第60話 西の海と、鮮度を止める「神経締め」
エデンのメインストリートが黒いアスファルトで舗装されてから数日。
その滑らかな道の上に、一台の奇妙な馬車が停まっていた。
白く塗装された四角い箱のような車体。窓はなく、壁が異様に分厚い。
「……アルリック殿。これは囚人を護送する檻か?」
カエデが怪訝けげんそうに車体を叩く。
コンコン。
重く、詰まった音がした。
「違うよ。……これは『冷蔵馬車(クール便)』だ」
アルリックは誇らしげに扉を開けた。
プシュウウウ……。
冷たい白煙が足元に流れ出る。
中はひんやりとした冷気に満ちていた。
「壁の中に『真空断熱パネル』を仕込み、天井には氷魔法の魔石を埋め込んである。……外が炎天下でも、中は常にマイナス2度をキープできる」
「なんと……! 移動する雪山か!」
「そう。……これがあれば、遠くの海の魚を『生』のまま持ち帰れる」
カエデの目が、刀の如く鋭く光った。
生魚。
内陸のエデンでは絶対に食べられない、禁断の果実。
「……行くぞ、アルリック殿! 西の海へ! 拙者の魂(胃袋)が、マグロを求めて震えている!」
***
アスファルトの恩恵は絶大だった。
以前なら泥に足を取られ、三日かかった西の海までの道のりを、アルリックの『クール便』は半日で走破した。
サスペンションとゴムタイヤのおかげで、振動もほぼゼロだ。
「……海だ!」
レオナルドが叫ぶ。
水平線の彼方まで広がる、深い群青色の海。
潮の香りが鼻をくすぐる。
一行は、現地の漁師から借りた船(アルリックが魔導エンジンを付けて高速化した)で沖へと出た。
「狙うは、海の黒いダイヤ……『クロマグロ(に似た巨大魚)』だ」
アルリックが魚群探知魔法ソナーを展開する。
カエデとレオナルドは、極太の釣り竿を構えて殺気立っている。
その時。
ガツンッ!!
船が大きく揺れた。
「き、来たァァァッ!! デカいぞ!!」
カエデの竿が満月のようにしなる。
海面が盛り上がり、黒鉄くろがねのような背びれが水を切った。
体長3メートル。重量300キロ超。
Sランク魔獣『グラン・ツナ(大王マグロ)』だ。
「逃がすかァァァッ!! 居合・釣り針!」
カエデが物理法則を無視した剣技(?)で竿を操る。
レオナルドも加勢し、二人がかりで怪物を船上に引きずり上げた。
ドズゥゥゥン!!
甲板で暴れまわる巨大魚。
尾びれの一撃は、鉄板すらひしゃげさせる威力だ。
「やった! 叩き殺して大人しくさせるぞ!」
レオナルドが剣の柄を振り上げる。
「待てェェェッ!!」
アルリックが悲鳴に近い声で止めた。
「暴れさせるな! 叩くな! ……魚がストレスを感じると、体温が上がって『身焼け』を起こす! ATP(旨味の元)が乳酸に変わって酸っぱくなるんだ!」
「ええっ!? じゃあどうすりゃいいんだよ!?」
「……僕がやる。……『神経締め』だ」
***
アルリックは、暴れるマグロの眉間みけんに手をかざした。
(解像度を上げろ。……脳の位置を特定。即死させる)
「――ニードル・ショット」
プシュッ。
風の針が脳幹を正確に貫いた。
マグロの動きがピタリと止まる。
だが、これで終わりではない。心臓は止まっても、脊髄せきずいは生きている。そこから「死んだ」という信号が筋肉に送られると、死後硬直が始まってしまうのだ。
「カエデさん、ワイヤーを!」
「心得た!」
カエデが手渡した形状記憶合金のワイヤーを、アルリックはマグロの神経穴に差し込んだ。
「……ごめんよ。美味しく食べるためだ」
シュルルルル……。
ワイヤーが背骨の中を走り、脊髄を破壊する。
その瞬間。
ドクン。
マグロの魚体の色が、サァァァッと鮮やかな色に変わった。
全身の筋肉がリラックスし、死後硬直が遅延される。
これが、現代の鮮魚技術の極致『神経締め』だ。
「……すげぇ。色が、生きてる時より綺麗になったぞ」
「これで鮮度は『今この瞬間』で固定された。……エデンに持ち帰っても、釣りたての味が楽しめる」
アルリックは額の汗を拭った。
すぐに血抜きを行い、氷水で冷やし込む。
完璧な処理だ。
これで、極上の「大トロ」「中トロ」が約束された。
「……アルリック殿。拙者は今、猛烈に感動している」
カエデが涙ぐんでマグロを撫でている。
「命を奪う技術ではない。……命の輝きを、永遠に留める技術か。……見事だ」
「さあ、積もう。……冷蔵馬車へ!」
一行は、巨大なマグロを担いで港へ戻ろうとした。
だが。
海はまだ、彼らを帰すつもりはなかったらしい。
ザバァァァァァッ!!
突然、海面が沸騰したように泡立った。
船の数倍はある巨大な触手が、ヌルリと海中から現れ、アルリックたちの船を絡め取った。
「……まだだ。まだ帰さんぞ、人間ども」
深海から響くような、ドスの効いた声。
現れたのは、タコともイカともつかない、王冠を被った巨大な軟体魔獣。
西の海の支配者、『クラーケン・ロード(魔王種)』だった。
「……貴様ら、我が庭で勝手に釣りをして……タダで帰れると思うなよ?」
絶体絶命のピンチ。
だが、アルリックの目は死んでいなかった。
むしろ、その触手を見て、ある「画期的なアイデア」を閃いてしまったのだ。
(……あのたくさんの足。……あれを使えば、皿を運ぶ手間が省けるんじゃないか?)
次回、深海の魔王がアルバイト!?
エデン初の「回転寿司」システムが稼働する!




