第59話 泥濘(ぬかるみ)知らずの道路と、魔法のアスファルト
3月上旬。
エデンの気温が上がり、積もっていた雪が一気に溶け始めた。
それは春の訪れを告げる喜びであると同時に、エデンの住人たちにとっては「憂鬱」の始まりでもあった。
「……あーあ。またドロドロだ」
騎士レオナルドが、玄関先で泥だらけになったブーツを脱ぎながら溜息をつく。
エデンのメインストリートは、これまで土のままだった。
乾燥している時は良いが、雪解け水や雨を含むと、底なし沼のような「泥濘」と化す。
馬車の車輪は埋まり、歩けば靴が汚れ、跳ねた泥がズボンの裾を汚す。
ベチャッ。
レオナルドが歩くたびに、廊下に茶色い足跡がつく。
「……ストップ」
リビングから、冷徹な声が響いた。
アルリックだ。彼は無言で指を鳴らし、風魔法でレオナルドの足を洗浄(高圧洗浄)した。
「うわっ!? 冷てぇ!」
「……許せない。この『泥』という存在が、僕の快適な住環境を脅かしている」
アルリックの目は据わっていた。
せっかくのモダンな邸宅も、外から泥を持ち込まれては台無しだ。
それに、泥道は物流を遅らせる。
先日、王都へ出荷しようとしたチョコレートの馬車が、泥にハマって半日動けなかったという報告も上がっている。
「……舗装しよう。それも、ただの石畳じゃない。……『水たまりができない道』を作る」
***
翌日。
アルリックは、ドワーフの親方ガリンと、土木作業が得意なゴーレム部隊を引き連れてメインストリートに立っていた。
「舗装たぁ、石を敷き詰めるのか? だが、石畳は隙間から草が生えるし、凸凹して馬車の乗り心地が悪くなるぞ?」
ガリンが首をかしげる。
「違うよ。……今回作るのは『アスファルト』だ」
アルリックが用意したのは、地下遺跡の奥深くから湧き出ていた黒い粘着質の液体――『原油(に近い魔力物質)』と、川原で採取した砂利や砕石だ。
「この黒い油を接着剤にして、石を固める。……ただし、普通の舗装じゃない」
アルリックは図面を広げた。
「(解像度を上げろ。……目指すは『透水性ポーラスアスファルト』だ)」
通常のアスファルトは水を弾くため、水たまりができやすい。
だが、骨材(石)の粒度を調整し、あえて「隙間(空隙)」を多く残すことで、雨水を地中へと素早く逃がす構造にするのだ。
「作業開始! ……まずは路盤を固める!」
ズズズズズ……!
土魔法で地面を掘り下げ、砕石を敷き詰める。
そして、ここからが魔法の出番だ。
「――重力操作グラビティ・プレス。……転圧!」
ギュウゥゥゥゥン!!
重機はない。
代わりに、アルリックは局所的に重力を10倍にし、地面を鋼鉄のように締め固めた。
完璧な水平。
凹凸一つない路盤が出来上がる。
「次は舗装材だ! ……加熱ミックス!」
巨大な釜で、砂利とアスファルトを160度に熱しながら混ぜ合わせる。
辺りに、あの独特な――コールタールの焦げたような、都市の匂いが漂う。
「……くさい! なんだこの匂いは!」
レオナルドが鼻をつまむが、アルリックにとっては「文明の香り」だ。
熱々の混合物を道路に敷き広げ、再び重力魔法で平らに均ならす。
ジュゥゥゥ……。
黒く、平滑で、継ぎ目のない「一本の帯」が、エデンの街を貫いた。
***
数時間後。
冷えて固まった道路の上に、アルリックたちは立っていた。
「……完成だ。これこそが『ハイウェイ』だよ」
「すげぇ……。真っ平らだ。鏡みてぇだぞ」
ガリンがブーツで踏みしめる。
カツ、カツ。
硬く、歩きやすい。泥の感触はどこにもない。
「でも、雨が降ったら滑るんじゃありませんこと?」
日傘を差したエレノアが心配そうに言う。
「ふふ。……見ていて」
アルリックは、バケツ一杯の水を用意し、道路にぶちまけた。
バシャァッ!!
水が黒い路面に叩きつけられる。
本来なら水たまりになるはずだ。
だが――。
シューーーーーッ……。
水は一瞬で路面に吸い込まれ、消えてしまった。
「……えっ!?」
「消えた!? 魔法ですか!?」
エレノアと住民たちがどよめく。
「これが『透水性』だ。……水は路面の下を通って、側溝へと流れる。だから、表面は常にドライだ。泥ハネもしないし、滑らない」
「……魔法だ。これこそ魔法の道だ!」
人々が歓声を上げる。
早速、荷物を満載した馬車が通ってみる。
ゴロゴロ……ではなく、サーーーッという滑らかな走行音。
揺れない。泥に足を取られない。
「軽い! いつもの半分の力で引けるぞ!」
御者が驚く。
これなら、王都までの輸送時間が大幅に短縮される。
「……ふぅ。これで靴が汚れずに済む」
アルリックは満足げに、黒く輝く道路を見つめた。
エデンのインフラは、これで一気に近代化した。
だが、道が良くなれば、次は「運ぶもの」の質を上げたくなるのが人情だ。
特に、遠くの海から「生魚」を運ぶためには、ただの馬車では不十分だ。
次回、物流革命・第二弾!
冷えたまま運ぶ『冷蔵馬車(クール便)』の開発と、ついに西の海へ――!
そこには、巨大な「アレ」が待ち受けていた。




