなレジャー「バナナボート・クルーズ」が持ち帰られた。
だが。
春は出会いと別れの季節。
エデンに、予期せぬ「来訪者」の報告が入る。
それは、アルリックの実家――クロムウェル公爵家からの使者だった。




