表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法の解像度を上げたら、世界が快適になりすぎた  作者: 茗子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/110

第62話 銀シャリの酢飯と、幻の巨大マグロ

 クラーケン・ロードが給仕を務める『回転寿司・海王丸』は、連日満員御礼の大盛況だった。

 新鮮なネタ、炊きたての銀シャリ、そして魔王のパフォーマンス。

 だが、その喧騒の中で、一人だけ浮かない顔で茶を啜すすっている人物がいた。

「……惜しい」

 カエデだ。

 彼女はカウンターに肘をつき、目の前を流れるマグロの皿を睨みつけている。

「……アルリック殿。ネタは最高だ。西の海で獲れた『グラン・ツナ』の大トロ、文句のつけようがない」

「じゃあ、何が不満なの?」

 アルリックが尋ねると、カエデは箸でシャリ(酢飯)を突いた。

「シャリが『重い』のだ」

「重い?」

「うむ。……寿司とは、ネタとシャリの調和ハーモニー。口に入れた瞬間、ネタの脂が溶けると同時に、シャリが雪のように解ほぐれ、混ざり合わねばならん。……今の握りは、米粒同士がくっつきすぎて、団子になっている」

 手で握る以上、どうしても力が入る。

 素人のアルリックや、力を込めすぎるカエデでは、どうしても「おにぎり」寄りになってしまうのだ。

「……なるほど。口の中で解ける『空洞率』か」

 アルリックは納得した。

 一流の職人が握る寿司は、米粒の間に絶妙な空気が含まれているという。

 それを再現するには、指先の感覚を数十年鍛えるか――あるいは。

「……魔法で解決しよう」

        ***

 アルリックは厨房に入り、酢飯の入った桶おけの前に立った。

 カエデが切り出した、最高級の『大トロ(蛇腹)』を左手に取る。

 そして右手で、シャリを掴む。

(解像度を上げろ。……米粒の一つ一つをスキャン。デンプンの粘り気を計算し、粒同士の接点だけを最小限の圧力で繋ぐ)

 アルリックの手が青白く輝く。

「――エアリー・グリップ(空気の握り)」

 彼がイメージしたのは、風船だ。

 米粒の間に、極小の『風のクッション』を発生させる。

 外側はしっかりと形を保ちつつ、内側は重力に逆らうようにふんわりと浮かせる。

 キュッ、と一回だけ握る。

 形は崩れない。だが、その内部構造は、蜂のハニカムのように理想的な空間で満たされている。

「……できた。カエデさん、食べてみて」

 差し出された一貫。

 見た目は変わらない。だが、皿に置かれた瞬間、シャリが「ふぅ……」と息をするように、わずかに沈み込んだ。

「……沈んだ? 空気が抜けたのか?」

 カエデがおそるおそる箸を伸ばす。

 崩れそうで、崩れない。絶妙なバランス。

 口に運ぶ。

 舌に乗せ、上顎で軽く押し当てた、その瞬間。

 ――ハラリ……。

「…………ッッ!!」

 カエデの時が止まった。

(解けた……! 噛む前に、シャリが弾けた!)

 口の中で、米粒が一斉に散らばる。

 そこに、体温で溶け出した大トロの濃厚な脂が絡みつく。

 酢の酸味と、脂の甘み、そして一粒一粒が主張する米の旨味。

 それらが渾然一体となり、喉の奥へと消えていく。

「……んんっ……! これだ……これぞ『神の握り』……!」

 カエデは震えながら咀嚼そしゃくし、飲み込んだ後、深く深く息を吐いた。

「……完璧だ、アルリック殿。……もはや、拙者の国の名店をも凌駕している」

「よし。じゃあ、これを量産しよう」

 アルリックは、この「エアリー・グリップ」の術式を、クラーケン・ロードの触手に付与エンチャントすることにした。

「え、ワガハイが握るのか?」

「君の触手なら、10本同時に握れるだろう? ……さあ、頼んだよ、店長」

 こうして、「魔王が握る、空気のような寿司」が誕生した。

        ***

 その夜。

 店は大盛況を超えて、狂乱の宴となっていた。

「うめぇぇぇッ!! なんだこのトロは! 飲み物か!?」

 レオナルドが皿を積み上げる。

「あら、白身タイも美味しいですわ! この『エンガワ』のコリコリした食感と、ポン酢の香りが……!」

 エレノアも、聖女の品格ギリギリのペースで食べている。

 国王も、熱燗を片手に赤身を頬張り、「長生きはするもんじゃ……」と涙ぐんでいる。

 クラーケン・ロードも、自分の報酬まかないマグロをもらうたびに、「……悪くない。人間界も悪くないぞ」と満更でもない様子だ。

 エデンの食文化は、ついに海を制覇した。

 しかし。

 そんな平和なエデンに、またしても「勘違い」をした訪問者が近づいていた。

 場所はエデンの正門前。

 きらびやかな鎧に身を包んだ、いかにも「正義」な集団が立っていた。

「……ここが、魔王の住処か」

 先頭に立つのは、聖剣を背負った金髪の青年。

 王国から派遣された『勇者』である。

「噂では、古龍を従え、深海の魔王を使役し、国民を謎の魔薬(チョコや寿司)で洗脳している極悪人がいると聞いたが……」

 勇者は剣を抜いた。

「待っていろ、捕らわれの人々よ! この勇者アレックスが、魔王アルリックを討ち取ってくれる!」

 次回、勇者襲来!

 でも、エデンは「魔王城」じゃなくて「おもてなし迷宮」だった!?

 勇者の心を折る(とろけさせる)、最強のトラップが発動する!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ