第61話 深海の魔王と、回転寿司ゴーレム
西の海。
アルリックたちの船は、巨大な触手によって締め上げられ、ミシミシと悲鳴を上げていた。
「……愚かな人間どもよ。我が海を荒らした罪、万死に値する」
海面から頭を出した『クラーケン・ロード』が、黄金色の瞳で睥睨する。
その触手一本一本が、大木のような太さだ。まともに戦えば、船ごと海の藻屑になる。
「アルリック! 斬るぞ! 刺身にしてやる!」
レオナルドが大剣を構えるが、足場が不安定で踏ん張りが効かない。
だが、アルリックは冷静にクラーケンの触手を見つめていた。
(……8本……いや、10本か。長さはそれぞれ20メートル。……関節の自由度が高く、吸盤による把持力はじりょくも強い)
彼の脳内で、ある「設計図」が組み上がった。
「……ねえ、タコさん(イカかな?)。君、手がたくさんあって便利そうだね」
「……あ? 何を言っている? 命乞いなら……」
「取引をしよう。……僕たちは今、最高に美味い『マグロ』を持っている。これを君にも振る舞おう」
アルリックは、保冷庫から神経締めしたばかりのマグロの一部を取り出した。
「その代わり……もし気に入ったら、僕の店で『アルバイト』をしてくれないか?」
「……あるばいと、だと?」
***
クラーケンは半信半疑ながらも、触手を緩めた。
アルリックはすかさず、船上で「マグロの解体ショー」を始めた。
カエデが『魔刀・柳』を振るう。
スパァァァン!!
巨大な魚体が、美しいブロック(サク)へと切り分けられる。
アルリックが選んだのは、脂が最も乗った腹身――『大トロ』だ。
これをエデンから持参した『酢飯(人肌温度)』で握る。
(解像度を上げろ。……シャリの中に適度な空洞エア・ポケットを作る『本手返し』。口に入れた瞬間にほどける固さ)
キュッ、と握る。
ネタを乗せ、刷毛はけで煮切り醤油を一塗り。
ピンク色の身に、艶やかな醤油が輝く。
「……食ってみろ。深海の王よ」
アルリックが皿を差し出すと、クラーケンは器用に触手でつまみ上げ、巨大な口へ放り込んだ。
――モグッ。
「…………ッッ!!?」
海が震えた。
「な、なんだこれはぁぁぁッ!!」
クラーケンが絶叫した。
「と、溶ける! 脂が甘い! そしてこの酸っぱい米が、脂の重さを消し去り、旨味だけを増幅させている! ……これが、料理というものか!?」
彼は今まで、魚を生で丸呑みしていただけだった。
「調理」された魚の味は、魔王の価値観を根底から覆した。
「気に入ったかい? ……エデンに来れば、これが食べ放題だよ。……ただし」
アルリックはニヤリと笑った。
「働かざる者、食うべからず。……手伝ってくれるね?」
「……うぐぐ。……背に腹は変えられん。……その『あるばいと』とやら、やってやろうではないか!」
***
数日後。
エデンに新たな施設がオープンした。
その名も――『回転寿司・海王丸』。
店の中心には巨大な生け簀すがあり、そこになんと、クラーケン・ロードが鎮座している。
彼の10本の触手には、それぞれ「平らなお盆」が握られている。
「へい、らっしゃい! 大トロ一丁!」
板場に立つアルリックとカエデが寿司を握り、それをクラーケンの触手のお盆に乗せる。
すると――。
グルルルル……。
クラーケンが触手を器用に動かし、カウンター席の客の目の前へ、寿司を滑るように運んでいく。
ベルトコンベアではない。
『バイオ・コンベア(魔王製)』だ。
「うおっ!? タコの足が寿司を持ってきたぞ!」
「ヒィィッ! でも……美味そう!」
客のドワーフやエルフたちは最初こそビビっていたが、目の前に届いた大トロの輝きに抗えず、皿を取る。
パクッ。
「うめぇぇぇッ!!」
歓声が上がると、クラーケンはまんざらでもない顔で鼻(?)を鳴らした。
「……ふん。もっと食え人間ども。……空いた皿はここへ返せ」
彼は別の触手で空き皿を回収し、さらに別の触手で湯呑みにお茶を注ぐ。
マルチタスクの極みだ。
しかも、彼は報酬として、10皿運ぶごとにマグロを一貫もらえる契約になっている。
「へい、お待ち! ……次こそ、ワガハイの分だろうな?」
「はいはい。……ほら、中落ち軍艦だよ」
パクッ。
「……美味い」
深海の魔王は、すっかり「エデンの寿司職人(ホール係)」として馴染んでしまった。
こうして、エデンに「回転寿司」という食のエンターテインメントが誕生した。
新鮮な魚、極上の酢飯、そして魔王による接客。
連日大行列の人気店となり、王都からも「動くタコの店があるらしい」と噂を聞きつけた客が殺到することになる。
物流と提供システムを確立したアルリック。
だが、寿司の道はまだ終わらない。
西の海の主を仲間にした今、次なる目標は――「幻の巨大マグロ」をさらに美味しく食べるための『究極のシャリ』の追求だ。
次回、銀シャリの真髄!
風魔法で空気を含ませた「神の握り」が炸裂する!




