表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法の解像度を上げたら、世界が快適になりすぎた  作者: 茗子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

63/110

第63話 勘違い勇者と、難攻不落の「おもてなし迷宮」

 エデンの正門前。

 そこには、殺気立った4人の影があった。

「……ここが魔王の住処か。空気が……異様に澄んでいる」

 先頭に立つのは、輝く聖剣を握りしめた金髪の青年、勇者アレックス。

 彼に従うのは、魔導師の少女、武闘家の男、そして聖職者の女性だ。

「報告によれば、この領主は『古龍』や『深海の魔王』を従え、謎の『黒い宝石チョコ』や『生魚(寿司)』で国民を洗脳しているとのこと。……許せん!」

 アレックスは正義感に燃えていた。

 彼は知らない。

 その「洗脳」が、単に「美味すぎて中毒になっているだけ」だということを。

「いくぞ! 魔王アルリックを討ち、民を解放する! 突撃ぃぃぃッ!!」

 勇者パーティが、エデンの敷地内へと雪崩れ込んだ。

        ***

 彼らが最初に足を踏み入れたのは、アルリックが管理する「地下遺跡ダンジョン」の入り口だった。

 エデンの地下には、かつての転生者が遺した広大な迷宮が広がっている。

 アルリックは最近、ここを「ある目的」のために改装していた。

「……暗いな。罠に気をつけろ」

 魔導師が杖を掲げる。

 すると、前方の暗闇から「ポヨヨン……」という不気味な音が響いてきた。

「魔物だ! 構えろ!」

 現れたのは、青く透き通った不定形の怪物――『スライム』の大群だった。

 だが、通常のスライムとは様子が違う。

 やけに艶があり、四角い形状に整列している。

「食らえ、聖剣スラッシュ!」

 アレックスが先頭のスライムに斬りかかる。

 しかし。

 ボヨンッ!!

「な、なにっ!?」

 剣が弾かれたのではない。

 剣がスライムに沈み込み、その衝撃を完全に吸収してしまったのだ。

「……ふふ。無駄だよ、勇者くん」

 迷宮のスピーカーから、アルリックの声(録音)が響く。

『そいつらは、ただのスライムじゃない。品種改良と魔力調整を行い、体液の粘度と弾性を極限まで高めた『低反発スライム(高密度ウレタン構造)』だ』

「て、低反発……だと!?」

 次の瞬間、スライムたちが一斉に襲いかかってきた。

 攻撃ではない。

 勇者たちの身体を、優しく包み込みに来たのだ。

「うわっ!? なんだこの感触は!」

「柔らかい……! でも、沈み込みすぎない絶妙な反発力!」

 武闘家と聖職者が、スライムの山に倒れ込む。

 それはまるで、極上のソファ。

 あるいは、母の胎内に戻ったかのような安心感。

「……だ、だめだアレックス! これ……立てない! 気持ち良すぎて、腰の力が……!」

「腰痛が……治っていく……!」

 これが、アルリックが開発した『人をダメにするクッション(スライム製)』の魔力だ。

 彼らの戦意ストレスは、物理的な心地よさによって急速に溶かされていく。

「くっ、なんて恐ろしい罠だ! みんな、惑わされるな! ……ん?」

 アレックスが踏ん張ろうとした時、鼻先をくすぐる「香り」が漂ってきた。

        ***

 それは、バターと小麦が焦げる、暴力的なまでに芳醇な香りだった。

「こ、この匂いは……!?」

 魔導師の少女が杖を取り落とす。

 迷宮の奥から、ワゴンを押したスケルトン(給仕服着用)が現れた。

 ワゴンには、焼きたての山盛りパンが積まれている。

『ようこそ、エデンへ。……ちょうど『クロワッサン』が焼き上がったところだ』

 アルリックの声が解説する。

『層の数は27層。生地の間に織り込んだ発酵バターが、高温の窯で溶けて生地を揚げ焼きにする。……サクサクの食感と、ジュワッと溢れるバターの洪水を楽しんでくれ』

「毒だ! 毒が入っているに違いない!」

 アレックスが叫ぶが、魔導師の少女はすでにフラフラとワゴンに近づいていた。

「で、でも……鑑定魔法では『毒なし』って……それに、この黄金色……!」

 彼女はクロワッサンを手に取り、齧かじりついた。

 サクッ……。

 迷宮に響く、軽やかな破砕音。

「…………ッ!!」

 少女の目からハイライトが消えた。

「おいしい……! なにこれ、空気を食べてるみたいに軽いのに、バターが濃厚……!」

「なっ、魔法使い! しっかりしろ!」

「もう無理よアレックス……私、ここで暮らす……このパンとスライムがあれば、もう何もいらない……」

 彼女はスライムクッションに沈み込みながら、クロワッサンを頬張り始めた。

 武闘家も聖職者も、すでに「骨抜き」にされている。

 残るは、勇者アレックスただ一人。

「お、おのれ魔王……! 仲間を堕落させるとは、なんと卑劣な!」

 彼は涙目で聖剣を構え、最奥の扉を開けた。

 そこには――。

 コタツに入り、ミカンを剥いている黒髪の青年アルリックと、その膝で丸くなる白い小動物ブランの姿があった。

「やあ。いらっしゃい」

 アルリックは穏やかに微笑んだ。

「……君が最後のお客さんだね。勇者アレックスくん」

「き、貴様が魔王アルリックか! 覚悟ぉぉぉッ!」

 アレックスが斬りかかる。

 しかし、アルリックは動かない。

 ただ、コタツの天板をポンと叩いただけだ。

「……まあ、座りなよ。外は寒かっただろう?」

 瞬間。

 アレックスの足元の床がスライドし、強制的に「掘りごたつ」の足場が出現した。

「うわっ!?」

 体勢を崩した彼は、そのままコタツの中へと吸い込まれた。

 ぬくぬく……。

 遠赤外線の魔石による、深部まで届く温熱効果。

 冷え切った勇者の足を、優しく包み込む。

「……あ、あったかい……」

「ミカンもあるよ。……この白くて甘い『スジ』も栄養があるからね」

 アルリックが剥いたミカンを差し出す。

 アレックスは、抗うことができなかった。

 本能が、剣を捨ててミカンを受け取らせたのだ。

 パクッ。

 甘酸っぱい果汁が広がる。

 足元はポカポカ。背中にはスライムクッション。

「……俺は……俺は……」

 勇者の目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

「……こんなに暖かい場所で、戦う意味なんてあるのか……?」

「ないよ」

 アルリックは断言した。

「戦いは、QOLを下げるだけだ。……君も、ここでゆっくりしていけばいい。美味しいご飯と、温かいお風呂を用意するよ」

 カラン……。

 聖剣が床に落ちた音。

 それは、勇者が「エデンの住人」に堕ちた音でもあった。

 こうして、エデンを襲った最大の危機(?)は、一滴の血も流れることなく、バターとミカンの香りに包まれて去っていった。

 

 次回、ダンジョン牧場化計画!

 勇者たちを労働力に加え、スライム・クッションを世界へ輸出せよ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ