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魔法の解像度を上げたら、世界が快適になりすぎた  作者: 茗子


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第58話 愛の結晶構造と、国家を揺るがすチョコレート

 2月14日。

 エデンの屋敷のキッチンは、朝から甘く、少し焦げたような香りに包まれていた。

「……うまくいきませんわ」

 エプロン姿のエレノアが、ボウルの中の黒いドロドロとした液体を睨みつけている。

 彼女が作ろうとしているのは『チョコレート』だ。

 先日、南方の交易船から手に入れた「カカオ豆」。それを焙煎し、すり潰して砂糖と混ぜたものだが――。

「ザラザラしていますし、固まると白く変色してしまいますの(ブルーム現象)。……これでは、アルリック様に差し上げるわけには……」

 彼女はため息をついた。

 今日は、アルリックが教えた「バレンタイン」という異国の風習の日。

 日頃の感謝(と愛)を込めて、極上のお菓子を贈ろうと奮闘していたのだが、カカオの扱いは魔法よりも難しかった。

「……おや、いい匂いがするね」

 そこへ、寝癖のついたアルリックが欠伸をしながら入ってきた。

「あ、アルリック様!? み、見ないでくださいまし! まだ失敗作ですの!」

 エレノアが慌ててボウルを背中に隠す。

 アルリックは鼻をヒクつかせ、状況を一瞬で理解した。

「……なるほど。チョコレートの『テンパリング(温度調整)』で苦戦しているんだね?」

「テンパリング……?」

「そう。チョコレートは科学だ。……ただ溶かして固めるだけじゃ、あの『口溶け』は生まれないんだよ」

        ***

 アルリックはエレノアの隣に立ち、ボウルを受け取った。

「見ていて。……カカオバターの結晶構造を、強制的に整列させる」

 彼の瞳が青く輝く。

(解像度を上げろ。……目指すは『V型結晶』。融点33.8度。室温ではパキッと割れ、口に入れた瞬間に溶け出す、奇跡の構造だ)

 アルリックは魔力でボウルの温度を精密にコントロールし始めた。

 50度で完全に溶かし、結晶をリセット。

 27度まで下げて、不安定な結晶を析出させる。

 そして、32度まで再加熱し、安定したV型結晶だけを残す。

「――構造固定ロック」

 ドロドロだった液体に、美しい光沢ツヤが生まれた。

 それを型に流し込み、冷やし固める。

「……完成だ。食べてみて」

 出来上がったのは、宝石のように輝くダークブラウンの一粒。

 エレノアはおそるおそる、それを口に運んだ。

 カリッ。

 小気味よい音が響く。

 その直後。

「…………ッ!!」

 エレノアの碧眼が見開かれた。

(き、消えた……!?)

 舌に乗せた瞬間、体温(36度)に反応して、固形だったチョコが滑らかな液体へと変化したのだ。

 ザラつきは一切ない。

 カカオの芳醇な香りと、砂糖の甘みが、シルクのように喉を撫でていく。

「……んんっ……! なんですの、この食感は……! 魔法ですわ! 口の中で恋がとろけるようですわ……!」

 彼女はうっとりと頬を染めた。

 これこそが、アルリックの求めたQOL。

 不快なザラつき(ノイズ)を排除した、完璧な嗜好品だ。

「成功だね。……これを可愛くラッピングすれば、立派な贈り物になるよ」

「は、はい! ……あ、あの、アルリック様。これ、第一号は貴方に……」

 エレノアがモジモジしながら差し出そうとした、その時。

 バンッ!!

 キッチンのドアが勢いよく開いた。

「アルリック殿ぉぉぉッ!! 今の香りは何だぁぁぁッ!!」

 血走った目で飛び込んできたのは、商業ギルドの長、カルロだった。

 彼は湯治のためにエデンに滞在していたのだが、鼻が利く商人は「金になる匂い」を逃さなかった。

「この艶! この香り! ……間違いない、王都の貴婦人たちが血眼になって求めている『幻の菓子』だ!」

 カルロは試食用のチョコをひったくり、口に放り込んだ。

 瞬間、彼の脳内で計算機が弾け飛んだ。

「……売れる。……これは、国が傾くほど売れるぞ!!」

        ***

 数日後。

 王都の社交界は、パニックに陥っていた。

 エデンから出荷された新商品『クロムウェル・ショコラ』。

 「愛を叶える奇跡の宝石」というキャッチコピーと共に売り出されたその菓子は、一粒で金貨一枚という高値にもかかわらず、瞬殺で完売した。

「……くっ。手に入らない! 妻に頼まれたのに!」

「私の本命チョコが! エデンへ行けば買えるの!?」

 王城の前には、チョコを求める貴族たちの行列ができ、経済効果は計り知れないものとなっていた。

 一方、エデンの屋敷では。

「……ふぅ。やっと静かになりましたわ」

 大量の出荷作業を終えたエレノアが、小さな包みをアルリックに渡した。

「……これ。わたくしの『本命』ですわ。売っているものとは、あま〜くしてありますのよ?」

「ありがとう、エレノア様」

 アルリックが受け取ると、横からレオナルドと国王が「ワシらのは!?」「俺の義理チョコは!?」と騒ぎ立てる。

 エデンのバレンタインは、甘い香りと騒がしい笑顔に包まれて過ぎていった。

 だが。

 このチョコレート革命による莫大な利益と、エデンの急速な発展は、ついに「ある問題」を浮き彫りにすることになる。

 それは、増えすぎた人口と物資による「ゴミ問題」と「インフラ不足」だった。

 次回、春の泥濘ぬかるみと戦え!

 アルリックの土木魔法が唸る「アスファルト舗装」作戦!

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