第57話 極寒のワカサギ釣りと氷上の天ぷら
節分の豆まきから数日後。
エデンの近郊にある湖は、厚い氷に覆われ、白銀の世界となっていた。
吐く息が白く凍る、マイナス10度の極寒。
だが、そんな氷の上に、奇妙な集団がいた。
「……寒いですわ。アルリック様、こんなところで何をしますの?」
モコモコの毛皮(イエティ製)に包まれたエレノアが、鼻を赤くして尋ねる。
アルリックは、氷の上にドリル状の魔力杭を突き立てながら答えた。
「冬の味覚を狩るんだよ。……この氷の下には、今しか食べられない『妖精』がいるんだ」
「妖精?」
「そう。……『ワカサギ』だ」
***
ガガガガガッ!!
アルリックが土魔法で氷に直径15センチほどの穴を開ける。
覗き込むと、黒く透き通った水面が見えた。
「……ほう。穴釣りか。……これはまた、風流な遊びだな」
カエデが興味深そうに覗き込む。彼女は寒さなど意に介さず、腕まくりをしてやる気満々だ。
「ルールは簡単。この極細の糸を垂らして、繊細なアタリに合わせて引き上げる。……力任せじゃ釣れないよ、レオナルド君」
「へっ! 俺の動体視力なら余裕だぜ!」
レオナルドが豪語して糸を垂らす。
全員で、氷上の穴を囲んで座り込む。
シーン……。
静寂。
時折、氷がきしむ音だけが響く。
クンッ。
アルリックの竿先がわずかに揺れた。
「……よし」
手首のスナップだけで軽く合わせる。
キラキラと光る銀色の小魚が、氷上に舞い上がった。
体長10センチほどの、透き通るように美しいワカサギだ。
「釣れた! ……さあ、ここからが僕の魔法の見せ所だ」
アルリックは、釣れたばかりのワカサギを、用意していた水槽に入れた。
だが、ただの水槽ではない。
(解像度を上げろ。……水温をマイナス2度まで下げるが、凍らせない。『過冷却スーパー・クーリング』状態を維持)
通常なら凍りつく温度だが、魔力で水分子の結晶化を阻害し、液体のまま保つ。
これにより、ワカサギは仮死状態にならず、鮮度を極限まで保ったまま「生きた」状態で保存される。
「……ぬおおっ! 俺の竿には来ねぇ!」
「ふふ、殺気が強すぎますわ、レオナルド様。……あら、釣れました!」
エレノアが嬉しそうに釣り上げる。
忍者ジンは気配を消して入れ食い状態、国王オスワルドものんびりと楽しんでいる。
数時間後。
バケツいっぱいの「銀色の妖精」が確保された。
***
「さて。……調理開始だ」
アルリックは、氷の上に設置した「魔導コンロ」に火を入れた。
鍋にはたっぷりの油。温度は180度。
そして、衣液を作るボウルには、キンキンに冷えた炭酸水と小麦粉。
「天ぷらの極意は『温度差』だ。……冷たい衣と、熱い油。このギャップが爆発的なサクサク感を生む」
過冷却水の中で泳いでいるワカサギを網ですくい、軽く粉をはたいて、冷たい衣液にくぐらせる。
そして、熱した油へ投入。
ジュワアアアアアッ……!!
氷原に、食欲をそそる音が響き渡った。
水分が急激に蒸発する音。衣が花開く音。
辺りに、ごま油の香ばしい匂いが漂う。
「……揚がったよ」
網の上に並べられたのは、黄金色に輝くワカサギの天ぷら。
仕上げに、ミネラル豊富な『藻塩もしお』をパラリ。
「熱いうちにどうぞ」
寒空の下、全員が揚げたてを手に取る。
ハフッ……。
サクッ!!!
静寂の氷上に、軽快な破砕音が響いた。
「…………ッ!!」
カエデが目を見開く。
「……軽い! 衣が羽毛のように軽いぞ!」
「身が……身がふわふわですわ! 口の中で解けます!」
エレノアが感激する。
サクサクの衣を突破すると、中からホクホクとした白身が現れる。
ワカサギ特有の、内臓のほろ苦さ。
それが、身の甘みを引き立て、大人の味わいを演出する。
「うめぇぇぇッ! この苦味がたまらねぇ!」
レオナルドが吠える。
そこへ、国王が懐からあるものを取り出した。
「……これには、やはり『熱燗あつかん』じゃろう」
魔法瓶に入れてきた、熱々の日本酒。
お猪口に注ぎ、雪景色を見ながらキュッとやる。
そして、熱々の天ぷらを齧かじる。
「……カァーッ! 極楽じゃ!」
冷えた体に、熱い酒と油が染み渡る。
忍者ジンも、マスクをずらして無言で食べ続けている。彼は塩ではなく、隠し持っていた「抹茶塩」で通な食べ方をしているようだ。
「……キュウッ!」
ブランも、アルリックに冷ましてもらった天ぷらを「サクサクッ」といい音を立てて食べている。
「……ふぅ。冬も悪くないね」
アルリックは、揚げたてを頬張りながら白い息を吐いた。
厳しい寒さがあるからこそ、熱い料理が美味くなる。
これもまた、QOLを高めるためのスパイスだ。
こうして、エデンの冬の味覚を堪能した一行。
だが、季節は待ってくれない。
次に訪れるのは、甘い甘い「愛の季節」。
聖女エレノアが、ついに「本気」を出す時が来た。
次回、バレンタイン!
アルリックの科学知識が、チョコレートの常識を覆す!




