第48話 北の味噌バターコーンと縮れ麺の魔力
エデンに帰還したアルリックは、すぐさま調理場(実験室)に籠もった。
目の前には、北の湖で汲んできた「天然かんすい」の入った瓶がある。
「……さて、化学実験の始まりだ」
ボウルに強力粉を入れる。
そこに、かんすいを溶かした水を少しずつ加えながら、力強く練り込んでいく。
ググッ、ググッ……。
すると、不思議な現象が起きた。
真っ白だった小麦粉の生地が、徐々に「黄色」に変化し始めたのだ。
そして、独特のアンモニア臭にも似た、あの「中華麺の香り」が立ち上る。
「……変化した。フラボノイド色素の発色反応だ」
アルリックはニヤリと笑った。
これだ。この香りこそが、うどんとは違う「ラーメン」の魂なのだ。
十分に練り上げた生地を、薄く伸ばし、細く切り出す。
そして最後に、手でギュッギュッと揉み込み、あえて「縮れ(ウェーブ)」をつける。
「完成。……特製『多加水・手揉み縮れ麺』だ」
***
その日の夜。
エデンの庭に、突如として木造の屋台が出現した。
軒先には、赤い魔法の光が灯る『赤提灯』がぶら下がっている。
のれんには『らーめん』の文字。
「……なんだ、この屋台は?」
「いい匂いがするぞ! 昨日のカニの匂いだ!」
レオナルドたちが吸い寄せられるように集まってきた。
寸胴鍋からは、白い湯気がもうもうと立ち上っている。
「へい、らっしゃい。……今日は『カニ味噌バターコーンラーメン』だよ」
アルリックは、ねじり鉢巻をして麺を湯切りした。
チャッ、チャッ、チャッ!
湯切りの音が小気味よい。
丼にタレを入れ、スープを注ぐ。
ジュワァァァ……!
スープは、帝王ガニの殻を香ばしく焼き、香味野菜と豚骨で長時間煮込んだ濃厚出汁。
そこに、カニの脳味噌をたっぷりと溶かし込んだ、黄金色の味噌スープだ。
麺を泳がせ、具材を乗せる。
・ほぐしたカニの身(山盛り)。
・エルフ農園の甘いコーン。
・極太メンマ(以前収穫したアイアン・バンブー)。
・刻みネギ。
そして頂上に、四角い『バター』をひとかけら。
「お待ちどう!」
***
ドン、と置かれた丼。
その破壊力は凄まじかった。
濃厚なカニとバターの香りが、夜風に乗って鼻腔を直撃する。
「……美しい。黄金のスープに、黄色い麺が泳いでいる」
カエデが震える手で箸を持った。
まずはスープを一口。
ズズッ。
「…………ッッ!!」
カエデが天を仰いだ。
「濃いッ!! カニが……カニの大群が口の中に押し寄せてくる! なのに、バターのコクが全体をまろやかにまとめている……!」
次に麺だ。
箸で持ち上げると、黄色く縮れた麺がスープをしっかりと絡め取っている。
「……いくぞ」
ズルズルズルッ!!
豪快な音が響いた。
この料理においては、音を立ててすすることこそが正義。
「う、うめぇぇぇぇッ!!」
レオナルドが吠えた。
「なんだこの麺は! プリップリだ! 口の中で弾けるぞ! うどんとは違う、この弾力と香り……スープとの絡みつきが半端じゃねぇ!」
アルリックも自分の分をすすった。
縮れ麺の凹凸が、濃厚なカニ味噌スープを持ち上げる。
噛むたびに小麦の香りとスープの旨味が爆発する。
「……そして、このコーンの甘み」
プチッ、と弾けるコーン。
濃厚なしょっぱいスープの中で、その甘さが癒やしになる。
さらに、熱で溶け出したバターがスープに溶け込み、味を『味変』させていく。
「……罪深いですわ。これは、夜に食べてはいけない味ですわ……!」
エレノアが葛藤しながらも、箸が止まらない。
バターの脂と炭水化物。
背徳の味が、聖女を堕落させていく。
「……ふぅ。麺が無くなった」
国王が残念そうに空の丼を見つめる。
だが、アルリックはニヤリと笑った。
「お客さん、まだ終わりじゃないですよ。……この残ったスープに」
彼は炊きたての『白飯』をドボンと投入した。
「……『追い飯』だ」
「なっ……!?」
カニ味噌とバター、そして豚骨の旨味が凝縮されたスープに、白いご飯が染み込んでいく。
これはもはや、極上の「カニ雑炊」だ。
「……魔王だ。貴様は魔王だ、アルリック」
カエデが降参して、スプーンで雑炊をかき込んだ。
美味くないわけがない。
最後の一滴まで、エデンの夜に「ズルズル、ハフハフ」という音が響き続けた。
***
翌朝。
全員が顔をパンパンにむくませて起きてきたのは言うまでもない(塩分過多)。
「……喉が渇く」
「……顔が丸くなりましたわ」
だが、その表情は満足感に満ちていた。
ラーメン。
それは一度知ってしまえば、二度と逃れられない魔性の食べ物。
エデンの「食の魔改造」は、ついに引き返せないところまで来てしまったようだ。
そして夏本番。
暑さを増すエデンに、涼を求めて「幽霊」が出るという噂が……?
次回、肝試しと、ヒヤッとする「冷やし中華」が登場する!?




