第47話 氷の湖と帝王ガニの城塞
エデンから遥か北へ数百キロ。
転移魔法(長距離ゲート)を乗り継ぎ、アルリックたちが降り立ったのは、全てが氷と雪に覆われた銀世界だった。
「……さ、寒いですわ……!」
聖女エレノアが、防寒用の毛皮のコート(イエティの毛)に顔を埋めて震えている。
吐く息が真っ白に凍りつく。
気温はマイナス30度。エデンの冬とはレベルが違う、死の世界だ。
「……ふん。これくらい、武人の気合でなんとかなる」
カエデは涼しい顔をしているが、その着流しの下には、アルリック特製の「発熱カイロ(魔石製)」が5枚ほど貼られているのを、アルリックは知っていた。
「地図によると、この吹雪の向こうに『ソーダ湖』があるはずだ」
アルリックは目を凝らした。
ブランも「こっちだ」と言うように、雪の中をラッセル車のように突き進んでいく。
***
数十分後。
吹雪が晴れた先に、奇妙な光景が現れた。
周囲は氷結しているのに、そこだけ凍っていない湖。
水面はエメラルドグリーンに輝き、白い湯気のようなものが漂っている。
「……あった。不凍湖だ」
アルリックが湖畔に近づき、指先で水を舐めた。
「……苦い。そして、ヌルヌルする」
強アルカリ性。
炭酸ナトリウムが溶け出した、天然のソーダ水だ。
「当たりだ。これがあれば、極上の『中華麺』が打てる!」
アルリックが瓶に水を汲み始めた、その時だった。
ザバァァァァァッ!!
湖の水面が爆発し、巨大な水柱が上がった。
現れたのは、湖の主。
全身が青白い氷の結晶のような甲羅に覆われた、超巨大なカニだ。
ハサミだけでレオナルドの身長ほどある。
「……デカいな」
レオナルドが大剣を構え、ニヤリと笑った。
「あれが壁画にあった『極上のカニ』か! Sランク魔獣『ダイヤモンド・スノー・クラブ(帝王蟹)』だ!」
「シャアアアアッ!!」
帝王蟹が泡を吹き、巨大なハサミを振り下ろしてきた。
そのハサミは、岩をも砕く破壊兵器だ。
「みんな、気をつけて! ……絶対に『甲羅』を粉々にするなよ!」
アルリックが叫んだ。
「なんでだ!? 叩き割らなきゃ倒せねぇぞ!」
「中身が飛び散ったら台無しだ! カニは『身』が命なんだ! ……関節を狙え! あるいは、蒸し焼きにするんだ!」
***
美食家の拘りが、戦場を支配した。
「……関節か。承知した!」
カエデが雪原を疾走する。
巨大なハサミが彼女を襲うが、紙一重で回避。
そして、関節の隙間――甲羅の継ぎ目に、神速の刃を滑り込ませた。
「――居合・春時雨!」
ズバッ!
カニの足が一本、綺麗に切断されて雪の上に落ちた。
中身は無事だ。
「よし! ナイスカット!」
アルリックがサムズアップする。
レオナルドも、剣の腹を使ってカニの攻撃を受け流し、ひっくり返すことに専念した。
「おりゃあぁぁッ! ひっくり返れぇぇッ!」
ズズーン!!
巨大なカニが仰向けに倒れ、白い腹を晒した。
「トドメだ! ――スチーム・プリズン(蒸気牢)!」
アルリックが湖の水を魔法で沸騰させ、高温の蒸気でカニを包み込んだ。
戦闘と調理の同時進行。
カニは真っ赤に茹で上がり、その動きを止めた。
***
戦闘終了後。
アルリックたちは、風魔法で作った即席の「カマクラ(雪洞)」の中にいた。
外は吹雪だが、中は魔石ストーブで暖かい。
そして中央には、解体されたばかりの帝王蟹の足が山盛りにされている。
「……デカい。足一本が丸太のようだ」
レオナルドがゴクリと喉を鳴らす。
アルリックは、真っ赤な殻にハサミを入れ、パカッと開いた。
ぷりんっ。
中から現れたのは、雪のように白く、そして繊維の一本一本が輝く、極太のカニ肉。
「……まずは、何もつけずに」
全員がかぶりついた。
ガブリ。
「…………ッ!!」
沈黙。
そして、爆発的なため息。
「……あま〜〜〜いッ!!」
エレノアが頬を押さえて叫んだ。
「お砂糖が入っているのかしら!? 口に入れた瞬間、ジュワッと甘い肉汁が溢れて……!」
「弾力がすげぇ! プリップリだ! 噛めば噛むほど旨味が出てきやがる!」
レオナルドも夢中だ。
カエデは、甲羅の中でグツグツと煮えた「カニ味噌」に、剥いた身を浸して食べた。
「……濃厚。……海のフォアグラだ。これに熱燗があれば、拙者はここで凍死しても構わん」
アルリックも、至福の表情でカニを味わっていた。
苦労して北まで来た甲斐があった。
この甘み、この繊維感。最高だ。
「……でも、本番はこれからだよ」
アルリックは、カニの殻から取った濃厚な出汁スープを見つめた。
そして、懐から取り出した瓶には、さきほど汲んだ『天然かんすい』が入っている。
「カニの出汁。味噌のコク。そして、かんすいを使った麺」
すべてのピースは揃った。
エデンに持ち帰り、いよいよ「あの料理」を作る時が来た。
「帰ろう。……史上最高の『ラーメン』を作るために」
一行は、カニの足と大量のソーダ水を抱え、ホクホク顔で極寒の地を後にした。
次回、ついにエデンに「ラーメン屋台」が開業する。
カニ味噌バターコーンラーメンの破壊力とは!?




